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9.セイジョサマのふるくりてぃかるひっと!


 朝靄の残る中、小さく何度も、空気を切る音が続いている。

 わたしは、裏手空き地のいい感じの木の切り株に腰を下ろして、その音の元をうっとりと眺めていた。

 だってだって、リトの早朝鍛錬の風景なんだよ!? そりゃあもう、うっとりもしちゃうよね!!!!


 今も、腰ベルトから抜いたナイフ型の双剣で型に合わせて素振りをしているリトの横顔を眺める。リトは双剣使いだ。遠距離も中距離も近距離も対応できる万能型だよ! 走っているところは見逃しちゃったみたいけど、体の動きに合わせてなびく紺碧色の髪をつい目で追ってしまう。朝靄の中で柔らかい光をはじいて、本当に綺麗。

 朝早くに裏庭にきたわたしの姿を見たときは、びっくりしたリトの顔が見られた。ちょっと図々しいかと思ったけど、リトも引いてないみたいだし、きっとセーフのはず。


「カンサリートさん、鍛錬はお終いですか? お疲れ様です!」

 鍛錬がひと段落ついたのか、大きく息をついて武器を収めたリトに声を掛ける。ふふふ。これは栄養ドリンクとタオルを差し出したいシチュエーションだよね。手元に無いから実行できないけど! それに、もう少し仲良くなれたら、体力づくりとか武器の扱い方とかを教えてってお願いできるかもしれないしね。今後はどうするかはまだ決められてないけど、外に出るなら必要なことだし、お願いしやすいはず! それを考えるだけでにへにへしてくる。

「うん、終わった。こんなの見ててつまらなかったんじゃないか?」

「ぜんぜん! すごい楽しいですよ!」

「た、たのしい?」


 あ。やばい。ちょっと引かれたかもしれない。


「あ、はは。そ、そう! 鍛錬って他には何をしてるんですか?」

「そうだな。僕の獲物は殺傷力は低いから、射程範囲と命中力、あとは突発的な動きや素早くできるだけ長く動けることは大事にしてる」

 そう話しながら、裏庭の草むらに腰を下ろしすと、鍛錬のメニューとして、森を駆け抜けたり、的を模して投擲の練習をするんだと説明を加えてくれる。

 ふむふむ。考えていたよりすごく鍛錬メニューの項目が多いぞ。これは全部を見学するのは無理そう、かも。動き回るリトを追いかけるのはどこまでできるか分からないしな~。

「ライほど膂力があるわけじゃないから、できるところを伸ばさないとな」

「ら、ライ、さん?」

 危ない。ライのこと知らない状態なのに、ナチュラルに相槌打とうとしてた。し、知らない人ですよ! と、とぼけて見せると、リトが簡単に説明を付けてくれる。

「ん? この間、僕の見舞いに家に寄ってくれたんだけど、見かけなかったか? 同じ村に住んでるジェライアスっていう金髪の大柄な男なんだ。僕の三歳くらい年上」

「そうなんですね。ジェライアスさん、覚えました!」

 おっと。この間走り抜けて行ったライはリトのお見舞いの帰りだったのかな?  用事の後に走りこみするなんてなんという脳筋。


 ……。


 …………?


 ……え、あれ? ちょっとまって。

 お見舞いに来たのはライだけ? 聖女様は??


 ジェライアスとリトと三人で森に入って、リトが二人の逃げる機会を作ってくれたはずなのに、それから後は何もないの? <<ドムキュア>>の聖女様、リリアンナって、リトやライに度を過ぎて甘えることはあっても、気遣いができる子だったし、ライと一緒にお見舞いに来るような子だと思ってたんだけど。……うーん?


「……そういえば」

「はい?」

 考え込んでいたところに、つぶやくような声が掛かって、顔を上げる。と、なんだか見つめられている。

「レクシシュは言葉が砕けたり、僕のことリトって呼ぶことがあるよな」

「…………う、うーん?」

 ああ。見つめないで、なんでじっとり見つめてくるの。ほら、わたしはリト推しの無害な精霊族ですよ。いや、ゴメンナサイ。慣れ慣れしかったですか。萌えが滾るとどうしても萌え飛ばした素になっちゃうんです。リトの前では気をつけますから、聞かないでほしいな~なんて。……いや、ゴメンナサイ。


「……ご、ごめんなさい。慣れ慣れしかったですよね、気をつけます」

「いや、なんでさ。砕けた言葉で喋ってくれないかってことだよ。僕に気を遣ってるなら、さ」

 怒られるかもと、体と目をぎゅっとさせて身構えて謝った。のに、慌てたようなリトの声が降ってきた。

「え??? い、いい、の?」

「うん、いいよ。リトっていうのも、新鮮だし嬉しかったし」

 そろりと目を開けてリトの方をうかがい見ると、バツが悪そうななんともいえない顔をしたリトがいた。そんな困らせるような反応をしちゃったらしい。でも、お許しいただけたのかもう一回確認しよう。確認って大事!

「り、リトって呼んでいいの?」

「まぁ、一方的に愛称で呼ばれるのは引っかかるけど?」

 え。嬉しかったの? わたしのことも愛称で呼びたいって? え。なにそれ。かわっっっ。

「ぜひシシュ(死守)って呼んで!!」

「いや、愛称なのに別の意味に聞こえるのはなんでなんだ」


 リトからツッコミをいただきました!!!!









 リトの鍛錬の時間が終わってから、にへにへしていた。朝食作りの手伝い中も、ごはん後の片付け中でも、ずっとにへにへしていた。今は自分の荷物の整理として、<<がま口バッグ>>を覗き込んでるんだけど、ずっとにへにへしている。

「ふふふ~~~」

 だってリトがわたしをレシーって愛称で呼んでくれるんだぞ!? しかも、試し呼びか連呼してくれたんだぞ!? これは顔がとろけちゃってもしかたない!!! しかも、わたしの反応に慣れてきたのか、にへにへしててもリトに不振がられない!! 受け入れられている!! 嬉しい!! うん。リトの中でレクシシュが変キャラ扱いされてるなんてスルーしますとも!



 気をとりなおして、<<がま口バッグ>>を覗き込む。隠れ家Barのお兄さんの話だと、物も生き物も突っ込める亜空間仕様らしいけど、中は真っ暗だ。手を突っ込んでみると、なんとなく何をどう仕舞えばいいのか、取り出せばいいのかもわかる。 すごい不思議だ。そして頭を突っ込んでみると、真っ暗の中にぼんやりと扉が見える気がする。しかも、見覚えのある重厚感あふれる扉。  え、もしかして。



「まぁまぁ! リリちゃん、いらっしゃい!」



 肩口まで突っ込んだところで、グランマのきゃっきゃと喜びにあふれる声が聞こえて、思わず頭を上げて扉側を見つめた。

 グランマがリリちゃんと呼ぶ相手はリリアンナ、聖女様だ。その聖女様とグランマのやりとりの声が聞こえる。

 何の話をしてるのかな? 悪いかなと思いながらも気になって、声が聞こえる扉に寄って耳を付ける。

 聖女様がリトの家に来たってことは、ライからお見舞いの話でも聞いて、見習ってお見舞いに来たのかな? 数日単位で遅刻してるけども。


「リートに用事があったのね、わかったわ。裏庭にいると思うから、連れてくるわね」

「いいえ! あたしが行きます。リート、裏庭にいるんですね?」

「あら、そう? リリちゃんたら優しいのね」

「やだ~、おばあちゃんたら。そんなことないですって」


 軽い足音が聞こえて、勝手口の戸の開閉音が聞こえた。この先は裏庭まで行かなきゃ分からない。

 なんだろう、もやもやする。お見舞いかなと思っていたけど、心配してるとか、気を遣っている声ではなかった。やけに明るい声で。もやもや、する。

 きゅっと唇を噛んで、気づかれないように音を立てないように勝手口を目指した。悪いことなんだけど、ごめん。開き直ってやる。リトと初めて会ったときだって告白現場を覗き見したんだし、今更だ。見つかって怒られる未来が簡単に想像できるけど、へ、へいきだ。それよりも大事にしたいものがあるんだ。


 ついこの間、リトがわたしを探して顔を出してくれた勝手口。そこから滑る様に出て、声のする方へと壁伝いに様子を伺った。

 聖女様の声は、さっきと同じように明るく弾んでいて、わたしの胸の辺りのもやもやが広がっていく。


「今日、近くの森にいた魔物をライと一緒に倒せたの!」

「でもね、魔物を倒せるのは、あたしから溢れた不思議な力だけだったの」

「もし、あんな魔物が増えているなら放って置けないよ。だからね。ライと一緒に、魔物を討伐する旅に出ようってことになったの」

「これから何があるか分からないし、あたしはライに守ってもらわないといけないから、リートは一緒に連れて行けない。ごめんなさい」

「でも、あたし寂しくて……。リートを同じ旅のメンバーとして連れては行けないけど、お願い。良かったらあたし達を助けるために一緒に付いてきてくれないかな?」


「ああ。リリは寂しがりだしな。僕の力が役に立てるなら、嬉しいよ」



「ありがとう! じゃあ、よろしくね?」




 リトのふっと息を吐き出すような同意の言葉が聞こえたところで、変わらず声を弾ませた返事をして、聖女様の軽やかな足音は去っていった。


 なんだろう。これって、会話っていうのかな。最後に聞こえたリトの言葉が、出ることが前提な言い方。捲くし立てていたわけじゃないのに、リトの反応も相槌も気にしてないみたいだった。

なんだろう、ほんと。いろいろな感情が混ざりすぎて、無になることがあるって、初めて知った。

 『あたし達を助けるために一緒に付いてきてくれないかな?』って、なに??? 聖女様パーティには入れてあげないけど、補助パーティとして手伝ってって意味にしか聞こえないんだけど、合ってるかな? れくししゅ、こどもだからわかんない~。


 いや、うん。えっ? セイジョサマ、ナチュラルにひどい。

 不快感の大本が台風の目みたいに居座って、混乱をぶちやぶり、怒りを飛び越え、悔しさを凍りつかせて、悲しみにさようならをさせる、その威力。れくししゅの感情へのダメージをふるくりてぃかるひっとしていったよ。なにそれ、怖い。


 <<ドムキュア>>をプレイし尽くしたけど、こんなルートなんて知らない。告白を断った時点で、カンサリートのルートから外れたはずで、リトピンチのイベントは守りきって無傷でクリアしたんだから、今後のストーリーに関わらないリトは、ジリマ村で平和に過ごせるはずだった。



 ……補助パーティってなんだよ。

 これからのセイジョサマの旅は<<ドムキュア>>のストーリー通りに色んな依頼をこなしたり、困っている人を助けることになるけど、ストーリーの通りにセイジョサマが最終的に解決するために、補助をするってことだよね? セイジョサマパーティが解決するんだから、補助する別パーティの功績は表にでないし、認知されなければ報酬も出ないし、完全にただ働きってことじゃないの!? それに、これから旅立つなら、どれくらいの時間が掛かるのかも分からないし、命を懸けるような危険な事件だってあるのに、お願いのひとつで済ませるの? えっ。セイジョサマ、ひどすぎでは? それはお願いで済ませられる範囲を超えすぎてるよ。セイジョサマって聖なる乙女じゃないのか、聖なるって清く正しく慈愛に満ちたって意味だと思ってたけど、もしかして違うの? セイジョサマ?



 セイジョサマには、リトを傷つけて欲しくなくて、どこにも行けない思いがでてくるけど、リトもリトだ。

 セイジョサマへの言いなり感がやばい。わたしがどれだけ怒っても、納得いかなくても、リト本人が受け入れている時点で、わたしの気持ちはどこにも行き場がなくなってしまう。推しを大切にしたい、大切にしてほしい! って気持ちが、どこにもいけなくなる。リト自身にだって自分を大切にしてほしいのに、セイジョサマからだけは、むちゃくちゃな話も全部受け入れてしまうのが…………あああああ、もう! 知ってるけど! それが惚れた弱み? なカンサリートの想いの形なのかもしれないけど!





 くそぅ!! 誰もリトを大切にしないなら、わたしが! めいっぱい! 大切にしてやる!!!




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