酒のつまみになる話
「いきなり、口に入れ過ぎですよ」
コニールにたしなめられる。
「いいじゃないですか。男らしくて、私は好き」
モンシュは何の断りもなく俺のグラスにワインを注ぐ。
「あなたが好きなのは、陛下でしょ」
俺は先回りして牽制した。
先日の食事会でそれは分かっている。
「あら。陛下のことを嫌いな人は、この国にはおりませんよ」
モンシュはつまらなさそうな顔でナッツに手を伸ばす。
「そういう意味じゃないんだけどな」
「私、こないだお食事をご一緒させていただいた時から、ジャスパー様のことが気になって仕方ないんです」
モンシュは俺に流し目を残して、ワインを飲む。
こういうことを平気で言うから、この女は信じられない。
「ベリーニさんは、飲まないんですか?」
「はい。私はすぐに酔いが回ってしまうので……」
「でも、こないだはどれだけ飲んでも顔色が変わらないって」
「それはモンシュが勝手に言ったことです」
「本当のことじゃん」
モンシュがベリーニ向かってイーっていう感じの顔を出す。
「ジャスパー様の前で酔っ払うのは恥ずかしいので」
「何よ、それ。つまんない人ね」
「モンシュにどう思われようが、関係ないの」
「わっ。それが、苦楽を共にした仲間に言うことなの」
「苦、ばっかりなんですけど。野良猫にご飯をひっくり返された恨みはまだ忘れてないのよ」
「おーこわ。食事の恨みは恐ろしい」
俺は二人のやり取りを聞きながらコニールの真似をして、チビチビ飲んだ。
なるほど、こういう量とピッチで飲むと、お腹の中が良い感じに温かい。
ふと目が合うと、コニールが、そうそうそういう感じ、と微笑んでくれる。
それを見ると、フワッと体が軽くなって、コニールにくたっと甘えたくなる。
これが、母性の包容力か。
「ちょっと、私とベリーニをのけ者にして、静かに良い感じにならないでもらえます?」
モンシュの指摘に思わず顔が赤らむ。
これはアルコールのせいもあるかもしれない。
「子どもみたいに茶化さないの」
コニールは余裕ある大人の対応だ。
モンシュは「むー」と唸って、俺の左腕をバシバシ叩く。
「こないだの話の続きをしてくださいよ」
「ん?何でしたっけ?」
「ほら。あれですよ。年下の彼女との別れ話です」
俺はぐったり肩を落とす。
何であんなことを思い出させるかな。
「人の別れ話に食いつくなんて、趣味が悪いですよ」
「だってぇ……。この王宮の中は刺激がなさすぎるんですよ。二十歳前後の男っ気のない女子は恋愛話に飢えてるんです」
「そんな明け透けな……」
モンシュの暴言にコニールとベリーニが反論するかと思ったが、二人とも押し黙っているのは、どうにも俺の失恋話を聞きたいということのようだ。
「僕だけ話すのは損じゃないですか」
「だって、私たち、披露できるような恋愛経験がないんですもの」
モンシュは胸を張って、自慢にならないことを言う。
「コニールさんも?ベリーニさんも?」
確認すると二人とも肩をすぼめて小さく頷く。
俺はため息まじりに腕を組んだ。
貴族の娘は世間体にがんじがらめで、恋愛経験に乏しいまま結婚するので、人妻になってから問題行動を起こすことが多く、逆に農民や商人の娘は若い頃に奔放に恋愛をするので、結婚してからは家業、家事に専念して良妻賢母になることが多いと良く耳にするが、ここにいる三人を見ているとむべなるかなという感じだ。
「話していただけたら、一晩中ご奉仕して差し上げますわよ?」
モンシュが長い髪を指でまとめて左肩から胸に流す。
白いうなじが露わになって色っぽい。
「モンシュはぺちゃパイですけど」
いきなりコニールが胸の話を切り出して、俺はむせた。
「あー。また、人が気にしてることを言う」
モンシュはコニールに向かって非難の指差しをする。
「さっきの仕返しよ」
「何ですか、それ。分かりましたよ。巨乳のベリーニも同伴します」
「ちょっと、恥ずかしいこと言わないで」
ベリーニがチラッと俺を見て、テーブルの向こうからモンシュを叩く素振りをする。
「だって、せっかく良い体してるんだから、男の人に触ってもらわないともったいないじゃん」
「別に、もったいなくないわよ」
「モンシュこそ、いっぱい触ってもらって大きくしないと」
コニールは顔色変えずに際どい発言を連発する。
酔いもあるのだろうが、きっと俺のことを男として見ていないのだろうと理解する。
「それって本当に効果あるんですか?」
モンシュは効果があるなら試したいという顔だ。
「あるみたいよ。私の学生時代の友人も婚約者に揉んでもらったら大きくなったって言ってた」
女三人の少しエッチな会話には入りづらい。
俺はグビグビッとワインを飲み干し、モンシュに向かって空のグラスを突き出した。
モンシュは意表を突かれた顔で俺のグラスにワインを注ぐ。
他の二人も口をつぐんで俺を見ている。
俺はもう後には退けず「あれは、王宮への召し出しの使者が来た次の日のことでした」と切り出した。
一通り話し終えると、俺はもう一度ワインを一気飲みする。
先ほどからこめかみのあたりで、まるでそこにサラマンダーが尾を打ち付けているかのようにドクンドクンと脈が強く脈動している。
「ひどい……」
ベリーニ怒っているのか、グラスを持つ手がわなわなと震えている。
「良いなぁ。私も牧草小屋で乳繰り合いたい」
「そっち?乳繰り合う乳もないくせに?」
コニールがモンシュの貧乳いじりが好きなことが意外だ。
「その許嫁の名前がコニールだったんですよ」
「え?そうなの?」
コニールが椅子から飛び上がるように驚きを示す。
「そうなんです。だから、コニールさんの名前を聞いた時はびっくりしましたよ」
「ごめんなさーい」
「コニールさんが謝ることじゃないですよ」
「これで、ライバルが一人減ったな」
ね、とモンシュは俺の腕に抱きついて、その小さな胸を押し当ててくる。
これが、抱きつき魔の本性か。
俺はできるだけ自然にモンシュの腕から自分の腕を引き抜いた。
「どういう意味よ」
コニールがモンシュを睨む。
「だって、ジェイはもうコニールっていう名前にはこりごりのはずだもん」
「どさくさに紛れて、ジャスパー様をあだ名で呼ぶのはやめなさいよ」
ベリーニが冷静に突っ込む。
「いいじゃん。もう、様付けは面倒よ。ねぇ、ジェイ。ジェイも私を呼び捨てしてね」
モンシュは再び俺の腕に腕を絡ませてくる。
「僕は……構わないけど」
そう言いながら、知恵の輪のように俺はモンシュから腕を外す。
「ほら。決まり」
モンシュは得意げになると、「そうだ」と手を合わせる。「陛下ってどこかの国の皇女と結婚なさるんですか?」
途端にコニールが「えー!」と大きな声を出した。
「それは聞き捨てならないぞ、モンシュ。本当なの?」
「コニールさん、知らないんですか?」
嵐の夜は、なかなか更けない。




