竜騎隊の視察
「やった。やったよ」
レイが満面の笑みを浮かべながら、俺の部屋に入ってきた。
こんなに嬉しそうなレイを見たのは初めてのことだ。
「どうされました?」
「ドラゴンを見られるんだよ。竜騎隊の基地に行けることになったんだ」
「本当ですか?」
俺は思わずレイの手を取った。
「本当だよ!念願叶ったね、ジャスパー」
レイとは何度も竜騎隊を見てみたいと語り合っていたのだ。
ドラゴンはこの国のシンボル的な存在であり、ドラゴンを意のままに操る竜騎隊は国民の憧れの的だ。
そして、それは国民だけでなく、国王も同じ思いだった。
しかし、重臣たちはレイが竜騎隊の基地を見に行きたいと言っても、なかなか承知しなかった。
他の場所は簡単に了解が取れるのに、竜騎隊だけは駄目だった。
それはドラゴンが危険な生き物だからだ。
竜騎隊の隊士はドラゴンの扱いに慣れているが、絶対に危険なことはないかと言うと、そうとは言い切れない。
毎年、何人もの隊士が訓練中や世話をしている時に大怪我を負う。
時にはそれが怪我だけでは済まず、殉職する者もいる。
そんなドラゴンに国王を近づけるようなことはできないという重臣の気持ちもジャスパーは理解できる。
レイはレイ自身だけのものではない。
レイはこの国を統べる王であり、余人には代えられない。
君子危うきに近寄らず、なのだ。
「よく許可が下りましたね」
「うん。まあ、基地には行けるけど、訓練は遠巻きに見るだけなんだ。でも、動いてるドラゴンをこの目で見られるし、竜騎隊のメンバーと話すことができるんだから、何て言うか……、ワンダフルだよね」
ワンダフル。
国王が遣うには少し幼い言葉に思えたが、その分、レイの興奮度の強さ、高さが伝わってきて俺は嬉しかった。
「はい。こんなにワンダフルなことはありません!」
俺が竜騎隊の基地に行くことができるなんて、異腹の双子でなければ、一生無理だっただろう。
まさに役得だ。
これまでも、宝物庫や神殿など、王家の人間と一部の重臣しか入れない特別な場所にレイと一緒に立ち入ることができたし、国王と同じような寝具を使えるし、美人の侍女に世話をしてもらえるし、と様々な場面で役得にあり付いている。
どれもこれもワンダフルだ。
「楽しみだなぁ。竜騎隊の隊士に握手してもらいたいな。今度行く第一方面隊には十人ぐらいの隊士がいるんだって」
「竜騎隊の隊士はレイと握手できたら、一生の自慢になりますよ」
「余は大したことないのにね。たまたま父親が国王だったから、時を経て、国王になっただけ。でも、彼らは違う。数多の競争をかいくぐり、選抜されたエリートで、しかも竜騎隊に入ってからもたゆまぬ努力を重ね、この王国のために命を懸けてくれている。尊敬すべき人たちだよ」
「その言葉、本人たちに掛けてあげてください」
三日後、レイと俺は馬車で竜騎隊の基地に向かった。
竜騎隊の基地兼訓練場所は国内に七か所。
いずれも王宮からかなり離れたところにある山の中腹を切り開いたところで、広大な敷地を有している。
ドラゴンが吐く火炎やドラゴンの翼による暴風は広範囲に及ぶ。
従って、人が近くに住んでいるようなところでは危なくて訓練ができないのだ。
そういう説明を聞きながら、馬車に揺られていたが、目的地にはなかなか着かない。
実は王宮に最も近い第一方面隊の基地でも片道一泊二日の旅程なのだ。
それを聞いた時に、重臣たちがレイに竜騎隊の基地に行かせたくない理由はドラゴンの危険性よりも、行って帰ってくるだけで三日かかる距離にあるのではないかと悟った。
「もう少し王宮のそばには作れないものですか?」
レイの質問にマッコリーは少し馬鹿にしたように答えた。
「そんな広い土地がありましょうか」
「何かの資料に、書いてあった気がしたんです。王宮からそう離れていないところに竜騎隊の訓練場所があるんだな、と思った記憶があるのですが……」
「そうですか。存じあげませんねぇ」
二日目の午前、休憩所でレイの顔は真っ青だった。
山道を馬車に揺られっぱなしで、酔ったのだ。
それに睡眠不足も効いている。
レイは枕が変わると寝付けない性質のようで、一泊目の宿となった離宮で、眠れるかどうか不安だと話していたが、その不安は的中したようだ。
元々病弱なレイに、この行程は無茶だったのかもしれない。
「ですから、お辞めくださいと申し上げたのです」
マッコリーの言葉は失礼にも聞こえたが、彼の立場にしてみたら、そう言いたくなるのも無理はないのかなと思った。
胃の中のものを吐き出し、ふらふらのレイは蚊の鳴きそうな声で「余が浅はかでした」と答えるだけだった。
「このまま先へ進んでも大丈夫でしょうか?」
俺は心配でマッコリーに訊ねた。
自分がレイの立場だったら、途中で引き返すのは絶対に嫌だ。
しかし、レイは国王。
余人に代えることはできない。
これはただの視察。
体調不良をおして続行すべきものでもない。
レイの健康ほど大事なものなどない。
「あと少しで訓練場所だが?」
「ですが、旅程としてはあと三日。ここで引き返して、下り道なら、今晩は慣れたベッドでお休みいただけます」
「そう言うのなら、お前が陛下に進言せよ」
俺はレイが休んでいる部屋に一人で入った。
レイはソファに横たわっている。
その生気のない表情を見て、俺はここが頑張りどころだと悟った。
「レイ。私がいけませんでした。レイに無理をさせてしまいました」
「そんなことないよ。余が体が弱いから……」
「レイ。この十枚の紙片にサインをお書きください。我らはここで引き返しましょう。そして、いつか体調を整えて再挑戦しましょう」
「ジャスパー……」
レイは俺が用意した真っ白な紙を黙って見つめ、やがて「うん」と一つ頷き、一筋の涙をこぼした。




