王の声
執務の間は今日も重苦しい空気に満ちていた。
レイとガリュー宰相が御簾を挟んで睨み合っている。
王国の頂点に君臨する若き国王と前国王の信頼厚く位人臣を極めた宰相。
どちらも一歩も退かないという雰囲気を身にまとって。
俺はレイの隣にいて、その緊張感に失神寸前だ。
月日が経つにつれレイとガリュー宰相との間にできた溝は少しずつ広く、深くなってきている気がする。
特に国民に負担を強いる内容が議題になると、両者の意見の違いはクッキリ鮮明になる。
今日も国民に課す税率についての議論だった。
二人の対立の背景には、今年の天候不良があった。
担当官の検分によれば歴史的な農作物の不作が予想されている。
国民の税負担を一時的に軽減し、国民の生活に少しでもゆとりをもたらそう。
そのために必要であれば、軍事費を減らし、役人の禄を削減して、国全体で苦しみを分かち合おう。
レイはそう提案した。
一方のガリュー宰相は安易な税率の軽減と費用の削減は、軍人、役人の勤労意欲を下げるだけでなく、将来の王国全体の負担につながるという主張だ。
簡単に税率を下げる、と言うが、その事務は膨大で、役人にとっては、給与は減らされるわ、負担は増えるわで、その不満は大きなものになるだろう。
そして、税率を戻すときには国民たちは増税だと感じ、また不満が出るとも語った。
「徴税吏員を激励したいと思います。彼らの職場に余が出向いて、一人ひとりに声を掛けます」
徴税吏員。
異腹の双子として召し出されなければ、俺が就くことになったかもしれない職業だ。
改めて考えると、国民から税を徴収するというのはなかなかストレスフルな仕事ではないか。
特に特別徴収をするとなると、国民の不平はかなりのものが想像されるが、徴税吏員はその矢面に立つことになる。
「それは現場に余計な混乱を生みます。事務が忙しい時に陛下の相手をするための時間を割かれる彼らの気持ちもお考え下さい」
「今、徴税事務が忙しいと言うのですか?まだ収穫の時期でもないというのに」
「彼らは年がら年中忙しいのです」
「内政の部署に訊ねたら、今は手が空いている時期だと聞きました」
「それは一年の中の比較の問題です。徴税の部署には忙しい時期と、非常に忙しい時期の二つしかありません」
この調子で二人の議論は平行線のままだ。
鬼気迫る雰囲気に誰も立ち入れない。
一言も発していないのに、俺の喉はカラカラだ。
結論を得ないまま、今日の執務の時間は終了となった。
自室に引き上げたレイの様子を見に、扉をノックした。
中からコニールが顔を出す。
「陛下は?」
「今、侍医の診察を受けておられます」
「中に入っても?」
俺が部屋の奥に視線を向けて訊ねると、コニールは体を引いて、道を開けた。
足を踏み入れると、ベッドの上でレイの手が右へ左へ動いた。
俺への挨拶らしい。
近づくと、入れ替わるように侍医が一礼して離れて行った。
コニールも出て行き、レイの部屋には俺だけが残った。
仰向けに寝ているレイが青白い顔で力なく笑う。
「毎度毎度体調を崩す自分が情けないよ」
「以前ほどではなくなってます。これは、進歩ですよ。レイは着実に胆力をつけています」
「ジャスパーもそっち派か。侍医もコニールも同じことを言っている」
「誰が見ても、そう思いますよ。レイは少しずつ強くなっている」
「だと、いいんだけど」
ベッドの上でレイは大きく息を吐いた。「ガリュー宰相はすごい。あの胆力、知性、弁舌。余と考え方は違うが、言葉の中に通っている一本の芯が太い」
「だとすれば、そのガリュー宰相に引けを取らないレイも大したものです。私が褒めても嬉しくないでしょうが」
「いや。ジャスパーに褒められるのは嬉しいよ。そうやって褒めてもらえるから、自分の考えを貫くことができる」
「私より、コニールに褒めてもらえる方が嬉しいのでは?」
「……まあね」
レイと俺は見つめ合って、思い切り笑った。
ひとしきり笑い合ったところで、レイが俺の名前を呼ぶ。
「何でしょう?」
「王の声、って知ってる?」
「王の声、ですか?レイの声は毎日聞いてますが」
「そういうことじゃないよ」
レイはまた声を上げて笑う。「半分伝説みたいな話なんだけど、王族には特別な血が流れていて、国王はいざという時に放つ裂ぱくの気合に満ちた大声は周囲の人臣を失神させてしまうほどの強烈な威圧感なんだって。余にもそんな力があるのかなあ。まだ本気を出せてないのかな」
「レイの本気?」
「もう十分、本気出してるつもりなんだけど」
「きっと、レイにはまだレイも知らない力が眠っているんですよ」
「そうかなぁ。もう、カラッカラだけど」
「いつか、その本気が見られることを期待してます」
「逆だよ。余が本気を出すような事態にならないのが一番なんだ」
そしてレイは冗談なのか本気なのか分からないことを言う。「ジャスパーにも王族の血が流れてるのなら、王の声が使えるかもしれないよ」




