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影武者ワンダフルデイズ  作者: 彩杉 A
王宮での生活

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舞台の裏側

「国王陛下におかれましては、ご健勝、何よりでございます。その明晰なる頭脳で愚臣どもをお導きくださいませ。ですが、政務に慣れた私どもを信じ、安心してお任せいただければ、この国の安寧は揺るぐことはございません。どうか、お心安らかにお過ごしください」


 御簾に一番近い位置にいた男が立ち上がって朗々と声を張る。

 ガリュー宰相だ。

 その言葉の力強さは傲慢にも聞こえるが、言葉通りの安心感もある。

 さすが、宰相として何年も前国王の最側近を務め、国の舵取りを担ってきただけのことはある。

 俺が国王だったら、この人に全てを任せたくなるだろう。


 その日の執務の時間は重臣たちの自己紹介が議題の大部分だった。

 一時間ほどで、散会となり、俺は早々に自分の部屋に戻ることができて、その後はゆったりと過ごした。


 家族や友人に会えないのは寂しいが、割り切ってしまえば、生活は快適だった。


 三度三度の食事は王宮お抱えのシェフが栄養のバランスを考えたうえで味付けにもこだわって作ったものをいただける。

 ベルモンド家にいては、なかなかありつけないような高級食材に出会うこともしばしばで、そんなときは家族や友人に申し訳ない気持ちさえしてしまう。


 掃除や給仕、身の回りのものの調達は担当の侍女がやってくれる。

 俺より少し年長の可愛い侍女たちとは少しずつ打ち解けてきた。

 彼女たちも年配の重臣たちより、年が近い俺と話をしている方が気楽なようで、まだ王宮に慣れていない俺をからかっては、コロコロと良く笑う。


 陛下が王宮内の宝物庫、軍隊の訓練場などを視察したいと言えば、斜陽貴族の次男坊では入ることができないような国家機密の場所でも同行して見ることができるらしい。

 予定が入っていなければ、平服に着替えた上で緑豊かな広い王宮内を散策することも許されていた。

 優秀な庭師たちが四季に応じた草花を巧みに配置しているので、歩いているだけで気分が晴れる。


 俺の部屋の窓のすぐ外は、樹木の陰で日当たりは良くないが、草花の植わっていないちょっとした空き地がある。

 手で触れると硬い感触が伝わってくるが、耕せば、少しは野菜を育てられるだろう。

 実家では家庭菜園をする母親の手伝いをよくしていた。

 暇だし、そのうち、やってみようかな。


「良い天気だな」


 建物の窓からマッコリーがこちらを見ていた。


「あ。すいません」


 サボっていたのを見つかったような気がして俺は慌てて謝罪する。


「何も謝ることはない。異腹の双子はいつでも、どこでも陛下に付き従わなければならない。それは寝入りばなかもしれないし、夜明け前かもしれない。徹夜の時もあるだろう。だからこそ何もないときは、しっかり休んでおきたまえ。それも異腹の双子の大事な仕事だ。誰も君のことを咎めはしない」


 マッコリーは髭を一つ撫でて、どこかへ行ってしまった。


 俺は全身から大きく息を吐きだした。


 午睡の後の散歩から帰ると、部屋の前に誰かがいた。

 手持無沙汰な感じでドアにもたれながら立っている。


 その誰かが分かって、慌てて俺はその人の足元に膝をついた。


「陛下!何か御用でしたでしょうか?」

「ごめんね、ジャスパー。待ち伏せしたみたいになって」


 ロイス四世が本当に申し訳なさそうに言う。


「いえ。滅相もありません」

「部屋に入れてもらえるかな?」

「はっ。ご遠慮なさらずに」


 俺は勝手が分からず、とにかく失礼のないよう、腰を屈め、ペコペコ頭を何度も下げて、この国の主を部屋に通した。


 ロイス四世は「へぇ」とどこか楽しそうに中を見渡し、窓のそばに寄った。


 俺は国王とどれぐらいの距離を保てば失礼にあたらないか分からず、ドアの傍で直立不動のままロイス四世の様子を目で追う。


「こんな風なんだぁ」


 ロイス四世は窓の外を眺めて、独り言のように言う。


「陛下。私に何か御用でしたでしょうか?」


 恐る恐る再度訊ねる。

 これから何が起こるのかと緊張感で全身から汗が吹き出す。


「ごめん。特に用はないんだ。ちょっと話し相手が欲しくて」


 ロイス四世は王宮内の最下層の臣である俺なんかに何度も謝る。「余の話し相手なんて面倒かな?」


「いえ。そんなことは……」


 話し相手?

 国王がそのようなものを求めるのか。


「王宮内って同世代が少ないんだよね。正直言うと……重臣たちと喋ってても窮屈で。雑談ができないって言うか、雑談にならないって言うか……。こんなこと言っちゃいけないんだろうけど」


 ロイス四世は、いたずらを咎められたような、しょんぼりした顔で自分の足元に目を落とす。


「それは、……当然のことだと思います」

「え?」

「あ、いえ。私が同じ立場なら、面白くないだろうなって。あ。いや、私が陛下のことを想像するなど不謹慎ですね。申し訳ありません」

「そんなことないよ。少しでも分かってもらえたら、嬉しい」


 ロイス四世は恥ずかしそうに笑った。「この部屋からは庭園がこんな風に見えるんだね」


「こんな風、とは?」


 ロイス四世が手招きをするので、恐る恐る近づく。

 言われるままに窓の外を見るが、何の変哲もない、いつもの庭園だ。「何か、面白いですか?」


「うん。舞台の裏側を見たような感じ」


 ロイス四世は興味深そうに庭園を眺める。


「私にはいつも通りですけどね」


 確かに、庭園はロイス四世の寝所から見るのが一番美しくなるように設計されているはずで、俺の部屋からは、色彩豊かな花弁や、木々の鮮やかな緑の葉よりも、茎や幹や土が目立つのかもしれない。


「そりゃそうだろうね」


 ロイス四世は「ハハハ」ととても楽しそうに笑って、「座っていい?」とソファを見る。


「どうぞ、どうぞ。ご自由におくつろぎください」


 ロイス四世は自分の王宮の一室なのに、身分の低い俺にさえ気を遣っている。

 誰も見ていないのだから、リラックスしていただければと思う。


「ねぇ、ジャスパー」

「はい」

「これからもたまに、遊びに来ていいかな。侍従や重臣たちとの会話は、申し訳ないけど息が詰まってしまって。君と話している時が一番くつろいだ気分になれるんだ」


 この言葉は何よりも嬉しかった。

 異腹の双子も悪くはない。

 むしろ、国王陛下にこんな風に友人のように接してもらえるという、素晴らしい日々がこれから続くのだ。


 俺はロイス四世に楽しんでいただける話題は何かと懸命に考えた。

 しかし、育ってきた環境があまりに違うから、共通の話題がなかなか見当たらない。


「陛下は、侍女の中で、誰が一番可愛いと思いますか?」

「え?ちょ、ちょっと、何?何、言い出すの、ジャスパー」


 ロイス四世が急に顔を真っ赤にして、うろたえる。

 女性の好みについて訊ねられた経験がないのだろうか。

 だけど、俺たちの年代で女性のことが気にならないはずがない。

 これが一気に陛下との距離を近づけられる話題のはず。


「こちらの侍女は本当に美人ぞろいですけれど、私は特にベリーニさんが可愛いと思います。でも、私は王宮内の侍女をベリーニさんとモンシュさんしか知らないんですけどね」

()は可愛いとか、可愛くないとか、そういう目で侍女を見てはいないよ」


 ロイス四世は顔を赤くしたまま立ち上がり、「失礼する」とあっという間に部屋から出て行ってしまった。


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