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7.不機嫌な子猫ちゃん

 レグルス国では、国軍と反乱軍は表向きは和解したことになっている。国民に対しては、女王はそう説明している。というわけで、反乱軍の長であるソティスは、レグルス国とアンタレス国の交流会にしれっと参加していた。


 ソティスの両腕には、それは何かの修行かと問いたくなるほどの大量の、金の腕輪がはめられていた。指には大粒の宝石をあしらった指輪が好き放題に鎮座している。ジャラジャラと愉快な金属音をたてながら、ソティスは自信あふれる笑顔でジェイミーに話しかけてきた。


「やぁ、君たちはアンタレス国の軍人さんだね。私はソティス。自己紹介は、必要だろうか?」


 ソティスは探りを入れるように、ジェイミー、ニック、ウィルを順番に見やる。


「もちろん必要ありません。あなたは有名人ですから」


 ジェイミーはできる限り畏れ入っているように振る舞いながら、ソティスを手っ取り早く追い払う方法が何かないか頭を働かせた。


 ソティスの狙いはおおよそ見当がつく。反乱軍の味方につけようと、アンタレス国の人間一人一人に声をかけて回っているのだろう。おだててへりくだって、さっさと立ち去ってもらおうと努力したが、悲しいかな、彼はジェイミーの話などほとんど聞いてはくれなかった。


「ウィリアム殿下はどこにいらっしゃるだろうか。挨拶したいのに、それらしい人物を見つけられなくてね」


 どうやらソティスはジェイミーの隣に立っているウィルのことを、それらしい人物とは見なさなかったようだ。

 異国の人間だから、彼の目にはアンタレス人が皆同じように映るのだろう。しかし彼がウィルの正体を見破れない原因は、恐らくウィル自身にある。


 あれはジェイミーが軍学校に通っていた頃のこと。ジェイミーは編入してきたばかりのニックに、幼馴染みであるウィルを紹介した。ウィルは王弟なのだと説明すると、ニックは「庶民なら簡単に騙せると思ってバカにしやがって!」と言ってジェイミーに殴りかかってきた。つまり、ウィルはそれほどまでに偉く見えない男なのである。


 ウィルにこっそり視線を送ると、全身全霊で念を込めたような視線が返ってきた。ジェイミーはため息をつき、ソティスに向き直る。


「殿下は宿舎に戻られたのかもしれません」

「そうか。ではいずれゆっくり話をしたいと、お伝え願えますかな?」

「ええ、今すぐにでも伝えましょう」


 愛想よく頷くジェイミーの隣で、ウィルはげんなりした表情を浮かべている。

 ソティスはウィリアム殿下以外に全く興味が無かったらしい。王弟がこの場にいないと知るや、ジェイミーたちを反乱軍に誘い込むこともせず立ち去るそぶりを見せた。


「子猫ちゃんたち、行くよ」


 自分の周りに群がっている女たちにソティスは声をかける。女たちは頬を薔薇色に染めながらソティスの背中を追う。遠ざかって行くきらびやかな一群を見送りながら、ジェイミーたちは無言のまま立ち尽くす。

 しばしの沈黙のあと、ニックが口を開いた。


「おいウィル。お前の子猫ちゃんが猛獣(もうじゅう)どもに囲まれてるぞ」


 会場の中央で、レグルス国の男たちが群れをなしている。群れの中心には、ウィルの婚約者でありジェイミーの妹である、リリーの姿が垣間(かいま)見える。ウィルは「げ」と声を漏らした。


「ちょっと目を離すとこれだ」


 言うが早いか婚約者の救出に向かうウィル。しかしレグルス国の男たちは鉄壁であった。存在感の薄いウィルは、なんとか輪の中に入り込もうと努力するが道を開けてもらえず途方に暮れる。


 仕方なくジェイミーとニックもリリーの救出に加わる。三人は力を合わせて猛獣どもを蹴散らし、全員を追い払ったときには息も絶え絶えになっていた。


 リリーは肩で息をする三人を見ながら、不機嫌に頬を膨らませていた。声をかけてくる男たちに行く手を阻まれ、思うように移動することが叶わなかったことで苛立ちをつのらせていたらしい。


「ちょっと兄さん! ぼんやりしてないで、妹が身動きとれなくなる前に危険を察知しなさいよ! それでも兄さんなの? 一人前の兄として恥ずかしいと思わないの?」

「無茶苦茶な……」


 謎の理屈で責められるジェイミーは、妹に胸ぐらを掴まれながら弱々しい声を出した。ニックとウィルは流れ弾に当たらないよう、ジェイミーと距離をとっている。

 リリーはひたすらにジェイミーをなじった後、周囲の視線に気づき、優雅に見えるよう姿勢を正した。


「ところで兄さん。ソティスっていう、装飾品をたくさんつけた男の人を見かけた?」

「ああ。さっき少し話したけど」


 リリーは(うかが)うようにジェイミーの顔を覗き込んだ。


「そう。それで、何も気づかなかったの?」

「気づくって、何に?」

「兄さんったら! その目は節穴?」

「何なんだよ、俺が何したって言うんだ」


 じりじりと距離をとろうとしているジェイミーの手を、リリーは乱暴につかみ歩き出す。


「まだ遠くには行ってないはずよ」


 ジェイミーは大人しく妹のあとをついていき、その後ろをニックとウィルがついていく。


 装飾品にまみれた男を見つけ出すことは難しくなかった。ソティスはたくさんの女たちを(ともな)ったまま、ジェイミーたちの同僚に自信たっぷりに話しかけていた。四人は物陰に隠れソティスの様子を遠巻きに偵察する。


 リリーはソティスを取り囲んでいる女たちをよく見るように言った。ジェイミーは言われた通りに目を凝らすが、妹が自分に何を期待しているのか、汲み取ることができない。


「よく見たけど」


 五秒くらいで諦めたジェイミーに、リリーは剣呑な目を向ける。


「もっとよく見て! ほら、あの方よ」


 リリーが示す先に視線を移す。そこには、ソティスの取り巻きの一人である、やけに肉感的な女の姿があった。

 数秒後、ジェイミー、ニック、ウィルの三人は同時に「あ」と声を上げた。女の胸元に真っ赤な宝石がぶら下がっていたのだ。それは、ジェイミーがシェリルに贈ったダイヤモンドの首飾りによく似ていた。


 間違いない。あれはさそりの心臓だ。そう確信した瞬間、ジェイミーの視界は天井でいっぱいになった。


「……やめろリリー。首がもげる」


 リリーはジェイミーの顎を下から力ずくで押し上げたまま、相も変わらず無愛想な声で言った。


「兄さん、女性の胸元をそんなに無遠慮に眺めるものじゃないわ。見ていることがバレないように、さりげなく観察しなきゃ」


 そんな技がこの世に存在するのならぜひとも習得したいが、ジェイミーはとりあえずリリーの手を掴んで、首がもげるかもしれない危機から脱した。


「なんであの女があの首飾りを着けてるんだよ。まさかあの超絶セクシー女は、突然変異を遂げたシェリルちゃんなのか?」


 肉感美女の胸元を堂々と見つめながら、ニックはわなわなと震えている。ニックの隣では、ウィルが微妙な表情を浮かべている。


「彼女はどう見てもシェリルじゃないよ。でも首飾りは……」


 ウィルはジェイミーにちらりと視線を向けたあと、黙り込んだ。


 遠くから観察しているだけでは、絶対に答えは出ない。だからジェイミーは、その首飾りをどこで手に入れたのか本人に直接尋ねることにした。が、物陰から出ようとした瞬間、リリー、ニック、ウィルに腕をつかまれ引き戻される。


「痛いって! 誰か一人が代表しろよ、三人で同時に引っ張るな!」

「お前はどうしてあの子のこととなるとそう考え無しになるんだ。よく聞け。お前が今やろうとしてることは安っぽいナンパの手口と一緒なんだぞ。絶対に怪しまれる。慎重になれ」


 ニックの忠告をジェイミーは不真面目な態度で受け流す。


「火遊びのチャンス到来だな」

「反乱軍は今、アンタレス国軍を味方につける機会をうかがってるんだ。ジェイミーなんか簡単に利用されるよ。自分から弱味を握らせるなんてそんな高度なことはしないほうがいいと思う」


 ウィルに口調だけ優しく諭されるも、ジェイミーは未練がましくソティスたちがいる方向を見つめ続ける。


「機会を待て。今は下手に動くな。この国は俺たちの国とは勝手が違うんだぞ」


 ダメ押しのニックの説得を受けて、ジェイミーは渋々、首飾りの出所を探ることを諦めた。

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