レイ
「余はコニールを推す」
「はぁ?」
いきなり何を言い出されたのか。
そう思って、窓の外に目を向けているロイス四世の顔を見た。
コニー。
俺の許嫁でありながら、カウラとの逢瀬を楽しんでいた不義の女。
「いや、だから。……こないだの侍女の話の続きだよ」
照れてこちらを見られない様子のロイス四世に、ジャスパーはその言葉の意味を理解した。
しかし、コニールという名の侍女をジャスパーは知らない。
「お見かけしたことのない侍女ですね」
「そっか。じゃあ、今度ここに掃除で入るように言っておくよ。ここの掃除が行き届かないところがあるから見てやってくれって」
「そんなことをおっしゃったら、頑張ってくれているベリーニやモンシュが可哀そうじゃないですか」
ロイス四世は意表を突かれたように、「ああ」と口から漏らした。
「なるほど、そういうことになるね。なかなか難しいな。じゃあ、今度、コニールが余の部屋に給仕で入ったときとかにジャスパーを呼ぶよ」
「そうしていただけると、ありがたいです。陛下の好みがどういうタイプなのか、とくと拝見させていただきます」
「いやらしい、言い方をするなぁ」
ロイス四世は頬を淡く朱に染めて、口を尖らせる。
それを見て、俺は思わず笑ってしまう。
「そのコニールさんは、いくつぐらいの方でしょうか?」
「年齢?確か、二十になったばかりだと思うけど」
「そうですか。それは、良かった」
「何が?」
「実は、私、王宮に入る前に、許嫁がおりまして。その許嫁がコニールという名前だったものですから、もしや、と思いまして」
「何と。ジャスパーも結婚するの?」
「いえ。破談となりました」
「あ……」
ロイス四世は俺に向き直って、申し訳なさそうに頭を下げた。「ごめん。余のせいだね。異腹の双子に選ばれなかったら、ジャスパーはもっと自由に人生を謳歌して、ゆくゆくはその子と……」
「何をおっしゃいます。陛下がそんなに簡単に頭を下げられてはいけません」
俺は慌てて、ロイス四世の近くに寄った。「それに、これで良かったのです。私は女の怖さを思い知りました」
「どういうこと?」
「そのコニールは私という婚約者がおりながら、他の男と逢っていたのです」
「逢ってた?逢って、何してたの?」
ロイス四世は無邪気に訊ねてくる。
「陛下。男と女が逢うっていうのは、その……。イチャイチャしてたってことですよ」
あの時の情けなさ、悔しさ、腹立たしさを思い出してしまって嫌になってくる。
「ジャスパー。イチャイチャって何?」
「そこ?それですか?」
王室育ちはイチャイチャという言葉を知らないのか。
そんなことはないだろう、と思ったが、純真な目のロイス四世は俺をからかっているようには見えない。「その、あれですよ。キスしたり、互いの体に触れあったりってことです」
「え?」
ロイス四世は絶句した。
また顔が赤らんでいく。「そんなことって、あるの?」
「あるんですよ、実際。王立学校の同級生の男と乳繰り合っているのを、この目で見てしまいまして……」
「乳繰り……」
ロイス四世は何かのキャパシティがアップアップになってしまったようで、全身硬直している。「ショックだった?よね」
この質問には頷くしかない。
「今思えば、そんな女とは別れられて正解だったってことです。そのコニールは私が異腹の双子として王宮に入ることになったと知って、途端に態度を変え、私を侮辱しました。もう二度と顔も見たくはありません」
「それは許せない。何とか懲らしめてやりたいな」
ロイス四世が怒りに表情を険しくする。
「陛下にそんなことをしていただくには及びません。それに、陛下の御威光を笠に着ては、ますます私の男というものが廃ります」
「そういうものかな。しかし、大変だったね、ジャスパー」
「いえ。陛下に比べれば大したことではありません」
ロイス四世が目元に憂いを浮かべる。
「余も、まさかこんな風に自分の妻が決まるとは思ってなかった。でも、調べてみると、先代も家臣の、会ったこともない娘を妻にしたみたいでさ。国王というものは、そういうものみたいだよ」
「ですが、先代は確か……」
「そう。お隠れになるまでに、正式に妻にした人だけで三人。そのうちの一人が余の母ということで……。その三人以外にも、何だかんだで色々あったみたいだけどね。そっち方面では、けっこう無茶をされたらしい」
「では、陛下も何人も側室を持たれませ」
「何人も相手してたら疲れちゃうよ」
ロイス四世は困惑の表情を浮かべた。
確かに蒲柳のロイス四世には難しい面もあるかもしれない。
しかし、世継ぎを残すことも国王の大事な役目。
先代も三人の妻がいながら、なかなか子宝に恵まれず、ようやく生まれたのがロイス四世だったという。
「では、お疲れの時は異腹の双子の私がご側室のお相手をさせていただきましょうか?」
「何と浅ましいことを!」
二人は目を見合わせて笑った。「ジャスパー」
「はい」
「余のことを、陛下と呼ぶのはやめてよ。異腹とは言え、双子なんだから。レイでいいよ」
「そんな、滅相もありません。私のような下賤の者が陛下をそんな風にお呼びするなど」
「いいんだ。余が決めた。いつも陛下じゃ息が詰まるんだ。せめて互いの部屋とかで、他の者がいないときは、レイとジャスパーで良いじゃないか」
そんなことをおっしゃっても、と何度か押し問答をするが、ロイス四世は一向に引く気配を見せない。
「分かりました。では、二人のときは、レイ、ということで」
「うん。よろしくね、ジャスパー」
ロイス四世が嬉しそうに手を差し出す。
「よ、よろしく、レイ」
ジャスパーは恐る恐るその手を取って握手した。
「何?ジャスパー。手がベトベトだよ」
ロイス四世は困惑顔で手を腰のあたりで拭う。
「すいません。陛下、じゃなくって、レイの手を握るなんて、すごい緊張なんですよ」
俺も自分の服で両手を拭った。




