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56.裏切り者

 物事とは進むときに一気に進むものだなとシェリルは思った。兵器の在り処はあっさり見つかり、カルロはこれまたあっさりと、女王との交渉にこぎつけた。女王の条件は、スプリング家を雇う代わりに、兵器をレグルス国軍に引き渡すこと。スプリング家は二つ返事でこの条件を呑んだ。スプリング家と女王が手を組んですぐ、反乱軍は、レグルス国軍に解体されることとなった。


 思いつく限りのありとあらゆる罪を問われて、反乱軍の長であるソティスは拘束された。数年の間、大国の長を悩ませてきた奴隷の男は、あっさりと自由を奪われ女王の前に差し出されたのだった。


 ソティスが拘束された夜、カルロと双子、それからシェリルは、女王に忠誠を誓うべく、玉座の前にひざまずいていた。女王はシェリルたちに言葉をかけることも視線を向けることもなかった。彼女のそばには、反乱軍で所有者の美容コレクションを振る舞っていた、イブがいた。イブは一瞬だけシェリルの顔を見たが、その後はただ黙々と、女王の爪の手入れをしていた。


 拘束されたソティスが女王の前に連れてこられたのも、同じ時である。シェリルは何となく、女王がスプリング家とソティスを同じタイミングで呼びつけたのは、両者に対する彼女の嫌がらせなのではないかと感じた。


「裏切り者の顔を見る機会を頂けて光栄です、陛下」


 背中側で拘束された両腕をレグルス国軍の人間に掴まれたまま、ソティスは状況にそぐわない笑顔を浮かべそう言った。イブはソティスの方など見向きもせず、表情もぴくりとも動かさなかった。反乱軍にいた頃の明るい彼女しか知らなかったシェリルは、その反応を見てなぜだか裏切られたような気がした。そして自分もまさにその裏切り者なのだと、ソティスが自分を見る目を見てまざまざと実感したのだった。


「ああ、女王陛下、親愛なるカルディアーナ様、私はあなたの敵ではありません。私は奴隷たちの憎しみがあなたを害さないよう、彼らを管理していたのです」


 日夜彼女を侮辱していたのと同じ口で、ソティスは訴える。そして彼の言葉がもはや国どころか、彼自身の人生に対しての影響力すら失ってしまっていることを、この場にいる誰もが知っていた。


 女王はつまらなそうな顔をソティスに向ける。


「お前を牢に入れる前に、聞きたいことがある」

「何なりと、親愛なる女王陛下」

「お前はこの国で指折りの金持ちだ。奴隷制の廃止を適当に唱えていた頃、すでに奴隷たちや一部の国民の間では英雄扱いされていたな。なぜここで満足できなかった? 軍を編成し国の秩序を乱し、国民を傷つけ命を奪ってまで、すでに十分に与えられている自由を寄越せなどと。お前たちは一体、いつになったら満足するんだ?」


 女王の言葉を聞きながら、ソティスの笑顔は徐々に引きつっていった。


「いつ満足するかだって?」


 一言口にしたあと、ソティスはこみ上げる笑いを無理やり抑え込んでいるかのような、不気味な声でもう一度、いつ満足するか、と繰り返した。


「俺も……俺もお前に聞きたいことがある。俺たちが元々持っているものを、奪ったり与えたりすることに、いつになったら飽きるんだ。金持ちでいることを許してくれてありがとうと、特別に感謝するべきだったか? 無理やり奪わないことが、そんなに難しいのか? 無理やり与えないことが、そんなに難しいのか? お前たちは自分がこれ以上、何も望まないと言える状態がどんな状態か、説明する必要に迫られたことがあるか? いつになったら満足するかだって? 満足させてくれなくて結構だ。ただ俺たちを恐怖させ苦しめることを止めてくれさえすればいいんだ。たったそれだけのことを、何度も、何度も、何度も言ってきただろう!」


 最後の方はもう、叫ぶような口調だった。女王は飛んでいる虫をはらうような動作で、軍人たちに指示を出した。

 彼らは機敏な動きで、ソティスを連れて王の間を離れる。ソティスは歩くことを放棄して、ほとんど引きずられるような格好で連れて行かれた。ちくしょう、ちくしょう、という叫び声が、彼が部屋を出てからもしばらく、シェリルたちの耳に届いていた。





 女王への挨拶を終え、シェリルと双子も部屋を出た。カルロはしばらく女王と話をするそうで、王の間に残った。

 やれ、終わった終わったと伸びをしながら歩く双子の後ろを、シェリルはやっとの思いでついていっていた。何か大切なものを手放してしまったような気がする。だけどそれが何か分からない。

 ぼんやり歩いていたら、突然腕を掴まれ、廊下の影に引き込まれた。


「イブ……」


 それが本名なのか、そもそも名前があるのかどうかも分からないが、思わず口からこぼれた。暗がりで向き合った彼女は、見違えるようなきらびやかな衣装に身を包み、高そうな宝石であちこちを飾っていた。まるで全身を、所有者に拘束されているみたいだった。


 イブは片手で持てるくらいの小さな壺を、無言でシェリルに押し付けた。蓋を開けると、薬草の匂いが立ち上った。


「これ……」

「ジェトの傷薬。私はもう自由に出歩けないから、あんたから渡して」


 シェリルが顔を上げ、何か言おうとするのを、イブは「いいの」と言って遮った。


「イブ、私……」

「いいの、分かってる、いいの」


 そう言って、イブはシェリルに抱きついた。初めて会ったとき、反乱軍へようこそと言って抱きついてきたのと同じように。






 次の日の朝、王都はシェリルが予測していた以上の大騒ぎになっていた。ソティスが捕らえられたことに激昂した奴隷たちは、手元に残っていた武器を構え、ところ構わず襲って回っていると双子が教えてくれた。


 裏切り者として反乱軍に顔を知られてしまっているシェリルは、しばらくスプリング家の基地に身を隠しているようにとカルロに言われていた。それでもシェリルは、どうしても今すぐジェイミーに会いたいという気持ちを抑えられず、こっそり仕立て屋を抜け出した。


 顔半分をスカーフで覆って、アンタレス国軍の宿舎に向かおうとしたが、宿舎にたどり着く前に見知った顔があちこちに立っているのが目についた。銃を手に、住宅を守るように立っている彼らは、見間違いようもなくアンタレス国軍の兵士だった。

 シェリルが話しかけると、やや驚いた顔をした彼らは、町の警備を任されているのだと説明してくれた。ジェイミーの担当している区画を教えてもらい、足早にそちらへ向かう。


 ジェイミーが担当しているのはソティスが捕らえられた牢獄のある区画だった。そこにはソティスの解放を訴える奴隷たちが殺到していて、シェリルは少し恐怖を覚えた。


 それでも、どうしても今すぐジェイミーに会いたかった。遠くから顔を見るだけでもいい。自由を求める奴隷たちの声に心が押しつぶされる前に。藁をも掴む思いで、ジェイミーの姿を探した。


 ジェイミーは建物から少し外れた場所にいた。仲間たちと共に、暴動で傷を負ったと思しき人物を取り囲み声をかけていた。その人は頭を布か何かで押さえていて、地面に座り込んでいる。


 シェリルは一度だけ、離れた場所からジェイミーのことを呼んだ。もしこれで彼が気づかなければ、大人しく引き返そう。そう思って、何を期待しているのか自分でも分からずに声を上げた。思いのほかシェリルの声はよく響いてしまったようで、ジェイミーと、その周囲にいる者たちがこちらを見た。


 走って駆け寄ろうとしたら、突然何者かに腕を掴まれた。振り返るとそこには、かつてシェリルと同じ奴隷小屋で売られていた、ジェトがいた。


 シェリルは無意識に、顔を覆っていたスカーフを下ろした。


「ジェト」

「あいつを見張ってれば、会えると思って」


 真剣な顔で言ったジェトは、泣きそうな子供みたいな顔をしていた。シェリルは喉の奥がつかえて、上手く言葉を紡げなかった。


「ごめんなさい、ジェト。私、傷つけたよね、あなたのこと」

「本当なのか? 女王が送り込んだスパイだったって話」


 シェリルは何も言葉を発せず、ただ頷くことしかできなかった。


 殴られるかと思ったが、なぜか、抱き寄せられた。それは一瞬の出来事で、シェリルはしばらく何が起こっているのかを理解していなかった。


 違和感を感じて自分の体を見下ろすと、真っ先に、アンタレス国の紋章が目に入った。ジェトがはしゃぎながらそれを見せびらかしに来た日が鮮明に思い出される。


 顔を上げると、ジェトと目があった。


「いつも、いつもそうだ。いつもあと少しってところで、お前みたいなやつが、全部台無しにするんだ」


 言いながら、彼は涙をこぼした。ああ、自分は刺されたのか、とそのときようやくシェリルは理解した。

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