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影武者ワンダフルデイズ  作者: 彩杉 A
撤退と反転攻勢

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131/165

シュバルの門

 王都の中は警戒態勢が敷かれていた。

 至る所で巡回している歩兵を見かける。

 その警戒の視線を掻い潜りながら前進するのは難儀だった。

 建物の陰に潜んでやり過ごす時間が長く、想定以上に時間がかかっている。

 しかし、ここで焦ってはいけない。

 見つかって騒ぎになれば、奇襲は成立しない。

 俺たちは慎重に移動した。

 結果、王宮に辿り着く前に、辺りは明るくなってきた。


「どうします?夜が明けちまいやすぜ」


 マクロムが手の甲で顎の汗を拭いながら、明るくなってきた東の空を睨む。


 確かに。

 四人で顔を見合わせた。

 このペースで行けば、王宮に辿り着くころには、すっかり明るくなり、多くの人が活動を始めていることになる。

 俺やシュバルの顔を知っている人とすれ違わないとは言えない。

 似顔絵と共に懸賞金でも掛けられていたら、すぐに通報されてしまうだろう。

 それに、マクロムの巨体は王都でも珍しい。

 何もしていなくても注目を浴びてしまうはずだ。


「予定が狂った。スタート地点が王都からかなり離れてしまったし、王都に入ってからも遅々として進めない」


 アロージャは事態が計画通りではないことを認めた。「夜更けまでどこかに身を隠したい。どこか、ないか?」


 アロージャは王都での暮らしの長い俺とシュバルの顔を見る。


 しかし、そんなこと、急に言われても何も思いつかない。


「シュバルさん。どこか良いところありませんか?」

「王都に住んでいたって言っても、近衛兵団の宿舎と訓練地との往復ばっかりで、ここら辺のことは知りまへんのや。ジャスパーはんこそ、王都で育ったんでっしゃろ?どこか、ありまへんのか?」

「王都で育ちはしましたけど、押しかけて行ったら迷惑が掛かりますよ。最悪の場合、私たちをかくまった罪に問われるかもしれません。そんなことになったら、お詫びのしようがないです」


 俺とシュバルのやり取りに埒が明かないと思ったのか、アロージャが苛立った感じで口を挟む。


「何でも良いから早くしろ。辺りの人が活動し始めたら、我々は目立ってしまう。ジャスパー。君の家はどうなんだ?」

「私の家?駄目ですよ。私たち、そこで捕まって王宮に連行されたんですから。兄のビゼーは監視しているはずです。二の舞は避けないと」

「ったく、使えないなぁ」


 アロージャは舌打ちをしてシュバルを見た。「君は変化魔法が得意なんだろ?家に変化できないの?」


「家って……。無茶言わんとってください。仮に家に変化しても、中には入れませんよ。家全体が私そのものなんで」

「じゃあ、門にはなれる?」

「門?そりゃ、なれるっちゃあ、なれますけど」

「じゃあ、そこの空き地で門を作ってよ。私たちはその裏で隠れるから」


 アロージャは民家と民家の間にある空き地を指差した。


「夜になるまで門をやり続けるんでっか?」


 シュバルは大いに不満そうで不安そうだ。


「おい。衛兵が二人、来るぞ」


 マクロムが通りの先を指差す。


「早く。急げ」


 アロージャは俺とマクロムの服を引っ張って空き地の中に入る。

 そして、その場に胡坐をかいて座り込んだ。

 両隣の俺とマクロムの腕にぶら下がるようにして俺たちも無理やり座らせる。


「ちょ、ちょっと、アロージャはん」

「見つかったら一巻の終わり。ここは君の腕の見せ所だ。覚悟を決めな」


 アロージャはオキナの面を被ってビスター卿に扮し、腕組みをしてシュバルを見上げる。

 もう動くつもりはないらしい。


 俺は一晩中歩き続けて足がクタクタに疲れていた。

 一度座ったら動けないのは、みんな同じだろう。

 シュバルには申し訳ないが、ここは一時的にでも門に変化してもらって、しばらく休息する時間を確保してほしい。


「無茶苦茶でんな」


 シュバルは泣きそうな顔で通りに向かって仁王立ちした。

 何やら唱えたかと思うと、次の瞬間には空き地の間口いっぱいに広がる大きくて立派な木製の門になった。

 高さも十分で、通りからこちらは背伸びしても見えない。


 衛兵の足音が近づいて来る。


 俺たちは息を殺して門の向こうの様子に耳を澄ませた。


 一人の足音が門の前で止まる。


「おい」

「あん?」


 もう一人の足音も止まった。


「こんなところに、こんな門構えの屋敷、あったか?」


 ヤバい。

 一気に緊張が高まって俺は思わず立ち上がろうと地面に手を突いた。

 それを隣のアロージャに制される。黙って座っておけということらしい。


「あったかって、現にあるじゃねぇか」

「いや、だけど……」

「寝ぼけてんじゃねえよ。行くぞ」

「お、おう」


 二人の足が再び動き始め、俺は肩から力を抜いた。


 二人のやり取りをすぐ間近に聞いていたシュバルの緊張感たるや、いかほどか……。


「おい!やっぱり変だぞ!」


衛兵がまた門の前に戻ってきた。


 俺は胸から心臓が飛び出そうになるほど驚いた。


 アロージャは黙りこくって目の前の門に扮しているシュバルを見つめる。


「あん?どうした?」

「この家は門の向こうには屋敷がない。門しかないんだ」


 俺は目の前が真っ暗になった気がした。

 確かに、屋敷と門はセットだ。

 屋敷があるから門が要るのだ。

 門しかないのは不自然だろう。


「ふむ。なるほどな」


 事態は急速に悪化している。

 興味を示していなかった方の衛兵までがシュバルの門に違和感を示している。

 見破られるのも時間の問題か。


 マクロムが背中のバトルアックスを手にした。

 それを見たアロージャが親指を立ててクイッと自分の顔に向けた。

 私に任せろということだろう。

 こんな王都の真ん中でマクロムがバトルアックスを振り回したら大騒ぎになる。


「だけど、屋敷は取り壊して、門だけ残すってこともあるぞ」


 衛兵がまた会話を始めた。


「そんなことあるか?」

「ある。門ってのは、ここから中には勝手に入るなって意味だ。屋敷を建て直すときに、門だけは残しておいて中に立ち入らせないようにしているんじゃないかな」

「中に何もないなら、立ち入っても構わないじゃねえか」

「そうでもない。浮浪者が住み着いちまうこともあるからな。それに、中に何もないかどうかは分からないぞ。建築用の資材が置かれているかもしれねえ。そういう時は門がなかったら、盗まれちまう」

「ああ。そういうことか」

「だがな、ここは……」


 急に声が小さくなって、衛兵の会話が聞き取れなくなった。

 そして、やがて二人の足音が少し小走りで遠ざかる。

 何か、嫌な予感がする。


 門が消えてシュバルが現れた。


「早うどっか、逃げましょう。今の二人、ここは怪しい、隊長に報告やって言ってましたわ」

「どこかって、どこだ?ジャスパーとシュバルで決めてくれ」


 笑っているオキナの面で言われると、どうも切羽詰まった感じがしないのだが、シュバルの悲壮感漂う顔に俺は隠し持っていた奥の手を口にする。


「こうなったら、私の家へ。裏手に農具用の小屋があります。その中なら夜まで隠れていられるかもしれません」


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