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影武者ワンダフルデイズ  作者: 彩杉 A
王宮での生活
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異腹の双子

 夜陰に紛れて、ひっそりと現れた使者にベルモンド夫妻は色めき立った。


 王宮への出仕を求める使者は通常、絢爛けんらん豪華な馬車によって仰々しく現れるが、今は四十年ぶりの喪中。

 従者を一人連れただけのお忍びの来駕らいがも仕方ない。

 秘密めいた登場は何か重要で高貴な任務を予感させる。

 ベルモンド家の将来にも大きな影響を与える役割。


 夫妻は緊張にこわばってぎこちない動きで使者を応接間に通した。

 そして、軍務で留守にしている長子を除き、一家総出の四人で、使者に対し膝をついて臣従儀礼の形を示した。


 俺は顔を伏せながらチラチラと使者を盗み見た。


 大きなハットを脱いだ使者は女性だった。

 束ねた髪が大きく揺れる。

 人形のように整った顔立ち。

 王の使者を女性が務めるとは驚きだ。

 さぞかし優秀な方なのだろう。


「ジャスパー・ベルモンドよ」

「え?俺?」


 思わず声を上げていた。

 女性使者が普段どういう仕事をしているのかということを想像していた俺は完全に不意打ちを食らった。


 父が「シッ」と低い声で俺を叱責する。


 お芝居の観客として舞台の外から気楽に眺めるつもりだったのが、実は舞台に乗っているのが自分だったとは。

 変な汗が、全身から滝のように流れ出る。


 使者は俺のリアクションを予想していたかのように、無表情で受け流し、抑揚のない声で使命を続行する。


「かしこくもレイパード皇太子殿下は明後日、ロイス四世として新国王に即位される。皇太子殿下の尊きめいにより、汝は明後日に王宮へ参内し、新国王陛下の『異腹(ことはら)の双子』として、以後、汝の生涯をかけて陛下の御傍に仕えるべし。このことは一切他言無用と承知せよ。以上」


 異腹の双子?何それ。


 俺は意味が分からず、臣従儀礼を維持しながら、隣にいる物知りの妹の顔を見た。


 リーンは一瞬、こちらを見たが、見てはいけないものを見てしまったような困惑の表情で、すぐに視線を床に落とした。


 使者が部屋から出て行っても両親は膝をついたまま動かない。

 本来であれば、使者を玄関先まで見送るべきではないだろうか。

 そんな心配をしている俺に、ようやく立ち上がった父はこれまで見たことのない怒りの表情で怒鳴り散らした。


「この大馬鹿者がっ!さすがに、ここまでとは思わなかったぞ、ベルモンド家の恥さらしめ。不勉強で、愚か者で、これと言った才能もなくて、進級も就職もコネに頼るしかなかったことが宮中にも伝わってしまっていたのだ。もうお前とは親でも子でもない。明後日、出て行ったら、二度とこの家には上がらせん!せいぜい身命をして新国王陛下の御傍で陰日向なくお仕えせよ。この親不孝者め!」


 脳の血管が切れやしないかと心配になるほどに顔を真っ赤にし、床に足の裏を叩きつけて、父は応接室を出て行った。


 父親の壁が割れるような怒声に不思議と体が痺れて動けなくなる。

 しばらくして少しずつ体の自由を取り戻した俺は「異腹の双子」の意味をリーンと母に求めた。


「異腹の双子ってのはね、つまり影武者ってことだよ。新しく即位される国王陛下の影武者。異腹の双子に選ばれた人は、市井から、その存在を抹消され、一生を陛下の御傍で過ごす。昔は名誉ある役目と敬われたみたいだけど、今はちょっとね。影武者としていつ死んでも構わない人間として王国から選ばれたわけで……。まあ、いいように考えれば、勉強も労働も強いられることなく、死ぬまで王宮でそれなりの暮らしができるってことよ」


 リーンがこういう人を馬鹿にしたような口をきくと母がたしなめるのが常だが、今回ばかりは母もそんな元気もないようだ。


「確かに、皇太子殿下とは同い年だけど、お前が異腹の双子に……」


 何ということ、と母はその場で泣き崩れてしまった。

 リーンは面倒くさそうに、さっさと部屋から出て行く。


 俺は初めて聞いた異腹の双子という役目を負わされた張本人として、母をどう慰めて良いのか途方に暮れた。

 


*************************************



 使者来訪の翌日。俺は曇り空の下を王立学校に向かった。


 今日限りでこの学校に来ることもなくなる。

 そう思うと、古びた校舎のたたずまいに何となくジーンとしてしまう。

 いつものように軽く挨拶を交わす友人とも、もう二度と会うこともないかもしれない。

 そう思うと、時折、不意に込み上げてくるものがあって、その都度、誤魔化すのに苦労する。


 一番の気がかりはコニールのことだった。


 親同士が勝手に決めた婚約ではあったが、美人のコニールに対して俺は何の不満もなかった。

 オーセンダクス家は子爵で、家格で言えば王家の血を引くと自負するベルモンド伯爵家の方が上であり、コニールの両親はこの婚姻に非常に前向きだと聞いている。

 コニール自身も普段の接し方から、俺のことをそれなりに愛してくれている自信がある。


 初めて体を重ねた日のことは、昨日のことのように鮮明に思い出される。

 あれは得も言われぬ体験だった。

 はしたなくも互いにむさぼり合い、獣のように二度目を求めたものだ。


 そのコニールとも今日限りでサヨナラをしなければならない。

 何とかなる、が口癖の俺だが、今回はさすがに苦悩が深かった。

 コニールに何と言えば良いのだろう、とずっと考えている。

 王宮の使者には他言無用と言われてはいるが、しっかり説明をしなければコニールだって突然の別れを納得できないだろう。

 異腹の双子の件を無視して、いっそコニールと駆け落ちをしようかとも考えたが、ろくに財力も行動力もない、まだ子どもの二人にそんなことは非現実的だ。

 それに、そんなことをすれば、両家全員に累が及ぶ。

 不敬罪で皆牢屋行きかと思うと、身がすくむ。


 朝、コニールのことを母に相談したら、親同士で話し合うから心配するなと言われた。

 しかし、無言のままで別れるのは俺としても気持ちの整理ができない。

 将来を誓い合った許嫁になら少しぐらい内情を話しても、王宮は理解を示してくれるのではないか。

 これから一生を捧げるのだ。

 それぐらいは許してくれるだろう、許してもらいたいというのが俺の切なる思いだった。


「コニールはどこにいる?」


 昼休み。

 コニールの教室にその姿が見えず、近くにいた生徒に訊ねた。


「コニール?ああ。コニーならさっき、サラマンダー小屋に行きましたよ。餌当番だから」


 俺は礼を言って、サラマンダーの飼育小屋に向かった。


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