覚悟の視線
コールマンを待たせてシャワーを浴びるわけにもいかず、とりあえず濡らしたタオルで体を拭き、着替えを済ませると、どこかで見たような兵士が現れた。
「近衛兵団のシュバルです。お見知りおきを」
シュバルはニカッと笑って敬礼した。
軍人には思えない柔和さだ。
「ジャスパーと申します。ロイス四世陛下の……」
「存じてまっせ。陛下のお傍で仕えるのも大変ですねぇ。気張ってくださいよ」
「は、はあ」
シュバルのきつい訛りにびっくりする。
王宮の中とは思えない、地方色の強さだ。
「このシュバルは変化魔法を得意にしている」
「変化魔法?」
聞いたことのない魔法だ。
少なくとも王立学校では習わない。
「そうだ。シュバルの家に伝わる特別なもので、リーズラーン広しと言えど、こういうものを使いこなす人間はなかなかいない」
「そうなんですか」
「おかげで他に大した能力もないのに、コールマン副団長にかわいがってもろてます。ジャスパーはんもごひいきに」
「いや、私なんか……。変化魔法って何だか格好良いですね。羨ましいです。僕も何か一つ、能力があったらな」
「ジャスパーはんも何かありますよ」
「いえいえ。僕なんか、魔法学校でも成績はビリから数えた方が早かったくらいで……」
俺は苦笑を浮かべて正直に言った。
「ジャスパーはん。それはちゃいまっせ」
「え?」
「魔法っちゅうのはですね、一人ひとりに一番ぴったりくる、特性っちゅうもんがあるんですわ。難しいのは、それが何か探し当てることですわ。コールマン副団長は火炎。わいは変化。ジャスパーはんには何の特性か。それを見つけられたら、後はそれをとことん磨くっちゅうことです」
「シュバル。今、魔法談義をしている時間はない」
コールマンがシュバルの肩に手を掛ける。「俺たちを何か小さなものに変えて皇女殿下の部屋に入り込ませてくれ」
小さなものに変える?
「何か知りまへんけど、きな臭いでんなぁ。まあ、わいにお任せください」
ほな、いきまっせ、とシュバルは片手を俺に向けて伸ばした。
え?
まだ、心の準備ができていないのだけれど。
俺、何されるの?
*************************************
「ジャスパー殿。どうなりますか?」
ファミル皇女が不安そうに胸の前で両拳を固めて座っていた。「こちらは?」
「近衛兵団のコールマン副団長です」
俺が紹介すると、コールマンは恭しく片膝をついて「コールマンでございます」と挨拶をした。
「こちらのジャスパーから、お話は伺っております」
愛想笑いを浮かべつつ、俺は目立たないように首や肩の関節を回す。
変化魔法がかかっている間は体が全く動かず、自分が自分ではないような感じがした。
二度と動けなくなるのではないかと急に不安が増殖し、頭がパニックになりそうだった。
変化が解けた今も体がギクシャクしていて、節々が痛いような感じがする。
俺とコールマンはそれぞれ鍋とポットになって台車のようなものに載せられて、ファミル皇女の部屋に入り込んだ。
シュバルの変化魔法はシュバル自身が変化する場合はその体重まで変えられるが、他者を変化させる場合は重さまでは変えられないらしい。
つまり、シュバル自身がキャベツに変わる場合はその体重はキャベツ相当に軽くなるが、シュバルが俺をキャベツに変える場合はキャベツになった俺の体重は元の俺の体重のままということ。
よって、今回、見た目が鍋とポットになったと言っても、体重までは変わらない。
コールマンを担当したエリゼ、俺を担当したモンシュは顔を真っ赤にし、唸りながら懸命にカートを押した。
とても料理を運んでいるようには見えない踏ん張りようで、通りすがりの人はかなり怪しんでいたようだ。
こんなことしていたら、ガリュー宰相に見つかるのは時間の問題のような気がする。
「近衛兵団……」
ファミル皇女はそう口にして、期待の目でコールマンを見る。「コールマン殿。私に助力してくださいますか?」
「賢明なるロイス四世陛下は貴国との戦争を望んでいらっしゃいません。近衛兵団は陛下の意に従うのみ」
コールマンの言葉にファミル皇女は「ありがとう」と呟き、ライガンと見つめ合った。
二人はオッフェランまでの往復にドラゴンを使ってもらえると確信したのではないか。
しかし、俺はコールマンの口からそんなことは聞いていない。
コールマンが何を考えているか分からないが、今は任せるしかない。
こういう事態に至って、ファミル皇女が頼るべきは非力な俺のはずがない。
「では、コールマン殿。時間がない。今から皇女に麻痺魔法をかけ、その後、侍医の先生に診ていただく。一週間の安静加療が必要という診断を受け、この部屋は面会謝絶に」
ライガンが腕をまくる。
「僭越ながら……」
コールマンも立ち上がり、その目を鋭く光らせる。「魔法は私が詠みましょうか?いささか腕に覚えがありますが」
そうだ。コールマンは炎凰と呼ばれる伝説の魔法使い。
これほど安心して任せられる人は他にいない。
「ファミル様。ライガンさん。こちらのコールマン副団長の魔法の実力は我が国随一。信用していただいても大丈夫です」
「そうですか」
ファミル皇女は頼もしそうにコールマンを見るが、ライガンが首を横に振る。
「ご提案、痛み入る。しかし、魔法を受けるのは我が国の皇女。信用していないわけではござらんが、他国の方の手によるわけにはまいりませぬ。また、万が一の時に、貴殿に責任を負っていただくことも難しい」
ライガンの言葉には重みがあった。
確かに、軽々に他国の皇女に攻撃魔法をかけることはできない。
「これは出過ぎた物言いをしてしまいました。確かに、おっしゃる通り」
コールマンは納得したように二度、三度頷きながらも、ライガンをじろじろと見る。「ライガン殿とお名前を伺いましたが、もしや、あの弓の名手の……」
弓の名手?
コールマンがこんな風に興味を示すということは、ライガンは余程の達人なのだろうか。
「いやはや。それは古い話でして、またの機会に……」
ライガンは申し訳なさそうにではあるがコールマンの話を打ち切り、急ぐ様子でエリゼと共にファミル皇女をベッドに誘う。
ファミル皇女が横になると、彼女の胸のあたりにライガンがそのごつごつした大きな掌をかざす。
「皆さま、諸々、よろしくお願いします」
ファミル皇女はライガン、エリゼ、コールマン、そして俺に向かって覚悟を込めた視線を送り、そっと枕に頭を委ねた。




