コニール
「大丈夫、大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」
レイは集まってきた侍従や侍女を見て平気そうに言うが、俺にはいつもより少し活舌が悪いように聞こえた。
俺の袖にしがみついて立とうとしても、足腰に力が入らないようで、自力では立ち上がれない。
レイは照れ笑いを浮かべて、俺の耳に口を寄せた。「ごめん。肩、貸して。椅子に座らせて」
俺はレイの脇に肩を差し込んで立ち上がらせ、玉座に運んだ。
「お水を」
コップを握った白く細い腕が俺の背後から伸びてきた。
「ありがとう、コニール」
レイは青白い顔に力のない微笑みを浮かべてコップを受け取ると、口元から零しながら一気に呷った。
コニール?
振り向くと、一人の侍女が心配そうに玉座の人を見つめていた。
少し吊り気味の瞳が涼やかな、利発そうな女性だ。
「もう一杯、もらえるかな」
「はい。ただいま」
コニールはレイからコップを受け取ると、持っていた水差しから水を注いで、すぐに返した。
レイは二杯目も休みなく飲み干すと、大きく息をついた。
「ありがとう。生き返ったよ」
そう言って立ち上がろうとするレイにコニールは「お待ちください」とたしなめるように言う。
「拝察するに、陛下はひどく興奮なされたため一時的に全身の筋肉に力が入らない状態かと。従って、安易に歩こうとすると、足がもつれ転ぶ可能性があります。今しばらく、そのままお待ちください。間もなく侍医がいらっしゃいます。念のため診ていただきましょう」
「分かった」
レイは椅子の周りに群がっている側近たちを見回した。「騒がせてしまって、ごめんね。侍医に診てもらうから、心配しないで。みんな、持ち場に戻ってください」
ほどなく老医が駆け付けた。
診察はコニールが言ったとおりだった。
その頃にはレイも、しっかりと立ち上がることができるようになっていた。
レイは念のため左側に俺の支えを受けながら、執務の間を出ようとした。
「ありがとう、コニール」
振り返って礼を言ったレイに、コニールはさも当然そうに無言でお辞儀を返す。
コニールはそのままレイと俺の五歩ぐらい後ろをついてきて、二人が部屋に入ったのを見届けると、ドアの向こうで頭を下げて、去って行った。
レイがコニールをお気に入りとして名前をあげるのも納得、と思った。
二杯目の要求があることを想定して、水差しで水を持ってきている機転。
医師に劣らぬ冷静で的確な分析。
控えめながらも、献身的に支えようとする姿勢。
少し勝気な雰囲気が、少々とっつきにくく感じるが、それは初対面だからかもしれない。
コニールという名前がどうにも気になるが、それが逆に良かったとも思った。
そうでなければ、レイの恋敵に名乗りを上げることになってしまうかもしれなかった。
侍医がベッドに腰かけたレイの脈を取り、いくつか問診をして、問題ないと判断して他の侍従とともに部屋を出て行った。
「情けない」
自らを蔑むような口調でレイはベッドに仰向けに寝転がり、左腕を顔の上に置いた。
自分の目を隠すように。




