探し人
いない。
コールマンが見当たらない。
こういうものだ。
急いでいるときに限って、目当ての人の居場所が分からない。
しかし、今回ばかりは見つからなかったでは済まない。
ファミル皇女を待たせているのだし、コールマンの協力があるかないかで俺たちの計画の成否、ひいてはリーズラーン王国とオッフェラン帝国の和平がどうなるかが決まると言っても過言ではない。
しかし、いない。
近衛兵団の本部にも、いつぞや洗身していた井戸のそばにも、宿舎にも。コールマンがいそうなところは全て行ってみたのだが、見当たらない。
近くで訊ねてみても、みな「さっきまでいらっしゃったがなぁ」と小首を傾げるばかりだ。
俺は途方に暮れて、一旦自室に引き上げることにした。
自分の体が臭いことに気付いたのだ。
いつからシャワーを浴びていなかっただろうか。
緊張と疲労で大量の汗もかいている。
ファミル皇女の前にこのような醜態をさらすのは失礼だ。
着替えも済ませないと。
そう思って、部屋に入ったところで、俺は探し人を見つけた。
「探したぞ」
テーブルに浅く腰掛けたコールマンの顔が険しい。
「私を、ですか?」
探していたのは俺なのに、探したぞ、とはどういうことだろうか。「私こそ、コールマンさんを探してたんですけど」
「俺を?」
コールマンは訝しそうに目を細める。「とにかく、時間がない。まずは座って俺の話を聞いてくれ」
コールマンが俺に用とは何だろう。
緊張に体を固くしながら、言われるままにテーブルに着く。
コールマンは黙って向いに座った。
「何でしょう?」
「ガリュー宰相が内密に各軍の指揮官を呼び寄せている」
「?」
「オッフェラン帝国侵攻の準備をせよ、という命令を内々に発したようだ」
「そんな……」
想像以上にガリュー宰相の動きが早い。
そして、本気で侵攻するつもりなのだと身震いする。
「ファミル皇女殿下の陛下への非礼を大義名分に同盟破棄、侵攻、制圧と一気に持って行く腹だ。しかし、そんなことは陛下はお望みではないだろう。軽挙妄動は止めなければならない」
俺は言葉なく頷いた。
黙っていろ、と言ったガリュー宰相の声が俺の口を重くする。
額に汗が滲むのが分かる。
「でも、そんなこと、さすがのガリュー宰相も陛下のお許しなく実行することは不可能では?」
「貴殿は謁見の場に同席していたのだろう?皇女殿下の非礼は前代未聞で、我が国の威信を傷つけるほどのものだったか?」
「国の威信……」
どうだろう。
俺には判断できない。「経験の乏しい私には良く分かりませんが、マッコリー侍従長は確かに前代未聞だとおっしゃってました」
「皇女殿下が我らが国王陛下の顔に泥を塗ったことは事実ということか。となると、陛下がどう思っておられようと、ガリュー宰相が重臣たちの意見を取りまとめて、重臣の総意ですと言えば、たとえ陛下であっても覆すことはなかなか難しい」
「分かります」
これまでの執務の間でのやり取りを見ていれば納得だ。「それに……」
「それに?」
「私の目から見ても、執務の間で、陛下は皇女殿下に対して、お怒りでした」
「陛下が……」
コールマンは眉間に皺を寄せてギリギリと歯を噛みしめた。「皇女殿下の非礼の真意はどこにある?」
コールマンに厳しく見つめられ、単刀直入の問いを投げかけられ、俺は胃がキュッと縮むのを感じた。
「わ、私には……」
分かりません、と言いたかった。
こんなことから逃げてしまいたかった。
しかし、ファミル皇女が、エリゼが待っている。
俺はテーブルに置いてあったポットのレモン水をコップに注ぎ、一気に飲んだ。「ファミル様の態度には理由があるのです」
俺はファミル皇女から聞いたこと、オッフェラン帝国の皇帝を連れてくる計画について全てを話した。
「なるほど、な」
コールマンは腕を組んで頷いた。
「戦争は避けられないのでしょうか?オッフェランの民がリーズラーンの兵士に蹂躙され、リーズラーンを憎みながら死んでいく。そんなことは避けたいと思うのは甘い考えでしょうか?」
「それは、何を重んじるかによる」
コールマンの言葉は冷静で、情に流される余地は一ミリもなさそうだ。
「コールマンさんなら竜騎隊を動かすことができますか?」
「それは、できない」
コールマンは言下に否定した。「竜騎隊は近衛兵団の指揮下にあれど、陛下の御裁可なく行動を起こすことはあり得ない。それほどに竜騎隊の指揮権は重い」
「そうですか……」
やはり無理だったか。
俺はしょんぼり肩を落とした。
「行くぞ」
コールマンはテーブルを叩いて立ち上がった。
「どこへ?」
「まずは皇女殿下のところだ」
「どうやって?ガリュー宰相に見つかると、事ですよ」
「確かに……」
コールマンはテーブルの周りをゆっくり歩いた。「シュバルを使うか」




