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影武者ワンダフルデイズ  作者: 彩杉 A
王宮での生活

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異議を唱える

「では、税の特別徴収を行うということで決定します。内容の詳細は臣の方で責任を持ちまして吟味し、施行します」


 ガリュー宰相の声が今回は一際重く響く。

 反論は一切受け付けないという、傲慢で威圧的な迫力に満ちている。


「待ってください」


 俺は左隣に座るレイを驚きとともに見た。


 まさか、異議を唱えるというのか。


 税や年貢の徴収に関する内容はこれまでも度々議題に上がった。

 そして、いつもガリュー宰相が強引に決定をもぎ取っていく印象だった。

 税に関する事柄は事実上、ガリュー宰相の専権事項となっていると言っても過言ではない。

 そして、その取扱いには彼の個人的な私見が入っているようにも見えた。

 しかし、そこに口出しをして位人臣くらいじんしんを極めたガリュー宰相の機嫌を損ね、軋轢あつれきが生じるのは怖い。

 そういうことで、執務の間にいる誰もガリュー宰相に反抗することはなかった。

 それは国王であってもだ。


「何か?」


 御簾の向こうのガリューの目ははっきりとは見えないが、それでもギロッと睨まれたのは雰囲気で分かる。

 御簾があることを良いことに、わざとそんな不遜な態度に出たようにも感じられた。


 執務の間にこれまでにない張りつめた緊張が走る。


 しかし、レイは屈することはなかった。


「ぜ、税の負担は庶民の生活に直結します。それを今年は特別にもう一度徴収するという。そんなことをして庶民はどう思うのでしょうか。何故、このような事態になったのか、詳らかにする必要があります。そして、他の手立てが取りえないのか、もう一度検討していただきたい」

「それは申し上げましたとおり、失火により兵糧庫に損害が生じたことと、オッフェラン帝国の内戦が思いのほか長期戦となり、求めに応じて出した援軍と兵站へいたんの再計画が必要になったことによります。他の手立ては臣どもでも何度も検討しましたが、特別徴収以外に方策はないということで一致しております」

「失火と同盟国の内戦はどちらも年貢を納める民には関係のない問題。それで特別徴収とは、大勢の民が承服できないでしょう」

「今回の内戦に援助を行うことは前陛下の御裁可をいただいております。陛下の御裁可は国民全員が承服すべきこと。それを承服できない者は捕らえて断罪に処します」

「断罪……。そもそも前国王の裁可が誤りであったのかもしれないのに?」


 国王の裁可に誤り?


 執務の間の空気が揺らいだ。

 重臣たちの声にならない声が御簾を震わす。


 国王が政務を誤ることなどありえない、あってはならない、というのが王宮内の常識。

 ましてや国王本人が先代の誤りを認めるなど、前代未聞の出来事だ。


「陛下?」


 さすがのガリュー宰相も聞き間違いかというような声を上げる。


 しかし、レイは日和ひよることなく言葉を発した。


「前国王の誤った判断を下した責任を負うため、私の身の回りにかかる費用を今年は半分にしてください。実は以前から気になっていたのです。私の暮らしは贅沢に過ぎる。食事はもっと質素なものでかまいません。衣服も毎月のように新しいものを作る必要はない。侍従部門の人間は減らしましょう。護衛の人数も過剰であると認識しています」


 御簾の向こうが激しくどよめいた。

 国王が本気でガリュー宰相の建議に反対の姿勢を示したこと、そして、国王にかかる費用に手を入れ、周囲の人数を減らすと明言したこと。

 想定にはない発言が国王からどんどんと繰り出され、重臣たちは収まらない地震に身を守るように耳を覆って床にひれ伏した。


「陛下。国を治めることに、誤りというものはないのです。物事には全て、良い面があれば、悪い面もある。大切なのは何に重きを置くかということでございます。前陛下はオッフェラン帝国に対する援助に重きを置かれた。オッフェラン帝国が転覆すれば、国境付近の守備や商業の流通など、わが国にも大きな影響が出るからです。そういったことを度外視に、軽々に前陛下の御裁可に陛下が誤りだとのたまうことはあってはならないことかと存じます。まつりごとに誤りはありえないのです」


 ガリュー宰相だけは大揺れの執務の間にあっても、自分を見失わずに意見してくる。


「確かに宰相が言うように政に誤りというものはないのかもしれません。しかし、何かを選んだときに、その反対側で起こることに目を閉ざしてはならない。それが国民の生活を苦しめることになるのであれば尚更です。余が言いたいことは、そういうことです。余の父も、それを継いだ余も人です。今回の件に関しては、オッフェラン帝国への援助と引き替えに、わが国の民が苦しむことについてのケアができていなかった。その見落としについて、申し訳なかったと思っています」


 レイが椅子に座ったまま頭を下げる。


 慌てて俺も頭を下げる。


 御簾の向こうにいる重臣たちの口から、嘆息が漏れる。

 何と……、と誰かが言葉を詰まらせる。


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