突然の食事会
「ベリーニさん、ここで良いんですよ」
不安そうにしているベリーニがかわいそうで、俺はドアまで迎えに行った。
「ですよね。良かったです。し、失礼いたします」
ベリーニは部屋を間違えていないことでの安心とレイがいることでの緊張がないまぜになった表情を見せる。
「ベリーニさん、走ってきたの?」
「え?」
「汗が……」
ベリーニの額から汗が滲んでいる。
少し息も荒いし、よく見ると、白いエプロンに汚れがある。「そう言えば、掃除は終わったんですか?」
「あ、はい。掃除は終わりました」
ベリーニは顔を赤らめ、俯いた。
「ベリーニは厨房の掃除をしていたんです。猫が忍び込んできて、追い出そうとしたら走り回って暴れるものですから、色々と……」
喋らないベリーニに変わって、コニールが答える。
「二人とも、ご飯は食べた?」
レイが柔らかく問いかける。
「いえ。私どもは、これからいただきます」
「もう、遅いし、お腹空いたでしょ。余とジャスパーは勝手に食べるから、もう下がってもらって良いよ」
レイの言葉に従って、侍女の二人は部屋を出て行こうとする。
「あ、あの……」
俺は二人の背中に声を掛ける。「ここで食べていきませんか?」
コニールとベリーニはキョトンとした表情で、俺を見る。
「滅相もありません。侍女が陛下やジャスパー様とご一緒にだなんて……」
「陛下はいかがでしょうか?彼女たちが同席するのは、問題がありますか?」
「余は構わないよ」
「ほら。二人の食事もここに運んで、一緒に食べようよ。何なら、陛下のと、僕のとを二人にも食べてもらいたいな。今日は僕もあまり食欲がなくて、こんなに食べられそうにないんだ」
「そうしよう。それが助かる」
レイが嬉しそうに言う。
コニールとベリーニは顔を見合わせる。
そして、コニールが代表して「実は……」と切り出す。
「猫が暴れて、私とベリーニの食事がひっくり返ってしまったのです。今晩は、何を食べようか、思案していたところで……」
恥ずかしそうに、また顔を見合わせる二人が可愛かった。
*************************************
想像に反し、部屋の中は葬式のように静かだ。
これだけはふんだんに余っていて、とコニールが厨房から鍋ごと持ってきたスープを飲んでいるからだろうか。
誰も何も喋らない。
せっかく、同年代同士の楽しい晩餐になると期待していたのに。
俺から切り出そうか。
だけど、王宮では新参者だしな。
「王宮の主なんだから、レイが何か喋ってよ」
隣に座るレイに小声で耳打ちする。
「無理だよ。何、喋って良いか分からない」
レイは顔を真っ赤にして、首を左右に振る。
「あー、えっと」
俺は二人の侍女に声を掛けた。「侍女の中で一番のベテランって誰なんです?」
「それは、キュエル侍従次長だよ」
答えたのはレイだった。
「今のはレイじゃなくて、あっちの二人に訊いたんです」
俺はまたレイに小声で耳打ちをした。
レイは「あー」と得心顔になって、「ごめん」と小さく謝った。
それにしても……。
「侍女として王宮に入った人が侍従次長にまで昇進されることって珍しくないんですか?」
「キュエル侍従次長が特別なんだと思うよ。侍従次長は要職だから、高級文官が就くケースが多いよ。高級文官になるには選考を経る必要があるし」
またレイが答える。
俺はレイに向かって声は出さずに、「だから」と口を動かす。
レイはそれに気づいて、申し訳なさそうに小さくなる。
「侍女は任期が四年と決まっているんです。更新してさらに四年、侍女をやる人はそれなりにいますけど、花嫁修業的に考えている人が多いので、三期目を務める人はほとんどいません。ですが三期務めれば文官に転任できます」
漸く口を開いたコニールが分かりやすく侍女の仕組みを教えてくれた。
「じゃあ、キュエルさんは侍女を三期務めて文官になられてから選考を受けられたんですね」
「侍従次長になってるってことは、そういうことなんだろうね……」
レイは微妙な顔で頷いた。
コニールやベリーニはテーブルに目を落として黙っている。
これはあまり触れてはいけないんだろうか。
俺は空気を察して、話題を転換した。
「えっと。じゃあ、侍女の皆さんは、年にどれぐらい休暇をもらえるんですか?」
この質問なら、侍女の二人が簡単に答えてくれるだろう。
そう思って、コニールとベリーニが口を開くのを待っていると、ドアがコンコンとノックされ、こちらが返事をする前に勝手に開いた。
「あー」
ドアの外でこちらを指差して大きな声を出したのは実家に帰っているはずのモンシュだった。




