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プロローグ

 アンタレス国の王都では現在、数年前に大流行した芝居、『永遠の誓い』の再演が行われている。


「ジェイミーの名言を聞きに行こう」


 ジェイミーの知らぬ場でこんなことを言い出したやつがいたらしいが、誰なのかは確認するまでもない。せっかくの休日に昼までゴロゴロしていようと思ったら、突然兵舎に同僚たちが押しかけてきて、ジェイミーは無理やり観劇に連れ出された。


 その劇団はかれこれ三ヵ月もの間、アンタレス国内で公演を行っていた。古典的な屋外の劇場を好む彼らは、日照時間が長く、気温も高すぎず過ごしやすい夏のアンタレス国で、ひと稼ぎしようと考えたのだろう。演習に参加するため国外に出ていたジェイミーたちはその盛況ぶりの全ては目にできなかったが、秋が訪れ厳しい冬の予感が国全体を包み、あと数回で公演も終わりという今になっても、劇場は満員だった。


 ゆえに、公演当日に突然思いつきで観劇しようと思い立ったようなジェイミーたちのような客は、王族だろうが貴族だろうが労働者階級だろうが、舞台に一番近い場所、階段状の客席に囲まれた立ち見席に追いやられる。以前はリリーに付き合って一番良い席で観劇し、演者たちから直接あいさつも受けたというウィルも、王弟であることを誰にも気づかれずに労働者階級に囲まれている。あまりに見事に馴染んでいるのでジェイミーたちは少し心配になった。


「確かに面白いけど、この芝居の何がそんなに特別なのかな。何でこんなに人気があるんだろう」


 もう三度も同じ芝居を観るはめになっているウィルがポツリと呟く。舞台上では今、王族の男と庶民の娘が駆け落ちすることを決心しているが、実際の王族の男にはこの展開があまり心に響かないらしい。


 自分は好きだ、自分は芝居自体が苦手だと好き勝手なことを話している同僚たちを横目に、ジェイミーは一人、考える。


 内容は全てリリーから聞かされていたし、戯曲も読んだのですっかり観劇済みだと思いこんでいたが、そういえば自分はこの芝居を観るのが初めてだったと今気づいた。


 ジェイミーは以前は、この芝居の内容を全く面白いとは思っていなかった。リリーに押し付けられた戯曲を読んだとき、まぁ長い人生、住む世界が違う相手に好意を抱くこともあるだろうということは理解できた。しかし家族や友人や周囲にいるありとあらゆる者たちから反対されているのだから、さすがに彼らの言葉に耳を貸すべきだろうと思ったし、是が非でも一緒になろうとしている二人に対して、何もそこまで意地になることはないだろうと思ったし、今の生活を捨ててまで愛を貫こうと決心した場面に至っては、おいおい目を覚ませと諭してやりたくなった。


 そして今、芝居を見ながら、すべての経緯を自分自身がたどってしまっていることを自覚しないわけにはいかなかった。セリフを引用して愛の告白なんてものまでしてしまった。現実に則した、なんて素晴らしい芝居なんだ。恥ずかしすぎてもうこれ以上見ていられない。


 ジェイミーが芝居を見ながら無言でダメージを食らっているのを、ニックは面白そうに見ている。


「あの役お前にぴったりだな。転職すれば?」

「黙って、静かに、鑑賞してろ」


 耳をふさぎ恨みを込めて言葉を返すが、顔からは火が出そうだ。そんなジェイミーの様子に仲間たちはたいそう喜んだ。なぶり殺しに出来てさぞ満足だろう。


「シェリルはいつこっちに来るんだ?」


 からかうような意図が全く感じられないスティーブとの会話にだけ、ジェイミーは応じた。


「冬になる前には来られると思うけど、万全じゃないし、まだ何日か先かな」

「へー」


 ジェイミーは二ヵ月前のあの日のことを思い返す。あの日、ジェイミーは本気でレグルス国に残るつもりだった。そうしようと事前に決心していたわけではなく、気持ちよりも先にその決意を言葉にしていた。愛の力のようなもので何とかできると思っていたが、全然無理だった。たったの一日もレグルス国に留まることは許されず、スプリング家がアンタレス国に拠点を移すと知らされた数時間後には、スティーブに引きずられるような形で国を出ていた。


 シェリルともう二度と会えないかもしれないと覚悟していたときよりも、再び会えると分かった後の方が、なぜだか分からないが彼女と離れることがひどく辛かった。その辛さにもそのうち慣れたが、今度は彼女と再会することに、言いようのない恐怖を感じるようになった。


 きっと誰にも理解されないので誰にも打ち明けられない。あれだけ大騒ぎしておいて今さら怖気づくなんて自分でもおかしいと思う。アンタレス国に到着してひと月後、シェリルから手紙が届いた。アンタレス国軍が出国してからちょうど一ヵ月後に、ダミアンと共に国を出たことを知らせる内容だった。彼らの旅が順調にいっていれば、もういつアンタレス国に着いてもおかしくない。その知らせに、ジェイミーはかなり動揺した。


 もう後戻りはできない。本当にうまくいくだろうか。今まで何度も失敗してきたのに。本当は大したことのないやつなのだと、いつかはバレてしまう。彼女の気が他に移ったら? そうなったら自分はどうなってしまうんだろうか。


 芝居は佳境を迎えていた。駆け落ちした二人は森の中で息絶えようとしている。期待と不安と、恋しさと重圧と、喜びと恐怖のはざまで、ジェイミーも死にそうになっていた。






 アンタレス国に着いてすぐ、シェリルとダミアンは王宮の謁見室に通された。そこにはカルロとアメリア、それから、ローリーがいた。


「アンタレス国へようこそ。心から歓迎しよう」


 相変わらずこの世の美という美をかき集めたような国王は、完璧な笑顔で言った。


「ローリー君、何度言えばいいのかな。俺たちは君の弟に仕えているんだよ。主人ヅラするのはやめてくれないかな」

「ウィルが頼んでいた仕事は、上手くいったかな?」


 カルロの言葉を無視して、ローリーが問う。ダミアンは何てことはないという態度で頷いた。


「一週間で終わりました。あの兵器はもう、使い物にはなりません」


 新たにスプリング家の主となったウィルは、レグルス国を出国する直前、スプリング家にひとつ仕事を命じていた。それは、ソティスからレグルス国軍の手に渡った兵器を、破壊しろというものだ。


 女王に見くびられ切り捨てられたことが相当悔しかったのか、ダミアンは張り切ってこの仕事に取り組んでいた。幸いソティスが保管していた兵器は、保管状態が悪く劣化していた上に、噂ほど複雑怪奇で恐ろしいものでは無かった。シェリルが寝込んでいるうちに、いつの間にかダミアンは仕事を終わらせていた。もちろん、壊したことをわざわざ女王には知らせていない。


 それは何より、と満足げに呟いたローリーは、シェリルに視線を向けてきた。


「それで、怪我の具合は?」


 シェリルは自分でも信じられないという気持ちを存分に込めた言葉を返す。


「想像してた以上に、元気になった。怪我する前より元気かもしれない」

「それは素晴らしいが、油断は大敵だよ」


 ローリーの苦笑まじりの忠告を聞いても、シェリルの根拠のない自信は揺るがなかった。

 正直、ジェイミーがレグルス国を発った頃は、もう立ち直れないと本気で思っていた。結局帰るのかよ、と思ったし、再び彼に会う資格は自分にはないと感じて、プロポーズされたというのに、別れることを決心しようとさえしていた。

 反乱軍の仲間たちを裏切って、ジェトを傷つけて、奴隷たちの未来を奪ってしまったという事実が刺された場所以上に痛みをもたらした。罪悪感に苦しみながら、ジェトも今、きっと苦しんでいるだろうと思った。

 そこでシェリルは気づいた。それはジェイミーが何度も何度も教えてくれようとしていたことだった。シェリルが、大切な人が傷つくのは嫌だと考えているのと同じように、相手も同じように考えているのだと。自分はもう、その輪の中にいる。もう一方的に役に立たなければならない道具ではない。そう気づいて、シェリルの肩は少し軽くなった。

 旅の間、諦めるなんて絶対に許さない、と言ったジェイミーの言葉を考えた。そして、ジェイミーの望むことは何でも叶えると豪語していた頃のことを思い出した。やがて、もう少しでアンタレス国に到着するというところで、シェリルは突然元気になった。なぜかは分からないが一気にやる気に満ちあふれた。

 これから自分はジェイミーの人生ごと抱きしめて生きていくのだ。その許可を彼は出してくれた。だから自分も、彼が抱きしめていて心地いいと思えるような人生を歩みたい。そんな希望が湧くのと同時に、後ろ向きな考えはどこかに押しやられてしまった。


 兵器の件を今すぐウィルに伝えて欲しいと、ローリーがシェリルに言った。ウィルは今、芝居を見に行っていると言う。


 スプリング家はあくまでウィルに仕えているのだと再びカルロが文句を言うが、シェリルがローリーの頼みを聞くこと自体には、カルロは文句を言わなかった。


 久々に歩くアンタレス国の王都は、相変わらず華々しかった。


 劇場に着いたときには、もう芝居は終盤だとスタッフに言われた。しかしシェリルは最後の誓いのセリフを聞きたかったので、料金を払い、客席を見渡せる立ち見席に向かった。

 ぐるりと客席を見渡すが、ウィルらしき人物は見当たらない。ちょうどそのとき舞台上で、運命に翻弄された二人が永遠を誓い合い始めた。森の中にまで追いやられて今にも命尽きようとしている恋人たちの勇姿を見届けようと、視線を舞台に向ける。すると視界の端に、見慣れた集団をとらえた。そしてその中に、今まさに舞台上で披露された言葉を、シェリルに告げてくれた人がいた。

 人混みをかき分け、まっすぐその人の元に向かう。肩を叩いて、彼が振り向いた瞬間、劇場全体がわっと沸いた。






 この演目はどの国でも歓迎され、喜ばれた。そういう芝居を創ることはそう何度もできることではないので、彼らは『永遠の誓い』を重宝していた。

 最後の誓いの言葉の場面ではいつも、この瞬間を観客も期待しているのだということを役者たちは肌で感じていた。今日もいつものように最高の盛り上がりを期待して、二人は愛を囁き合い、ひしと抱き合って、神の元へと旅立つ。すると今日も、期待以上の歓声が劇場を包んで、二人はその声援に命を吹き込まれるように、生き返る。役者たちが続々と舞台上に並び惜しみない声援に応えようとしたとき、彼らは、いつもと観客の様子が違うことに気がついた。自分たちに向けられた声援の中に、囃し立てるような声が含まれていることに気づいたのだ。


 役者たちは、舞台に一番近い立ち見席で抱き合っている二人を見つけた。それはつい先ほど舞台の上で披露したような、ありとあらゆる感情を抱え込んだ抱擁に見えた。そして彼らの周囲には、その瞬間を盛り上げようとしているのか、手を叩き指笛を鳴らす者たちがいた。


 役者たちは互いに顔を見合わせ笑い合い、同じように拍手と歓声を客席の彼らに送った。たまには自分たちの方から称賛を送るのも悪くない。


 役者たちの行動を不思議に思った客たちは、立ち見席で何かが起こっていることを悟った。その光景が見えている者もいたし、見えない者もいたが、とにかく喜ばしいことが起こっているということは皆認識していた。


 祝福の声はあっという間に劇場に広がっていく。すっきりと晴れた空の下、拍手喝采が辺り一帯を包んだ。歓声はいつまでも止むことはなく、二人の行く先を照らすように響き続けた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 第一部では迷いの多かったジェイミーが、今回はシェリルのためにひたすら奔走する姿が印象的でした。 シェリルは相変わらず健気で可愛かったですけれど、やっぱり最後までヒヤヒヤさせられました。 …
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