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影武者ワンダフルデイズ  作者: 彩杉 A
王宮での生活

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可愛さゆえの辛さ

 今日はみんな朝からそわそわしている。

 誰もそれを口にはしないが、空気が違うことを皆が意識している。

 その原因はあれしかない。


「大きくなってきたね」


 レイが俺の部屋の窓からジャガイモ畑を見下ろしている。

 ジャガイモの葉は両手の掌よりも一回り大きいぐらいに成長している。「ちゃんと葉っぱも緑色だ」


 埋めたときは紫色の芽をレイは不気味がっていた。


「本当に。自分でもびっくりします」


 俺はレイの隣に移動して、一緒に畑を見下ろした。


「びっくり?こうなると思ってなかったの?」

「ここでも、土に埋めたジャガイモからちゃんと芽が伸びて葉が茂るなんて、何だか意外で」

「ジャスパーの家でも、この屋敷でも、育つ原理は同じでしょ」

「そりゃ、そうなんですけどね……」


 レイの正論に俺は何も言い返せない。「王宮は特別な場所なんですよ。普通は絶対に入れませんからね。だから、そういうところで王宮の外と同じことができたのが、不思議な感覚になるんですよ。ろくに肥料をあげてないので土の養分が心配でしたけど、それでも、すくすく育ってくれるジャガイモは可愛いものです」


「確かに、可愛いね」

「その可愛さゆえに、辛さもあります」

「辛さ?」


 レイは怪訝そうに俺を見た。


「そろそろ間引かないといけないんです」

「間引く?ジャガイモを?」


 俺はコクリと頷いた。


「太い茎のものを二、三本残して、他の芽は取っちゃわないと大きなジャガイモはできないんですよ」

「そうなんだ」


 レイは目の光をかげらせる。「何だか悲しいね」


「まあ、娘を嫁がせる父親の心境にも近いかもしれません」

「それ、今、言う?」


 レイは窓枠にしがみついてがっくり項垂れた。


「あー、ごめんなさい」


 何気なく言った言葉が、レイにはクリティカルにヒットしたようだ。

 結婚関係の話題には触れないように注意していたのに、何故か今だけ気を抜いてしまっていた。

 こういう時に限って、普段言わないような比喩を使ってしまう自分が怖い。


 その時、ドアがノックされ、マッコリー侍従長が「陛下。お時間です」と入ってきた。


「元気よくまいりましょう」


 マッコリーは何故か上機嫌だ。

 歌いださんばかりの雰囲気で、颯爽と身を翻し、レイがついて来ているかも確認せずに歩いて行ってしまう。


 レイは「だはー」と一つ大きなため息をついて、トボトボと部屋を出て行く。


 俺はレイの横に並んで、その丸まった背中をさすりながら歩いた。


 今日はこれからオッフェラン帝国のファミル皇女と初めて顔を合わせるのだ。

 彼女は昨日、リーズラーン王国にやってきた。王宮の別棟で荷物をほどき、旅の疲れを癒し、準備を整えて、本日レイに謁見するという手はずとなっていた。

 両国の親善を深めるという名目だが、実質、それは全てレイとの婚儀のため。


 レイに近侍する侍従や重臣たちは皆口々に、レイに祝辞を述べる。

 侍女たちはファミル皇女の品定めを始めている。

 既にモンシュは昨晩の食事の給仕のため、迎賓棟に入ったらしい。

 そして夜更けに例のごとく俺を呼び出し、愛想がない、可愛げがない、品がない、とファミル皇女の悪口を連発していた。

 それを聞いたコニールは、モンシュをたしなめるかと思いきや、「何だか寂しい」といつになく弱々しく、暗かった。

 ベリーニはそれを見て、俺と一緒に苦笑を浮かべるだけだった。


「どんな人かなぁ。大人しくて優しい子だと良いんだけど」


 執務の間に続く控えの小部屋に入っても、レイはため息ばかりだった。

 ガリュー宰相と対峙するときとは異質の緊張感が漂っていて、俺も何を言えば良いのか分からない。

 執務の時間では少し貫禄が出てきたレイだが、今日ばかりは知らないところに連れてこられた子どものように落ち着きがなく心細そうだ。


 俺だったら、可愛い子、が良いなと思いそうだ。

 いや、いざ結婚となると、やっぱり性格重視になるのだろうか。

 活発さとか、一緒にいて楽しい、とかではなく、大人しくて優しい子が良いと言うのがレイらしいな。


 そんなことを考えている俺はお気楽だ。


 マッコリーがレイに執務の間への移動を促す。

 しかし、レイはもじもじして助けを求めるように俺を見る。


「ジャスパー。今日は先に入ってくれる?」

「分かりました」


 俺は一礼してレイの前に立つ。


御成おなりである」


 マッコリー侍従長の発声を合図に、俺は重い空気を突き破るようにキビキビと執務の間に入った。

 俺は左側の玉座を選び、レイが空いている右側に進む。タイミングを合わせて同時に座る。


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