ジャガイモ
散歩の途中で、小屋から出てくるベリーニを見かけた。
四角い木箱を両手で抱えている。
「ベリーニさん」
俺はベリーニに駆け寄って、木箱の中を見た。
中にはニンジンや玉ねぎが入っていた。「立派な野菜ですね」
「はい。シェフが市場で仕入れてきたんです。この貯蔵庫に保管してるんですよ」
「へぇ」
俺は小屋の中に少し顔を差し込んだ。
ひんやりとしていて、土のにおいがする。「中を見ても良いですか?」
「どうぞ、どうぞ」
ベリーニは木箱を置いて、俺と一緒に小屋の中に入った。
そこにはベリーニが持っていた木箱がたくさん並んでいて、野菜が種類別に整理して保管されている。
ニンジン、大豆、インゲン、カボチャ、トウモロコシ、ゴボウ、玉ねぎ……。
見たこともない野菜もある。
「野菜がいっぱいですね」
「そうですね。でも、ここにあるのも十日ほどでなくなってしまうんですよ。王宮に働く人が食べるので、シェフは毎週市場に出かけて買い付けています」
「なるほど。おっと、これは……」
小屋の隅にジャガイモが山積みになっていた。
どれもこれもしなびていて表面からニョキニョキと紫色の芽が伸びている。
「それ、もう、捨てるんです。気付いたら、そんな風になってしまっていて。ちょっと、不気味じゃないですか?」
「不気味って、ジャガイモを放っておいたら、良くこうなるじゃないですか。捨てるなら、私に下さいよ」
「かまいませんけど。どうなさるんですか?」
「ちょっと、実験です」
俺は壁に掛かっていたザルを手にしてジャガイモを五つ入れる。
「実験?そんなもので?」
「見ます?」
誘うとベリーニは楽しそうについて来た。
俺は自分の部屋の窓の下に来た。
庭園の外れにあるここは、いつか耕して何かを植えたいと思っていたのだ。
庭作業用の鍬を拝借してきて、思い切り地面に打ち付ける。
何年と掘り起こされず、踏みしめられた硬い土に鍬の刃が徐々に深く入っていく。
すぐに汗が吹き出し、腕は重く、腰が痛くなってくる。
母は家庭菜園を続けているだろうか。
リーンは何だかんだ言っていつも手伝おうとはしないからな。
人一倍食べるくせに。
「何してるの、ジャスパー」
近づいてきたのはレイだった。
俺とベリーニは深く礼をする。
「これを植えようかと思って」
俺が紫色の芽の伸びたジャガイモを見せると、「うわっ」とレイが顔をしかめる。
「何これ」
「ジャガイモですよ」
「これが?」
レイはジャガイモの一つに手を伸ばそうとして、途中でやめる。「すごく毒々しいけど、余はこれを食べてるってこと?」
「食べるのは芽が出る前のものです。これだけ芽が伸びてしまったものを食べるとお腹が痛くなっちゃうかもしれませんね。でもこれをここに埋めると、そのうち土の中にたくさんのジャガイモができるんですよ」
「本当に?」
レイは信じていない顔だ。「ベリーニは知ってた?」
「いえ。この紫色の芽が伸びて葉っぱになるんですって。ジャスパー様に教えていただきました」
「ジャスパーは何でそんなこと、知ってるの?」
「実家で母が家庭菜園をしていて、よく手伝ってたんですよ」
俺は掘り起こした小さな畑に等間隔に五つのジャガイモを埋めた。
そして、土をかぶせる。
パンパンと手の土を払い落とす。
「え?これでおしまい?」
「はい。おしまいですね」
「水はあげないの?」
「今日はやりますが、基本的には雨に任せて、放っておきます」
「それで、ジャガイモができるの?」
「できちゃうんですよ」
「本当に?」
レイがベリーニと顔を見合わせる。
「まあ、見ててください」
俺は人に何かを教えるということを初めてした気がした。
気持ち良かった。




