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影武者ワンダフルデイズ  作者: 彩杉 A
王宮での生活

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予定通りの任務

「一応、これで時間は稼げました」


 ライガンは侍医と一緒にマッコリー侍従長にファミル皇女の容体について説明し、当面このまま安静が必要ということについて了解を受けたと報告した。

 しかし、第一段階をクリアできたのにライガンの表情は暗い。


「では、次の工程に」


 コールマンの言葉にライガンが天を仰ぐ。


 今回、ファミル皇女にオッフェランから随行している人で、白魔法を使えるのはライガンただ一人。

 従って、ライガンはファミル皇女に定期的に回復魔法をかけなくてはならなくなった。

 それはライガン自身がオッフェランに戻り、スタンリー帝を説得するという今回の策の第二段階を実施することができなくなったことを意味する。


「私は国へ戻れなくなった」

「それは、代役を立てるしかないでしょう」


 コールマンは冷静だ。


「ええ。しかし……」


 ライガンはエリゼを見る。

 ライガンの視線を感じたエリゼは「私?」と自分の顔を指差し、ブルブルと懸命にかぶりを振る。


「無理です、無理です。私が国王陛下をこちらへお呼びするなんて」


 エリゼが声を震わせる。

 顔は青ざめ、今にも卒倒しそうな感じがする。「私にはとても……」


 ライガンは渋面で腕を組んだ。


「侍女のエリゼでは荷が重い。そして、私とエリゼ以外でファミル皇女に付き従ってやってきたのは、いずれも国王の顔も見たことのない軽輩の者ばかり。この窮地を説明し、スタンや周囲の重臣を説得できる者はおらん」


 ふーむ、とコールマンは顎を掻きながら、意味ありげに俺を見る。


「ここはジャスパー殿しかおらんな」

「は?」


 俺は驚きのあまり、自分でも聞いたことのない、どこから出たのか分からない声を出してしまった。「何が、ですか?」


「貴殿は今回の経緯を一番近くで見てきた。ロイス四世陛下の隣でファミル皇女殿下の言動を見聞きし、皇女殿下から直接お気持ちを伺い、リーズラーンで巻き起こっている主戦論も把握している。他に適任者はいない」


 ギロッとコールマンに睨まれて、俺は全身をすくませた。

 が、たとえ相手がコールマンでも、ここは退けない。

 俺には切り札がある。


「僕はガリュー宰相から、この件から手を引くように言われてます」


 俺の必死の抵抗にコールマンは何故か笑顔で応えた。


「大丈夫だ。貴殿ならそれも何とかなる」

「何とかなるって……」


 それは俺の口癖だが、こんなに何ともならない状況は経験したことがない。

 ついこないだまで、王立学校の学生としてのほほんと無為に日々を過ごしていた俺が国の使者としてオッフェラン帝国の皇帝に謁見し、リーズラーンに連れてくるなどありえない話だ。

 できるわけがない。


「ここは是非ともジャスパー殿にお願いしたい」


 ライガンがコールマンの言葉に乗っかって、「頼む」と俺の手を取る。


「いや。しかし……」


 そこへエリゼが涙を浮かべながら「ジャスパー様」と俺に近づく。


「私がご案内いたしますので、よろしくお願いします」

「エリゼさんまで」


 エリゼにまで頼まれて、俺は一気に崖っぷちに追い詰められた。

 嫌な予感しかしない。

 彼女の涙で俺は何度も窮地に立たされている。


「大丈夫。ここに姫からお預かりしたスタンあての手紙がある。今から私も、スタンにジャスパー殿の言葉を信じ、リーズラーンに来て我らの謝罪に同席するようお願いする書面を用意する。この二通をオッフェランに持って行ってくれさえすれば、ジャスパー殿の役目は終わる」


 ライガンが床に膝をつき、「何とかお願いします。オッフェランの未来がかかっているのです」と頭を下げて、完全に詰んだ。

 俺は承知するしかなかった。


「もう!どうなっても知りませんよ」

「さすが、ジャスパー殿だ。俺もできる限り助力する」


 コールマンに認められるのは嬉しいし、その助力は何物にも代えがたい力強さがある。

 しかし、今回はどういった面で助力してもらえるのか、全然見えてこない。


「ありがたい。早速書面を」


 ライガンは机に向かい、筆を走らせた。

 そして、出来上がった封書を俺に手渡す。「この二通をユリア妃に手渡してくだされ」


 またユリア妃だ。


「ユリア妃とはどういうお方で?」

「ユリア妃とは……」


 ライガンがエリゼと一瞬視線を絡ませる。「スタンの寵愛を受けている妃で、皇太子殿下の実母でもある。そういう皇帝に近い存在で、しかも最近は政治にも口を出すようになってな。公私ともに常にスタンのそばにいる」


「なるほど」


 その女性を評価する言葉が「女狐」なのか。

 一癖も二癖もありそうな感じがする。


「ユリア妃は姫の義母でもある」

「では、ファミル様のことを大切に思っていらっしゃるのですね?」

「それは……、分からん」

「そんなぁ。それが大事ではないですか」

「時間がないぞ」


 コールマンが腕を組んで俺を睨む。


「分かりました。分かりましたよ」


 俺は不承不承引き下がった。


「よし。では、私と貴殿はこれから陛下にご説明に上がる。皇女殿下が再び意識を失われた。皇女殿下の今後の行程は全て保留とし、療養のためしばらく当国に留まられることをジャスパー殿が使者となってオッフェラン帝国に知らせに行くことについて、陛下の御了承をいただく」



*************************************



 俺とコールマンは再びシュバルの魔法により、鍋とポットとなってレイの部屋に入り込んだ。

 魔法を解除し、レイの前に片膝をつく。


「コールマン。どうでした?」


 レイは待ちわびたようにいきなりコールマンに訊ねた。


「はい。結果的には予定通りジャスパー殿に行っていただくことになりました」

「そうですか」


 レイは俺の前に仁王立ちになり、俺の右肩に手を掛ける。「ジャスパー。厳しい任務だけど、頼むよ」


「はい。え?」


 レイの口ぶりからすると、俺がオッフェラン帝国に行くことを、レイは前もって知っていたということだろうか。「どうして?」


 レイはにこやかに笑うだけだ。


 俺の任務が予定通りとはどういう意味か。

 答えを求めて隣のコールマンを見るが、彼も何も答えてくれない。


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