6.交流会
「人体実験?」
ジェイミーのひきつった声を聞いて、ヌブは決まり悪そうに頭をかいた。
「たぶん、君が想像してるようなおぞましい場所ではないと思うよ」
人体実験場は、レグルス国で最も医療の発展に貢献している団体であり、国の支援を受けている公的な機関だとヌブは言った。実験場を営んでいるのは、レグルス国では知らない者はいないと言われるほどの、有名な実業家だという。
「人体実験と言うからには、協力者が必要でしょう。どうやって被験者を募っているんですか?」
ジェイミーの疑問に、ヌブは何ともいえない表情を返す。
「いかにもアンタレス人って感じの発想だな。まぁ、奴隷制のない国に暮らしてれば、当然か」
「まさか、奴隷を実験台に?」
その反応は、ジェイミーが自分で思っている以上に非難がましいものだったらしい。ヌブはむっとした様子で語気を強めた。
「安易に評価をくだすのはやめてくれ。冷静に考えれば、これは倫理的なやり方だと、君にも理解できると思うけどね」
ヌブは不機嫌な顔つきのまま、勉強不足の生徒を相手にするような口調で説明する。
「実験場に奴隷を寄付することは、この国では慈善活動の一環なんだ。つまりそれくらい、人体実験は有益な事業なんだよ。これから王立病院も案内するけど、この国の医療を見れば君もきっと、僕の言いたいことが実感できるはずだ」
「実験場の中に入ることはできますか?」
実際にこの目で確かめてみれば、価値観や認識のズレも解消できるだろう。そんな期待をこめたジェイミーの提案を、ヌブは残念そうな顔ではねつけた。
「実験場の設備や成果はレグルス国の貴重な財産だ。国外の人間に公開することはできない」
国外の人間どころかレグルス人であっても、実験場にはそう簡単に足を踏み入れることはできないのだという。公的機関として、確固たる地位を築いたのだ。そうやすやすと権威を分散させたりはしたくないのだろう。
ジェイミーは幕のようなものに覆われた塀を、複雑な思いで見つめた。
「どうして塀を幕で覆っているんですか?」
何気なく尋ねてみれば、恐ろしい答えが返ってきた。
「先月、反乱軍に襲撃されたんだ。それで塀がボロボロになって、人目を引くから仕方なくああしてる」
ジェイミーは再び言葉を失った。この男はついさっき、女王陛下のお側にいるのが一番安全だと言わなかっただろうか。
「訓練場の目の前で暴動が? 宿舎はすぐ近くにあるんですよ」
「心配ないよ。軍の施設が襲撃されたことは、まだないから」
まだないから心配ないとは、どういう理屈だろう。物言いたげなジェイミーの視線に気付かないふりをして、ヌブはさっさと歩き出してしまった。
アンタレス国とレグルス国の交流会はとにかく派手だった。料理からテーブルクロスから蝋燭に至るまで、色鮮やかという表現では足りないくらい派手だった。
これは恐らく、明るい色合いを好むと言われるアンタレス人に配慮した結果なのだろう。しかしアンタレス人は別に、派手なものに囲まれていなければ落ちつかないなどということはない。日照時間が短い国に生きているから明るいものに惹かれるだけで、凶器かというくらいの日光が降り注ぐレグルス国で派手なものに囲まれていては、目がチカチカするばかりである。
そこのところを誰かこっそり、レグルス国の人間に伝えてはくれないだろうか。ジェイミーはギラギラとまばゆい会場のすみの方でぼんやりと、そんなことを考えていた。
ジェイミーの両隣には、騎士隊の同僚であるニックとウィルが立っている。二人ともジェイミーと同じく、派手すぎる会場に辟易としていた。
「レグルス人を見てるとさ、誰かを思い出すんだよな」
ニックが呟いた。ウィルが思案するように腕を組む。
「そうなんだよ。誰かを髣髴とさせるんだよな」
じっくりと考え込んだ二人は、はっと息を呑み、同時にジェイミーを見た。そしてわざとらしく笑いはじめた。
「あー、気のせいだったわ。全然誰も思い出さないわ」
「いやぁ、暑いなぁ。頭が朦朧として、誰も彼も同じ顔に見えるなぁ」
ニックとウィルの下手な気遣いに挟まれて、ジェイミーはうんざりと口を開いた。
「別にいいよ。シェリルの話題を避けなくても」
久々に名前を口にしたことで、鮮明に思い出すことが難しくなってきた彼女の姿が、ジェイミーの意識の中にぼんやりと浮かんだ。
ジェイミーの記憶の中のシェリルは確かに、レグルス人の特徴を備えている。もしかしたら彼女にはレグルスの血が混じっていたのかもしれない。多民族国家であるアケルナー国に暮らしていたのだからあり得ない話ではない。今となっては、確かめるすべもないが。
派手な会場にいることもあって、ジェイミーがかもし出す暗い雰囲気は余計に際立った。ニックは呆れ顔でやれやれと頭をふる。
「連絡ひとつ寄こさない女のことなんか、いい加減忘れちまえよ。辛気くさい顔してないで、火遊びのひとつでもやったらどうだ。お前がそうやって意地張ってる間に、向こうは遊びまくってお前とのことは一時の気の迷いだったって思い直してるかもしれないぞ」
シェリルの話題を避けなくてもいいとは言ったが、気をつかわなくてもいいとは言っていない。ジェイミーは非難を込めた視線をニックに向ける。
「うるさいな。俺だってその気になれば火遊びの一つや二つできる」
「そうか、さすがだな。それで、いつその気になる予定なの?」
「来年か、再来年か、もっと先か……」
「おいジェイミー。まさかとは思うがお前、とうとうあそこが腐り落ちたんじゃないだろうな」
ニックの声は予想以上によく通った。おかげで近くを通りかかった婦人たちの視線が、一斉にジェイミーに集まった。
「あははは! 失礼、こいつは酔っぱらうと誰にでもこう言って絡むんですよ!」
ジェイミーは陽気に笑いながらニックのみぞおちに肘を突き刺す。身もだえるニックを見て、婦人たちはクスクス笑いながらその場を去っていった。
「俺はお前のためを思って言ってやってるんだぞ……」
みぞおちを押さえたままなおも言いつのるニックに、ジェイミーはげんなりした顔を向ける。
「今はレオの世話もしなきゃならないし、それに、常に相手がいないといけないなんて決まりはないだろ」
「その気になればすぐに別の相手が見つかると思ってること自体、傲慢なんだよ。そんなんだからお前、貴族連中に嫌がらせされるんだぜ」
返す言葉がなく、押し黙る。ウィルがためらいがちに話に加わる。
「実は僕も、心配なんだ。二年が三年になって、三年が四年になって、いつの間にか今の状態のまま、引くに引けなくなるんじゃないかって」
二対一では分が悪い。ジェイミーは両隣から注がれる視線から逃れるように、足元を見つめた。
「まだ一年しか経ってないだろ」
「もう一年も経ったんだよ。じき二年だ。向こうにまだその気があったとしても、こんな状況を良しとするような相手を待ち続けて、幸せになれるとは思えない。別の誰かを選んだってシェリルは文句を言えないよ。例えばこう、ジェイミーの生活を健気に支えてくれるような……今まで気づかなかったけどそういえばこの人、いつも見守ってくれてたなぁ……みたいな、そういう感じの人をさぁ……」
ウィルがやけに具体的な例を出してくるが、ジェイミーはこれ以上この話をしたくなかった。言葉を返さず視線を上げて、目に痛い色合いの会場をまっすぐに見据える。真っ先に目に飛び込んできたのは、面積の少ない服を纏った女たちを七、八人引き連れた、派手ななりの男であった。
「なぁ、あれって……」
ジェイミーが呟く。ニックとウィルも男の方に顔を向ける。まっすぐこちらに向かってくる集団を見て、ニックはそれはそれは嫌そうな声を出した。
「うわ、あいつらまさか、俺たちに話しかけようとしてるんじゃないだろうな」
派手ななりの男と、男が侍らせている女たちの腕には、烙印がある。今ジェイミーたちの方へと歩みを進めている集団は、レグルス国の女王と敵対する、反乱軍に属する者たちであった。