2.まずはわたしの気持ちを語らせて欲しい
<<ドムキュア>>について語りだせば、延々と語っていられる自信がある。
ただ、わたしはいい大人というか嫌な大人というべきか、相手と対立するのが嫌だったから、実際には<<ドムキュア>>について本腰を入れて他人に語ったことは実はない。
だって、間違いなく盛り下がるだろう語りをするなんて、失礼というか、敬遠するでしょ?
<<ドムキュア>>を語ることがあったって、有名なシーンを上げたり、相手の好きなキャラのカップリングの話をしたりする。相手も楽しいし、わたしだって楽しい。おーるはっぴー!
「でも、一番好きというか入れ込んでいるというか、その話ができないから、ずっと胸に溜め込んでるというか、溜め込んでるからこそ救いはないかと、絶望のほかシナリオを延々とプレイし続けたというか……」
「そうねぇ。ゲームのプレイ時間でいえば、アナタはダントツだったわねぇ」
うおーん! と小さなカウンター席にうつぶせて嘆く。と、お色気ボイスが向かいから聞こえてきて、がばりと起き上がった。
「分かってくれます!?」
お色気ボイスの美女は年齢を感じさせない妖艶さだ。うむ。ママと呼ばせてもらいたい。
「うんうん、わかるわぁ。他の人に話さないかわりに、製作会社に思いの丈ぶつけてたしねぇ。ほら、これでも食べなさいな」
「あいがとうございましゅぅ」
カウンター越しにそっと差し出されたピーナッツの山を片手の平に乗せて一気にむさぼり食らう。
むしゃもぐぅっ! うまい。優しさがしみるっ。
「そもそもですよ!? どう考えてもカンサリートへの扱いがひどすぎるんですよ!! ストーリーは分岐するって言ったって、その分岐する前の共通ルートで告白させるとか何!? しかも、告白させといて、彼の分岐ルートに入って無かったら自動的に断るってなにそれ! しかも、断り方も選べないし、リリアンナの振り方が断るどころか腫れ物に触れないようにするというか臭いものに蓋をするというか、もう少し労われよ! 好きだって言ってくれた相手にひどすぎる!! 他のキャラにはそんな展開これっぽっちもないじゃない!!」
「ええ、ほんと、そうよねぇ……」
「初期どころか、最初っから好意的というか甘えさせてくれる相手でさ、いろんな頼みごとしてるくせにさ、リトの気持ちをガン無視するとかありえない! 無邪気で優しくて純粋な少女のはずでしょ!? 他のキャラにはさすが聖女ってくらい安請け合いするくせに、なんでリトにだけあんななんだ!? その後の展開だってっっ!!」
ばりむしゃあ! まだまだあるから両手の平に乗せてみた。うまいが飲み物がほしいな。
「はぁい、これ」
さすがママ!! よく冷えたお冷をありがとう! あ、ピーナッツのお代わりもそっと渡される。ありがたや。
「ゲーム内で希望がなさそうだから、同志を見つけようとしたのに、みんなリトに対して辛らつで心が折れたんだよ……。そりゃあ、他のキャラを狙ってるなら、勝手に好意を寄せてくるキャラは余計に思うかもしれないけど、『うざい』とか『邪魔』とか『役に立たない』とか言われたし~! うぅ~~~!!!」
「まぁ、キャラの人気投票でも下のほうには居たしねぇ」
ああ、ママの声も困ったようにトーンダウンしてるね。お酒を飲んでもないのに絡んで申し訳ないね。
でも、カンサリートの感想を言える隙は逃さない!!
「ううう……かんさりーと~……りと~……ひどいよぉ。二次創作でも扱いがひどすぎて封印したんだよ。もう自家発電するしかなかったんだよ。自家発電も発表なんかしたらたこ殴りにされそうで、ずぅっと脳内で変換して楽しんでたんだよ」
「よーしよしよし」
「……へ?」
今まで妖艶な美魔女ママさんと二人っきりだとばっかり思ってたんだけど、横から手がにゅっとでてきて遠慮なく撫でられた。
しかも、わたしの頭を片手でつかめるくらい大きな手のひらだ。明らかに男性の手だ。
え、一般男性の前で力いっぱいゲームキャラに対しての扱いについて嘆いてたのか。しかもピーナッツばりむしゃしながら。なんてイタいやつだ。
というか、ここはどこだ?
やっと少し冷静になって見回すと、頭の片隅で想像していたとおり、こじんまりとしたBarみたいだ。
出入り口は真後ろにひとつだけあり、大きく重厚な扉だ。わたし一人で空けられるだろうか首をかしげるくらい重厚なつくりに見える。
壁際には小さめの窓が並んでいて、鎧戸で締め切られている。それも内側から。はて? 鎧戸の意味とは?
広さは四畳くらい。テーブル席はなく間を区切るようなカウンター席だけで6席置いてあるぐらいで、わたしは丁度真ん中に座っていた。
その正面にはお冷をお酌してくれた美魔女ママがいて、その後ろの棚にはところ狭しと色とりどりの液体の入った瓶が並んでいる。後ろの壁一面が棚になっている。たぶんお酒とかリキュールとかそのあたりかな。あれ? わたしがさっき飲んだのってお冷だよね? アルコールの匂いはしなかったし、そう思いたい。
そしていつの間にか隣にはお兄さんが一人。
なんというか……くたびれたというかだらけたというか、ふにゃふにゃした感じのお兄さんだ。こちらを面白そうに見やりながら、手元のショットグラスをあおっている。おい、飲んでるのかよ。さては酔っててふにゃふにゃしてるな?
「カンサリートのことすっごい熱く語ってたけど、そのリートってすごい魅力的な人物?」
「え? あ~、うーん。うーん……?」
にやにや笑いのままリトについて投げかけられたけど、初対面の相手でしかも男性に乙女ゲーのキャラについて語るのはちょっとハードルが高い。ああ、今、嫌な大人感がでまくりだ。
だけど、もにょもにょ言ってる間もこっちをただ見られているだけだ。わたしの返事を待つつもりらしい。
しまった、中途半端に返さずに断るとか沈黙するとかしたらよかった。逃げられない。
…………リトの魅力か。
カウンターの丸イスがぎしぎし鳴る。 ん? わたしの足が揺れたのが先だったか、申し訳ない。
「うーん……。わたしにとっては、魅力的な人物ですよ。すごく。すっごく!」
大事なことなので繰り返すよ。強調しますよ! お、今、大人感でてないんじゃないか? いい感じ。
「キャラの人気投票でも下位なのに?」
「いやいや。人気投票は好きなキャラを投票するだけですから! 投票しないから魅力がないわけじゃないですって!」
人気投票の下位にいるから魅力がないって言い切らないでほしい!
リトはいいんだぞ!? 主人公のリリアンナに無条件で協力してくれるし、危ない場面を助けてくれるし、行動基準が既にリリアンナなんだぞ!? しかも、リリアンナは割りと無茶なお願いしたりするのに、苦笑しながらも仕方ないなって受け入れてくれるんだぞ!? 天使なんだぞ!? リリアンナ限定だけども!!
「そうねぇ。人気投票の目的としては人気なキャラが誰かの投票ですものねぇ」
「ですよね!?」
「でも、主人公のリリアンナになるプレイヤーに好かれないキャラって魅力的?」
「はぁ゛ん!? 失礼な! 一プレイヤーであるわたしは大好きですよ! ぶっちぎりですよ!!」
さっきからお兄さんリトに対してえらい突っかかってくるんだけど、なんですかね!? リトのことを何を分かってらっしゃるんですかねぇ!?
力強く言い返してぐいっとお冷を煽ったところで、ママのため息が聞こえた。
「その貴重なプレイヤーがここにいるんですもんねぇ……」
ん? なにそれ? 言っている意味が分からずに首をかしげるけど、苦笑して首を横に振ってそっとわたしの頬を撫でてくる。わけがわからない。
そしてお隣のお兄さんも頭をなでてくるんだけど、さっきから何なんですか。初対面の大人の女性をなでて楽しいんですか。抵抗せずにちょっと心地よく思ってるわたしもわたしだけども。
「ならさ、リート大好きなプレイヤーとして、リートが辛い場所に立つことになるとしたら、君は助けてくれるかな?」
「そんなの当たり前でしょ!? リトがこれ以上苦しむのはわたしが赦さない!!」
穏やかに続けられたお兄さんの言葉に、真っ先に答えを口にした。ゲームの中でさえ、分岐する個人ルート以外は物語の数だけ辛い思いを繰り返してきたリトを苦しめるやつぁわたしが赦さんぞ!!
両手のこぶしを握り締めて天に振り上げるわたしを優しげに見つめてくる二対の瞳。なんでそんな微笑まし気なんですか。さっきから彼らの反応がおかしい。
「ははは! なんとも頼もしいな。これなら安心して見ていられそうだ。
そんな君には、お兄さんからプレゼントをあげよう」
じゃじゃーん! と目の前に出されたのは<<ハタキ>>に<<水晶のペンダント>>に<<肩掛けタイプのがま口バッグ>>。
んん? お兄さん、コレなんですか? 何で本人が手を出す前にペンダントを手にとって首にかけてるんですか? あ、がま口バッグもかけてくれるんですか、そうですか。ああ、ご丁寧にも肩掛けの紐にハタキが差し込めるんですか、便利ですね。うん、装備完了ですね。足が浮いてた丸イスからもおろしてくれるんですね、ありがとうございます。
……あれ、介護されるにはまだ早い年齢のはずなんだけど??
さっきから、わけの分からない展開が続いてる。リトについて熱く語ってたはずだったんだけど、そこからハタキとかバッグとか身につける必要がどこにあるんだろうか。それに、立ったはずなのに視界の高さに慣れないんだけど、酔ったのだろうか。
「君にはこの世界のカンサリートを助けて欲しいんだ。たぶん、君の目的とも一致すると思うから、協力してくれるよね。彼と出会える場所に飛ばしたり、仲良くできるような外見になるように弄らせてもらったから役立ててね。
<<がま口バッグ>>は亜空間仕様にしてあるから、どんなものでも好きなだけ入れられるよ。自分自身も他人も入れられるから、大いに使ってくれていいよ。それにこの<<ハタキ>>は杖にも魔術の媒体にもなるし、<<ペンダント>>も魔法特化の攻撃を無効にするアイテムだ。優れものだよ」
お兄さんがさっきから話し続けてるんだけど、ひたすら頭の中に疑問符が飛んでいて、上手く理解ができていない。首傾げてるのわかるでしょ。ちょっと頭が追いつくまで待ってくれませんかね? 急に説明口調になってるし、不遜というか横暴というか、口を挟むタイミングもないなんてどういうことだ。美魔女のママさんも困った顔して口が挟めなさそうだ。助けが得られない。
いい加減、反論をしようとしたところで、重苦しい音が背後から響き渡った。何かが引き摺られてるが、背後にあるのは確か扉一枚だったはずなんだけど。
「じゃあ、とりあえず頑張ってみてくれ。困ったらまたここに来てくれていいから。
レクシシュ、君の道に幸多からんことを」
え。レクシシュって誰。
面白いと思っていただけたら、いいねや☆評価いただけると嬉しいです。