国王の友人
「何が情けないのですか?」
「家臣と少し論争になったぐらいで、このザマだよ。まともに立っていることもできない」
俺は先ほどの執務の間でのやり取りを思い出した。
小さくなって震えながら推移を見守るしかできなかった、あのやり取り。
「そんなことありません。ガリュー宰相を相手に、一歩も退かず、あれだけのことをおっしゃるのは大変に勇気のいることだと思います。私だったら、論争にもなりません」
「余は国王なんだ。だから、相手がガリューだろうが誰だろうが、びくびくする必要はない。それなのに……」
「必要のあるなしと、実際にびくびくしてしまうのとは、別問題ではないでしょうか」
「そうかな」
「レイは国王陛下ではありますが、即位してまだ二か月の十八歳。片や、ガリュー宰相は宰相として政務を司って十五年以上。そりゃ、びくびくして当然だと思いますよ」
「うーん」
レイは顔の前から腕をどけて、天井を見上げた。「余は皇太子として、長年、この国の政を見て、学んできたつもりなんだ。その中で、ずっと考えてきたことを漸く口にする機会を得たというのになぁ」
「レイは立派でしたよ。結局、ガリュー宰相に税の特別徴収を再考させることができたんですから」
「あれは、炎凰が助けてくれたからだよ」
「えんおう?」
「知らない?コールマンは炎凰って異名で呼ばれるほどの火炎魔法の達人なんだよ」
「え?炎凰?私が通っていた王立学校に炎をまとった鳳凰の絵が飾られていて、かつての偉大な魔法使いを描いたものだって教えられたんですけど、まさか、コールマンさんのことじゃないですよね?」
「いや。きっと、そのまさかだね」
嘘。
俺は思わずそう口にしていて、すぐに陛下の言葉を嘘呼ばわりしたことを謝罪する。
それぐらい驚いたということだ。
「伝説上の人物だと思ってました。ってことは、炎の鳳凰と対になる氷の青竜の絵も、もしかして実在の人物ですか?」
「もちろん、氷竜もいたよ。魔法使いとして国軍に入軍すると魔法兵って呼ばれるけど、優秀な魔法兵は魔法士って名誉称号をもらえるんだ。だけど、炎凰と氷竜は魔法士の中でも実力が群を抜いてるってことで先代は特に魔導士っていう称号を与えたんだ」
「そうなんですか。……話が脱線しちゃいましたけど、コールマンさんが応援してくれたのも、レイが正論を述べていたからですよ。そうでなければ、コールマンさんも、あのガリュー宰相に盾突くことなんてできませんって」
「そうかなぁ。でも、やっぱり。明日からガリュー宰相と顔をあわせるの、憂鬱だなぁ」
「自信持ってください。何とかなりますって」
俺はレイの気持ちが少しでも軽くなるように、にっこりと笑って見せた。
「ジャスパーは、しょっちゅう、何とかなるって言ってるよね」
レイが部屋に戻って初めて笑った。
「だって。これまで何とかならなかったことなんて、ないですから」
俺はポケットから赤い宝石を取り出した。「これ、落ちてましたよ」
「え?ああ」
レイは左手を目の前に掲げ、ブレスレットを見つめた。
並んでいた赤い宝石の一つがなくなっている。「玉座にぶつけた拍子に取れちゃったんだな」
「元に戻りますかね」
俺はレイのブレスレットの元の位置にルビーをはめてみたが、接着はできなかった。「駄目みたいです。職人さんに直してもらってください」
レイは俺から受け取った大粒のルビーを真剣な眼差しで見つめた。
「ジャスパー。君が余の影武者であるなら、このブレスレットも同じものを身に着けるべきじゃないかな。ジャスパーも誕生月は七月なんだし、丁度いいじゃん」
「丁度いいじゃんって、そんな簡単によろしいんですか?このルビーは私のネックレスのものとは比べ物にならないぐらいに大きい貴重なものですし」
「いいんだって。誰かに頼んで作ってもらうよ。このブレスレットは国王が代々身に着ける、力の象徴とも言うべきものなんだ。ここに付いている宝石はとても貴重なものだから、五つ本物を並べるのは無理だけど、それでもこの外れてしまった魔法石は君のブレスレットの方につけてもらおう。余とジャスパーとの友情の証として」
「友情……」
俺はその言葉に嬉しさよりも重圧を感じた。「恐れながら、私はレイの臣です。友人だなんて畏れ多いことです」
そう言うと、レイは悲し気に目元を曇らせた。
「ジャスパー……。友でないのなら、……今すぐ出て行ってくれ」
俺は迷った。
異腹の双子とは言え、国王と伯爵家の次男坊とでは絶対的な差がある。
そんな自分が国王の友人とはおこがましい。
レイと俺とは国王とその臣という関係が正しい。
そこに間違いはない。
だけど、目の前の人の寂しそうな顔を見たら、出て行くことなどできるはずがない。
俺はベッド脇の椅子に腰を下ろした。
「そうでした。二人のときはレイとジャスパーというのが我々の関係」
「良かった」
レイは目から力を抜いた。「余にも親はいたし、親族もいる。色々教えてくれた師もいれば、忠誠心に溢れた臣もいる。あれから婚姻の話が進んでいるのかどうかは分からないけど、愛する女性もできるかもしれない。そんな余が、最も得難いものは友情だと思うんだ。ジャスパーが友人になってくれなければ、余には今後二度と友人はできないだろう。友人もいない国王に庶民の気持ちが分かるだろうか。一人も友人のいない人生は有意義なものだろうか。余は国王になりたいわけじゃなかったけれど、生まれた瞬間に王位継承順位が一位になったから、それは仕方ないと割り切って生きてきたつもり。だけど友人なんていらないと割り切って生きることは、まだできてないんだ」
「レイ……。私は、レイの異腹の双子であり、臣であり、そして、友として、いつまでもレイの近くにいます」
「ありがとう、ジャスパー。色んな役をやらせてしまって、申し訳ないね」
レイは潤んだ瞳で俺に向かって右手を伸ばした。
「何とかなりますって」
俺は笑って、その細い高貴な手をしっかり握った。




