炎凰コールマン
あれが義手だろうか。
黒い革の手袋をした手が井戸の縁に置いてある。
男はジャスパーの存在に気付くと、一瞬、凍えるような冷たい視線を送ってくる。
が、次の瞬間、素早く黒いローブをまとい、直立で俺に対して頭を垂れた。
「え?」
「異腹の双子の任に就くジャスパー殿とお見受けした」
「ああ。はい。そうですが、どうして?」
今は平服だし、あまり俺の顔は知られていないはずだが。
「王宮に住まう方で陛下と同じ年代の方はほとんどいない」
この声に明らかに聞き覚えがある。
執務の間でガリュー宰相に対し、一寸も怯むことなく意見を述べた硬骨の人、コールマンだ。
「なるほど。おっしゃる通りですね」
「失礼」
急にコールマンが俺に顔を寄せてきた。
高く尖った鼻に鋭い目は鷲のようだ。「に、似ている……」
「え?誰に似ているんです?」
「あ、いや、それは、こちらの話だ。気にしないでくれ」
「いや、どうにも気になりますけど……」
「陛下の最もおそばでの滅私奉公。大変、ご苦労なことだ」
コールマンは強引に話の矛先を変えた。
誰に似ているか、話す気は全くないらしい。「敬意を表する」
コールマンはまた軽く頭を下げた。
「いえ。そんな。私のような愚鈍な者には陛下のためにできることは何もありません」
「それでは困る」
コールマンの目がさらにこちらの心臓を射貫くような鋭さを宿す。
至近距離で見るコールマンの目力の強さには言葉もない。「貴殿は常に陛下と共にある。万が一、陛下の身に何かが起これば、この王国が揺らぎ、幾万もの民が塗炭の苦しみを味わうことになるかもしれない。そうならないよう、貴殿は日々、常在戦場の気持ちで任務に当たっていただきたい。お分かりか?」
「は、はい」
体を緊張に支配され、それしか言えなかった。
ガリュー宰相は見る者を押しつぶすような圧迫感を全身から発しているが、コールマンの場合は心臓を錐で貫くような鋭い痛みをもたらす緊張を強いる。
「自信を持たれよ。貴殿の体には稀有で崇高な力が潜んでいる」
「稀有で崇高な力?ですか?」
我ながら、そんなものがあるとは思えないが。「そんなこと感じたことがないんですが」
「だろうな」
ガクッときた。
コールマンなりの冗談だろうか。
しかし、コールマンの表情は真面目そのものなので、どうリアクションを取って良いのかとうろたえてしまう。
「あのぅ。からかっていらっしゃいますか?」
「いや、そういうことではない。人にはそれぞれ秘めた力がある。可能性の問題だ。研鑽を詰まれよ」
「こ、こ、心得ました」
「それから……」
「まだ、何か?」
思わずうんざりの気持ちが声に乗ってしまった気がする。
コールマンが俺を見る目が一層鋭利になる。
「陛下に伝えていただきたい」
「何をでしょう?」
「執務の間では、執務の時間が中断となるか終わりとなるまでは立ち上がられないよう」
「ああ。それは侍従長が改めて陛下に伝えていらっしゃいました」
「そうか。なら良い」
コールマンは右手で顎をさすりながら、さらに少し近づく。「何代も前の国王陛下が、執務の時間に重臣に斬りかかられたことがあったようだ。幸い傷は浅く、国王陛下の命に別条はなかったのだが、それから異腹の双子が必ずお傍に仕えるようになり、執務の間には陛下と重臣の間に御簾が垂らされるようになった。万が一の時は、一瞬の間があるかないかが重要な分かれ目になることもあるのだ」
「コールマン副団長」
部下らしき魔法兵がコールマン駆け寄ってくる。
「何だ?シュバル」
シュバルと呼ばれた兵士は俺の方に向かって「お話のところ、すんません」と訛りのある言葉と共に頭を下げた。
「明日の訓練のことで少し……」
「分かった。それでは、私はこれで」
コールマンは一礼を残して、去って行った。
フーっと息を吐く。
見ると、俺の腕には鳥肌が立っていた。
膝がガクガクと震えている。
コールマンと対峙している時、ずっと首筋に刃物を突き立てられているような怖さがあった。
あれが、炎凰コールマン。
人を寄せ付けないオーラ。
自分にも他人にも厳しいストイックさ。
絶対に敵にはしたくない人だと俺の頭に明確に刻まれた。




