6.わたしの〇〇〇が火を噴くぜ!
これは、強い魔物が増えたこと、聖女の力の目覚めを実感するためのイベントだ。
今まで……このイベントが起こる前でも、夜盗や狼などの野生の獣は出ていた。だから、剣や弓矢などの物理的な力や道具を使って追い払ったり倒したりして各々の身を護ってきた。
でも今回は、以前までのような野生動物ではなく、凶暴な魔物が現れて、村人が大怪我を負ってしまう。
その話を聞いたリリアンナは、ジェライアスとカンサリートと共に魔物を倒しに行く―――。
や、正確には、倒しに行くと言い出したのはメインヒーローのジェライアスで、リリアンナは誘われて、リトを道連れにしたのだけども。
ぜはぜはと肩で息をしながら、昨日と同じように木の陰に隠れる。
昨日と違うのは、伺い見る先にあるのが人の告白シーンに続いて失恋シーンではなく、緊迫感に包まれた戦闘シーンということだ。
見える人影は3つ。そしてその更に奥に禍々しい気配を放つ魔物が一匹。
背の高い二つの人影はそれぞれの獲物を構え、小柄な一つの人影を背に護るように立って魔物に応戦している。
けれど、対峙相手はゴースト系の魔物で、今までのような物理的な攻撃は弾かれてしまって効果が薄い。そして、メイン攻撃も雷撃系の魔法を使ってくる。
「きゃあっ!」
「リリ!!」
物理的な攻守の手段しか持たない二人は、魔法攻撃を捌くことができずに、小さな人影に届かないように立ちはだかるだけだ。
また走る電撃に、髪や服、肉が焦げ付いた臭いがかすかに漂って、思わず胸の前で両手を握り締める。
そう。これは、聖女の力の目覚めを実感するためのイベント。
聖女の力とは、この場では魔力を使った攻撃を指す。
魔物は執拗にリリアンナのことを攻撃する。その理由は簡単、メンバーの中で魔法を使えるのがリリアンナだけだからだ。
3人の中で一番の脅威であるリリアンナを先に倒そうとして、彼女が狙われている。
でも、この新しいタイプの魔物に対して何の情報も持っていない3人は、どんな対策をとっていいか分からず、防戦一方でひたすらリリアンナを守る動きしかとれない。
「……くそっ! 俺の攻撃がまったく通じない!」
「ライ、これ以上はムリだよっ。逃げよう?」
「ちぃっ!! だが、このまま撤退するのはムリがあるだろ!!」
「どうしよう……どうしたら……っ」
イベントの流れとしては、今の状態では魔物に敵わないって3人は撤退するんだ。
「隙を突かないとダメだ! 僕が攻撃するから、……その隙に逃げろ」
「はぁ!? 何言って」
「ありがとう、リート! お願いね!」
―――その撤退のときに、リトの分岐に入っていなければ、狙われたリリアンナを庇って、さらに撤退の最後まで残ったせいで大怪我をしてパーティに入らないことになる―――。
させるかああああああッッッ!!!!!!
叫んだ。腹の底から叫んだ。慟哭だ。
気持ちが激しすぎて声にすら出せてなかったかもしれない。それくらいの激情だ。バッチバチだ。
リリアンナの中でのリトに対する"大切な幼馴染"って扱い方は、ホントに納得いかない!!
なんだよ、お願いって!! そのお願いでリトが無理して、その上で大怪我しちゃうんだぞ!? お願いの重みが軽すぎる!!!!
リトもリトだよ!! なんで撤退の殿なんて言い出すんだよ!!!
ああぁ、もう。わかってますよ。リリの役に立ちたいからですよね、わかってますぅ!!!!! わかっててもどこにもいけない気持ちってあるよねぇ~~~!!!!!
何度やり直したって、どんな選択肢を選んだって、リリアンナがリトの個人ルートを選ばない限り、まったくの同じ展開になる。
リリアンナがメインとして話が進む限り、リトは彼女を庇うし守ろうとする。それで自分自身が傷つくって知りながら。
でも。
「リトがこれ以上苦しむのは、わたしが赦さない!!」
ゲームの中でさえ、分岐する個人ルート以外は物語の数だけ辛い思いを繰り返してきたリトを……今、目の前で生きて動いているリトを、苦しめるやつぁわたしが赦さんぞ!!
『そんな君には、お兄さんからプレゼントをあげよう』
つい昨日、出会って怒涛のごとく話をされて、急にわたしを森にほっぽったお兄さんの声が蘇った。
「!」
『この<<ハタキ>>は杖にも魔術の媒体にもなる』
魔術の媒体! そうだ、この<<ハタキ>>は魔法が使える!
レクシシュであるわたしは、魔法が使える。日本人の意識の他のわたしが知ってるんだ。
バッグの肩掛けの紐に挿していた<<ハタキ>>を両手で持つ。
そのまま、激情と一緒に体内を流れていた光の力を<<ハタキ>>に流すと、魔術の媒体は呼応するように光り輝きだす。バッチバチだ。
「オレの<<ハタキ>>が火を噴くぜ!!!!」
……ノリでどっかの少年漫画の主人公のように決めゼリフを言ってみたかったんだ。
一人称が違うだとか、出てきたのは火じゃなくて霧だとか、ツッコミはなしでお願いします。
「わっ!? なに???」
「霧だ! 助かった。リート、今のうちに逃げるぞ!」
<<ハタキ>>から目くらまし用の霧の噴出が落ち着いたら、身を起こして駆け出す。
向かうのはもちろん、リトのところだ!!
このイベントは、魔物の強さと物理攻撃の効果がないこと、その対策を立てるために撤退することが主目的だ。
実際、ゲームでどのルートでも共通しているイベントで、共通している項目。ゲーム中のリトの個人ルートに入っていた場合でも、リトの大怪我以外は共通している。
だから、リトの個人ルートに入っていなくたって、リトが大怪我をする必要もない!!!!
魔物が霧に囚われているうちに、リトが撤退できるように手助けするんだ!
大小の二つの人影の横を走り抜けて、最前列で魔物と対峙している人影を捕らえる。
リトも霧に戸惑いつつも、低姿勢からの切りかかる体勢から撤退しようと体勢を変え始めていた。
間に合う! と思ったとき、ゴーストの雷撃の魔力が大きく膨れ上がった。
「リトッッ!!!!」
「!?」
何も考えずに跳んで、抱きついて、覆いかぶさる。
その一拍後に激しい雷撃音と凄まじい摩擦音が響いた。
雷撃が近かったのか、ほぼ同時に体を飛ばされそうな威力の余波が暴風のように叩きつけられる。それに負けまいと、両腕と両足をきつく巻きつけて力を入れた。
絶対に離してなんてやるもんか!
「リートぉ!」
「リート! 無事か!?」
「……だ、大丈夫だ。先に行け! リリを頼む!」
「本当だな!? 待ってるからな!」
遠くから聞こえる声に、リトが声を張り上げて応える。
耳元で大きい声がしてキーンとなったけど、魅惑ボイスに包まれるご褒美です!! ありがとうございます!!
なんて、衝撃が落ち着いたからか、心の声をこぼす余裕がでてきた。ほっと一息ついて、両腕と両足の力を緩めて顔をあげると、呆然としたリトの顔が飛び込んできた。
ご褒美です!!! ありがとうございます!!!!
……じゃない。いや、ご褒美ですけども。
リトが呆然としてても当たり前だよね。あの距離で雷撃を受けて無事だったんだから。
そして、何故こうなったのか、わたしも理解が追いついていない。とりあえず、助かったんだ。よかった!
「あ」
『<<ペンダント>>も魔法特化の攻撃を無効にするアイテムだ。優れものだよ』
気が抜けたところを、お兄さんの声がまた蘇る。
それで理由に思い至って、自分の首にぶら下がっている<<ペンダント>>を見下ろした。
<<ペンダント>>は淡い紫に輝いていて、優れもの感がすごい。わたしの予想は当たったようだ。
理由が分かったら、それを使わない手はない。一つ頷くと<<ペンダント>>のわっかをリトの首にもかける。
「は? お、おいっ」
魔法型の攻撃を無効にするアイテムなら、身につけなければ意味がない。
さっきの雷撃は、低姿勢だったリトの体にわたしが覆いかぶさったから、その範囲が助かったということ。わたしの体の面積は小さいんだから、はみ出してしまってはアイテムの効果がなくなってしまう。
使えるものは全部使うのだ!
「おいってば! 聞こえてるか?」
「? 聞こえてますよ?」
呼びかけられた声に返事をすると、大きなため息が返ってくる。ちょっと、勝手にしたことだけど、命の恩人に対してその態度はなんだ!
「なら、早めに撤退するぞ。さっきの雷撃がまた来るかもしれない」
「あ! 外しちゃダメ!」
じとりと見ていたわたしを膝から下ろすのに合わせて、<<ペンダント>>のわっかに手をかけるのをみて、すぐにその手首を押さえた。
これは身につけないといけないアイテムなんだから、外すなんて言語道断だ!
「いや、不便だろう。なんで二人で一つのペンダントに首を突っ込んでるんだよ」
「必要だから!」
つんと胸を反らしてあごを上げる。と、反らした鼻を指で弾かれて仰け反った。痛い! デコピンを鼻におみまいするんじゃない!
「だから、不便だろう」
「だから、必要なの! 魔法攻撃を無効にするの。一つしかないし、アイテムなんだから身につけないとダメ!」
「…………マジか」
先ほどよりも大きなため息をついているリト。上手く説明できてなかったけど、今の言葉でやっと必要性が伝わったらしい。
相合ペンダントは不可抗力だし、我慢してほしい。
「!」
少し一息つけたところで、リトが腰に腕を回して大きく後ろへ飛びのいた。その後にまた雷撃音と摩擦音が響く。
思わず、リトの首に巻きついたままだった両腕に力を込める。
まだわたしの背後ではゴースト系の魔物が蠢いてるんだろう。一時的な霧がまだ漂っているうちに、撤退した方がいい。
「リト、このまま帰ろう。霧が残っているうちに!」
「ああ!」
わたしの言葉に短く返事をして、そのままの体勢を保ちながら、バックステップで距離をとった。
やっと村の入り口までたどり着くことができた。
リトの腕が解かれると、力が抜けたわたしの体はずるずるずると溶けるようにその場に座り込んだ。下に抜けてったので、<<ペンダント>>はリトの首でお留守番だ。
ほっとした。全速力で走ったこととか、イベントの展開に間に合ったこととか、初めての魔法をつかったこととか、リトを守りきれたこととか、いろいろ、乗り切ってからどっと来た感じ。いろいろだ。
「怪我はないか? 外傷だけじゃなくて、気分が悪いとか」
「へ、へいき! わたしよりリトは!? 雷撃での怪我、火傷があるなら冷やさなきゃ」
「大丈夫だよ。……まぁ、レクシシュが出てきたあのときはやばかったけど」
「うん! 無事で、間に合ってよかったよ」
リトの状態を確認できて、大きく息がつけた。リトが大怪我してない……リトが無事なんだ……っ。
本当によかった。乗り切れたじゃなくて、やり切れたんだって。
「今回は4人とも助かったけど、僕としてはよくないよ」
「え?」
「なんで僕なんかを庇ったんだ。ヘタをすればレクシシュが雷撃の直撃を受けてたかもしれないんだぞ」
「なんでってリトが危なかったからだよ。リトはわたしが守るんだからね!」
気合十分に胸をはって答えると、リトはその場に座り込んでうなだれた。
なんでだ。
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