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影武者ワンダフルデイズ  作者: 彩杉 A
王宮での生活
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許嫁の裏切り

 ドラゴンの飼育に成功したこの国では、特殊な交配を繰り返し、ドラゴンのミニチュア的な品種を作り出した。

 サラマンダーと名付けられたその全長二メートルほどのミニチュアドラゴンは、当初はペット用にと考えられていたが、ミニチュアと言えどドラゴンであり、力の強さや吐く火炎が一般人には手に負えず、今は学校や研究施設などで飼育されていることが多い。

 この王立学校でもドラゴンの生態や、その能力を体験的に学ぶための教材用としてサラマンダーを飼育している。


 あいにくの雨が降り出したが、俺は傘を差してサラマンダーの飼育小屋に向かった。

 コニールに状況を説明し、理解が得られたら、そのまま早退するつもりだった。

 影武者となり、新国王の身代わりとして生きていくためだけの人生に、これ以上王立学校魔法科での授業など意味はない。

 午前中の授業も全く身が入らず、座っているだけで苦痛だった。

 本当は放課後に説明しようと思っていたのだが、もう限界だった。

 もしコニールが了解してくれれば、街外れのモーテルに連れ出して、最後の思い出を作りたいとも思っていた。

 コニールが了解してくれればの話だが。


 雨で足元を濡らしながら歩いていると、目の前に古びた小屋が見えてきた。

 小屋と言っても、二匹のサラマンダーを飼育しているので、小さな家ぐらいの大きさはある。

 その飼育小屋からは、バシーン、バシーンと音が聞こえてくる。

 サラマンダーが尻尾を地面に叩きつけているのだ。

 餌を食べ、眠くなったときに見せるサラマンダーの習性。

 これはドラゴンも同じらしい。

 迂闊に近寄ると、尻尾を浴びて、その衝撃で死ぬこともある。

 サラマンダーの飼育係が最初に教えられることの一つだ。


 俺はサラマンダーの飼育が得意だった。

 こんなものに得意、不得意もないのかもしれないが、獣のにおいやサラマンダー特有の鋭い目つきを苦手とする人はけっこういて、そういう連中から俺はしょっちゅう飼育当番を代わってやっていた。

 俺の前ではサラマンダーは大人しくて、愛嬌があって、言うことを良く聞く可愛いペットだった。

 ごつごつしたその体躯を撫でていると妙に癒された。

 サラマンダーを飼育することももうないのかと思うと、コニールとの別れとは違う種類の切なさが募って、またため息が出る。


 傘を差したまま、小屋の窓から中を覗き込む。しかし、中には誰の姿も見えなかった。

 おかしいな、と小首を傾げ、建物の壁伝いに奥へ回り込む。

 隣接している牧草小屋にいるのかもしれない。


「コニー?コニーいる?」


 声を掛けながら、牧草小屋の窓に近づくと、牧草に寝転がる人の足が見えた気がした。

 コニールだろうか。

 サラマンダーの尻尾の音で俺の声は聞こえていないのだろう。

 俺は目を凝らして窓の中を覗き込む。


 やはり誰かがそこに寝転んでいる。

 しかも二人だ。

 人影は折り重なうようにして抱き合っている。

 男女がむつみ合っているのだった。


「うわっ」


 まずいところへ来てしまった。

 誰かは知らないが、こんなところでいちゃつくなよな。


 慌てて引き返そうとして、足が絡んでしまい、俺は不格好にもベチャっと地面に尻もちをつく、


「イテッ!」


 我ながら情けない。

 こんな姿、コニールに見られたくない。

 立ち上がって、濡れた尻を払っていると、牧草小屋から走り出てきた人と目が合った。


「ジャスパー様!」


 コニールは表情を青ざめさせ、手の周りを口で覆った。


「コニー」


 コニールの肘やスカートには牧草が引っ付いている。

 中でイチャイチャしていたのはコニールだったのだ。


「何だよ、コニー。急にどうしたんだよ。うわっ。ジャスパー」

「カ、カウラ!」


 俺は混乱した。

 カウラ・ザウベルトは同級生だ。

 俺と違って才気煥発で武芸にも魔法にも秀でている。

 毎年数名だけ、卒業後に王軍の士官に推薦される生徒がいるが、カウラはその一人になるだろうともっぱらの評判だ。

 そのカウラとコニールが、どういうことだ?

 まさか……。


「これは、これは、新国王陛下の双子様ではありませんか」


 カウラはスッと目を細め、コニールを隠すように、その前に立った。


「どうしてそれを……」


 異腹の双子の件は極めて限られた人間しか知らないはずだ。

 確か、カウラの家は公爵家で、王宮で高官を務めている聞いたことがあるが、情報が漏れているのか。


「おっと、やはり本当だったみたいだな。ほら、コニー、間違いじゃなかっただろ。だから、こいつのことは気にしなくてもいいんだって。何せ、異腹の双子として、死ぬまで王宮から出られないんだからな。こないだ授業で習ったスケープゴート(身代わりの山羊)みたいなもんだ」


 カウラの陰に隠れていたコニールがすっかり元気を取り戻し、不敵な笑みを浮かべた顔を見せる。


「コ、コニー?」

「ジャスパー様。こんな形でお別れとは夢にも思いませんでした。ですが、どうか私のことはお気になさらないで。王国のため、従順な山羊として、しっかりと励んでくださいませ」


 コニールはカウラに寄り添うように並び、その肩に頭を預けて「ごきげんよう」とジャスパーに手を振った。


 俺は地面に落ちた傘を拾う間も惜しんで、その場を逃げるように走り去った。


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