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影武者ワンダフルデイズ  作者: 彩杉 A
派閥の葛藤

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夢であれば

「一体どういうことだ?」


 コールマンがシュバルに食って掛かる。


「そないなこと私も知りませんよ」


 シュバルは頬を紅潮させ突き放すように言う。「それより、副団長。そんないかつい顔で、あんな風に高圧的に出たら警戒されるだけでっせ。ただでさえ、ごっつい体で目立つんですから、ちっと大人しゅうしといてください」


 シュバルの反撃が意外だったのか、コールマンが助けを求めるような顔で俺を見る。


「私はそんなに目立つか?」


 まず目つきが違う。

 かつて幾つもの戦場をくぐり抜け、今は近衛兵団を司るその目からほとばしる迫力が怖くて、俺も最初は正視することができなかった。

 今でも、ギロッと睨まれたら、それだけで股間が縮み上がる。


「ま、まあ、やっぱり庶民とは違いますよね」


 期待していた答えが俺から返って来ず、コールマンは「そうか」と力なく地面に視線を落とした。


「では、私は少し控えているとしよう」

「頼んますわ」


 シュバルは少し不貞腐れた感じで鼻息を漏らした。


 少し空気が悪くなっていると思い、俺は別の話題を放り込んだ。


「ロイス四世陛下が御結婚って……。陛下はご存命なのでしょうか?」


 この噂を信じるなら、当然レイは生きていることになる。

 カラスの件もあるし、レイが生きている確率がますます高まってきた。

 俺は嬉しくて頬が緩んでしまう。

 しかし、結婚とは妙だ。

 ファミル皇女との婚姻が破綻したばかりで、それはないだろう。


「それだ。あの時のことを君はしっかり覚えているか?」


 あの時。

 それはガリュー宰相が反乱を起こし、執務の間に血が流れたとき。


「いえ。動転してしまっていて、正確には……」


 俺は当時の様子を思い出そうとして、力なく首を横に振った。「陛下の出血の量が多かったことは覚えています、意識もなかったかと」


「そうだな。魔法での止血を試みている途中に邪魔が入ったから、俺も出血を止められたか自信がない。仮に止血できていても、あの傷はかなりの深手。もし一命を取り留められていたとしても、元の生活に戻るには相当の療養期間を経ないといけないだろう。オッフェランとのことがなくても、とても結婚話を進めるような状態ではないはずだ」


 コールマンは淡々とレイの状況を分析する。


「可能性はありますかね?陛下が生きてらっしゃる可能性は」


 俺は見えかかっている奇跡に縋り付きたくなる。

 カラスのことは王族の血筋ではないコールマンやシュバルには説明できないが。


「かなり厳しいだろう。王宮は『大きな発表』についてロイス四世陛下の御結婚と明言したわけではないようだしな」

「でも、可能性はゼロではないってことですよね」


 この問いに対してイエスという答えを自分以外の人の口から聞きたい。

 限りなくゼロに近くても、ゼロなのかゼロではないのかは天と地ほどの開きがある。


 しかし、コールマンはあくまで冷静だった。


「いや、総合的に考えて、ゼロだ。淡い期待にすがっていると、ここぞという時に判断を鈍らせることになるぞ」

「そんな……」


 浮かび上がった俺の気持ちは、無残にも地面に叩きつけられ、地中に深くめり込んだ。


「こんなことでへこたれるな。次に行くぞ。目標は君の家だ。早く案内してくれ」

「ちょっと、副団長」


 あまりに冷酷なコールマンをシュバルが咎めるような声を出す。


「いいんです。分かりました。先に進みましょう」


 俺は先頭に立って歩き出した。

 とにかく今は偵察だ。

 レイのことは俺だけが信じていればそれで良い。


「お察ししますわ。ちょびっとでも希望が見えれば、また頑張れるっちゅうもんでしょうに」


 シュバルが並びかけてきて、小声で慰めてくれる。


「ありがとうございます。でも、コールマンさんの言うことも分かるんです。あの時、陛下の傷は相当深かった。呼吸もされていなかったと覚えています。総合的に考えると……。変な期待をすると、また辛い悲しみを味わうことになりかねないですから」

「ジャスパーはん……」

「でも、この感じだと私の実家も無事なような気がしています。そこはちょっと希望が出てきました」


 俺は無理やり笑顔を作ってシュバルに向けた。




* * * * * * * * * *




 実家の近くの路地まで来て、俺はなかなか足を踏み出せないでいた。

 両親は、リーンは、慣れ親しんだ家はどうなっているか。

 現実を直視するのが怖い。


「まずは私が見てきましょか?」


 シュバルが気を遣ってくれる。

 しかし、自分で確認しなければ、きっと何が起こっていても納得できないままだ。


 俺は意を決して、路地から顔を出した。


 一見、実家の門周りの風景は何も変わっていない。

 どこか変化を見出そうとするが、記憶の中の実家と違いが見つけられない。


「どうだ。どこか変わった様子はあるか?」


 コールマンが背後から問いかけてくる。


「いいえ。以前のままです」


 全く変化がない。

 寂れた様子も、不穏な空気も感じられない。

 まるで何事もなかったみたいだ。

 王宮でガリュー宰相がクーデターを起こしたことも。

 レイがリヴァイアスに刺され、自分が命からがら逃げだしたことも。

 ビスター卿の屋敷が焼かれたことも。

 もっと言えば、異腹の双子に選ばれ、急に王城で国王の傍に仕えることになったことも。

 喜びが湧き上がってくると思ったが、足のつかない水中をもがくような不安感が募るだけだった。「これって……」


「ん?」

「私たちは悪い夢を見ていたということはありませんか?」


 いっそ全てが夢であってほしい。

 レイは今も元気に執務の間で王政を取り仕切っているとは考えられないのか。


「そんなはずはない。夢だとしたら、私と君が王宮から出て今ここに一緒にいること自体がありえない」


 相変わらずコールマンは冷静だ。


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