王立学校への視察
「ジャスパー。あれ、ドラゴンじゃない?」
レイが空を指さす。
遥か遠くに三体の飛行生物。
鳥の大きさではない。
間違いなくドラゴンだ。
竜騎隊の訓練飛行だろう。
俺は窓に寄りかかって、思わず「おお」と感嘆の声を漏らす。
三頭は一定の速度を保ちながら三角形を崩さず飛行している。
しかし、遠すぎて小さい。
ドラゴンの優雅に動く大きな翼は確認しようがない。
「ラッキー。今日はいいことありそうですね」
この国ではドラゴンは幸運の象徴だ。
その姿は幸運が訪れることの兆しと考えられている。
今回のようにゴマのように小さくても。
「もうあったよ」
レイは嬉しそうにドラゴンが消えて行った遠方を見つめる。「ドラゴンを見られたことがいいことだから」
「ドラゴンと生活をしている竜騎隊の隊士達は毎日幸せでしょうね」
「うん。余もドラゴンの世話を少しだけでもしてみたいよ」
「ドラゴンとはいきませんけど、サラマンダーの世話は学校でしてましたよ」
「サラマンダーって、あのドラゴンのミニチュアみたいなもののこと?」
「そうです。王立学校に三頭いるんです。こう見えて僕は結構、サラマンダーに好かれてて、懐いてくれましたよ」
懐かしい思い出だ。
王立学校で一番楽しかったことかもしれない。
「えー。いいなー」
「私、けっこうサラマンダーの飼育、得意なんですよ」
「へぇ」
レイは窓枠に手を掛け、彼方を飛ぶドラゴンを憧れの眼差しで見つめた。「ドラゴンの背に乗って、どこか遠くへ行きたいなぁ」
こういうやり取りがあったその日の執務の時間にガリュー宰相から「サラマンダー」という言葉が出てきてびっくりした。
いつもながらに難しい話ばかりで睡魔と戦っていた俺の視界が急にクリアになった。
「従いまして、よろしければ臣の方でサラマンダーの飼育小屋の立て直しか転居の検討を進めたいと思いますが、いかがでしょうか?」
「サラマンダーに興味があります。この王宮内で余っている敷地、建物はありませんか?あくまで一つの提案ですが、王宮内で飼育するというのは難しいでしょうか?」
「この王宮内で、ですか……。少々難しいかもしれませんね」
「時に、宰相はサラマンダーをご覧になったことはありますか?」
「ええ。数度、見ております。ドラゴン研究所を視察した折などに」
「そうですか。余はまだ一度も見たことがない。王宮内での飼育が難しいかも含めて、直接、サラマンダーを見ながら、その飼育している方から話を聞きたいと思いますが、可能でしょうか?」
「サラマンダーであれば、ドラゴンほどの危険はありませんから、ご希望でしたら手配いたしましょう。王宮から近いところで言えば、確か、王立学校で飼育していたと記憶しております」
俺の心臓にナイフが突き刺さったような緊張が走る。
王立学校のサラマンダー?
あれを見に行くというのか。
「では、早速準備を」
「承知しました」
え?
決まり?
執務の時間が終わり、自室に戻ろうとするレイに問いかける。
「陛下。王立学校を視察なされるので?」
「うん。さっきの話、聞いてたでしょ?まさか、寝てた?」
「滅相もありません!」
俺は自分の名誉のために強い口調で否定した。
「知ってるよ。ムキにならないで」
レイは俺をからかったようだ。「ジャスパーも行くよね?王立学校。懐かしいでしょ」
「あ、いや……」
正直、気が乗らない。
まだ王立学校ではかつての同級生が学んでいる。
俺が異腹の双子になるために学校を退学したことは周知の事実になっているだろう。
スケープゴートになったと馬鹿にしているに違いない。
そんなところへ行って、見世物になるのは嫌だ。
「行かないわけにはいかないぞ。陛下がいらっしゃる所には常に異腹の双子がいる。何かあったときの身代わりがお前なのだからな」
後ろを歩いていたマッコリーが俺の逃げ道を消すように言う。
「ですよね」
あーあ。
自室に戻り、ソファに寝転がって、ぼーっとしているとモンシュがやってきた。
「王立学校にサラマンダー見に行くって?」
開口一番、これだ。
「早耳だなぁ」
「何よ、その浮かない声は。王宮の外に出られるのよ。楽しみじゃないの?」
「そんな単純な話じゃないんだよ」
ふーん、と言いながらモンシュはダイニングテーブルの椅子に腰かける。
「私は楽しみ。絶対に選ばれたい」
「選ぶ?」
「そう。今回は近場だから、付き添いの侍女は陛下に一人とジェイに一人の二人になりそうなの。どっちかには選ばれたいのよ」
そうか。
お忍びでなければ、国王の外出には当然、侍女を帯同する。
「どっちかって、陛下係になりたいんだろ?」
「まあねー」
「どうやって決まるの?」
「侍従長と侍従次長が相談して。侍女六人の熾烈な争いになるわ」
「今さらどうなるものでもないと思うけど……」
「そうよね。多分、しっかり者のコニールさんは当確。残り一枠を誰が勝ち取るか……」
モンシュは頬杖をついて壁を見つめる。「ジェイ。侍従長に口添えしてきてよ」
「はぁ?何て言うんだよ」
「モンシュは優秀だから、安心できるって」
「嘘がバレバレだろ」
「そうよねー」
モンシュはがっくりテーブルに突っ伏して、しばらくすると部屋を出て行った。




