55.皮肉屋✕皮肉屋=惨劇
その日の夜。アンタレス国軍の宿舎の図書室で、ジェイミーは目の前を行ったり来たりするスティーブを黙って目で追っていた。
「俺とウィルなら追いつけたんだ!」
何度目になるのか、スティーブの苛立ちのこもった言葉に、彼の周りで大人しくしている騎士隊の仲間たちは無言で視線を交わした。
「だから落とされたんだよお前」
一応気をつかって今の今まで口をつぐんでいたニックが、とうとう口を開く。その言葉の内容のせいかただ苛立っているからか、スティーブは近くに置いてあった椅子を蹴り飛ばした。
「くそっ!」
悪態をついて再び室内をウロウロし始めるスティーブ。彼は死にかけたせいで神経が高ぶっているようだった。おまけに塔から落ちたとき、とっさに片腕で塔のへりを掴み自分の体重を支えようとしたため肉離れをおこし、しばらく利き腕を使えない。
カルロを出し抜こうとしてまんまとやり返されてしまったスティーブの怒りは凄まじい。そして苛立った秀才ほど厄介なものはない。
「それにしても、あの射撃は実に見事だったよ。披露せずにはいられないはずだな、あれだけ人間離れした腕を持ってるなら」
どうやら八つ当たりのターゲットにされてしまったらしいウィルは、一番事態を悪化させない返答は何だろうかと、探り探りといった様子で言葉を返した。
「元々スプリング家に協力してたんだろ。だから、力になれて良かったんじゃない……の……」
ウィルは最後まで言い終わる前に、自分の返答が不正解であったことを悟ったようだった。スティーブは呆れと驚きをあからさまに表情に出していて、さらには口から笑いまでこぼしていた。
「あーあ、陛下がスプリング家を欲しがってる最大の原因がこんなことじゃ、やってられないよな」
「……僕が原因だって?」
「説明してほしいのか? 簡単だよ。陛下の身に何かあったとき、お前の守るべき国がどうなるかを考えてみればいい」
「スティーブ、もういいだろ。あとで絶対に後悔するぞ」
ジェイミーはスティーブとウィルの間に入るが、それだけで場が収まるわけがないことは重々承知の上だった。予想通り、スティーブのターゲットはジェイミーへと変わった。
「そもそもお前がもっと上手く立ち回ってればよかったんだ。スプリング家は遅かれ早かれ兵器の隠し場所にたどり着いてた。わざわざ協力を申し出てスプリング家がどこまで情報を持ってるか把握したのは何のためだと思ってたんだ? まさか俺が本気で協力しようとしてたなんて思ってないよな。あと少しってところで裏切るなんていう汚れ役を演じなきゃならなかった俺の気持ちがお前に分かるのか」
「悪かったよ。俺が悪かったから、一旦座れ」
無理やり椅子に座らされたスティーブはなおも文句を口にしようとしたが、視線が低くなったことでようやく、仲間たちが自分のことをどんな目で見ているかということに気づいた。すっと表情を失ったスティーブは、一転して落ち着いた口調で言葉を返した。
「いや、俺が悪かった。ウィルも、悪かった、謝るよ。さっきのは本気じゃないんだ」
「いいって」
「よくない。もとを正せばシェリルがあんな目に遭ったのは俺のせいだ。宿舎が攻撃されたのも、ウィル、お前が倒れたのも俺のせいだ」
「どうした急に。何が始まったんだ」
ジェイミーの動揺をよそに、スティーブは頭を抱えて懺悔を続ける。
「大体、レイチェルが誘拐されたところからあり得なかった。上層部の期待にも応えられない。副隊長が務まる器じゃなかったんだ。皆悪かったよ、がっかりさせて。俺は本当はなにも出来ないんだ」
一同は最初、これは高度な皮肉だろうかと考えた。何しろ全員スティーブとは長い付き合いだ。彼に出来ないことを見つけることの方が難しいと、皆知っている。
だがブツブツと自分の落ち度をあげつらう様子はどこからどう見ても、追い詰められて精神がやられている人間のそれである。
「そう自分を責めるな」
「スティーブはすごいよ。天才だ」
「お前の下で働けて光栄だよ俺たち」
「期待以上だよ。誇りに思ってるって」
スティーブを勇気づけるという人生初の試みに騎士たちは悪戦苦闘する。なんせ言葉の裏の裏の裏まで読める人間が相手だ。型通りの慰めなど川のせせらぎほども心を動かす要因にはなり得なかった。
言葉を重ねれば重ねるほど空虚になる空間において、ただ一人だけは通常通りの態度を貫いていた。
「そうそう、お前はいつも二番手の立ち位置を実力で掴み取ってきたじゃないか。そう自分を低く見積もるもんじゃないぞ」
ニックがそう言い放った瞬間、部屋の空気がぴしりと固まった。うなだれていたスティーブが、ゆっくりと顔をあげる。ニックは空気を読まずに言葉を続ける。
「徹底してるよな。学校の成績はいっつも二番だったし、次席で卒業して、ウィルが失格になって優勝出来るかもしれないって言われてた闘技会の結果も二位だったし、あと何だっけ。そうそう、次男なんだっけ? 何そのこだわり。俺にはちょっと理解できない」
禁断の話題に今このときに触れるニックに対し、騎士たちはほとんど殺意に近いものを抱いていた。
おまけにこれを、騎士隊の副隊長候補として一番有力視されていた男が言うのだから恐ろしいことだ。ニックは貴族たちの妨害工作によって出世の道を阻まれ、最も安全でリスクの少ない候補と言われていたスティーブが副隊長の座を手にした。あえてこの話題に触れないことが、さらに彼の皮肉を際立たせる。
「や、やだなぁ、ニック。スティーブだって一番になったことくらいあるじゃないか、なぁ」
「そうだよ。暗号学のテストだって史上最年少でパスして……」
「俺もそこに希望を見出してたんだ。でも最近記録が塗り替えられたみたいなんだよ。それ聞いたときちょっと怖くなったわ」
スティーブが小刻みに震えていることには皆気づいていたが、もはや彼のためにしてやれることは何もない。
「ああそうだよ! 俺はいつだって二番手に甘んじる男だよ! 満足か!? これで満足か!?」
再びスティーブは怒りを爆発させたが、少なくとも元気にはなった。ジェイミーたちはそう自分を納得させた。スティーブ一人ならともかく、ニックも同時に相手にすることなど挑戦したいとも思わない。
「だからそう自分を卑下するなよ。二番目だぞ、すごいじゃないか。お前以上に副隊長にふさわしいやつはいないぜ」
「お前は人の気に障ることにかけちゃ天才的だな。その能力を人類のために使おうと思ったことはないのか?」
「世界平和のために使ったろ? お前は確か文句言ってたな」
ぐっと口ごもったスティーブを援護してやれるほど皮肉に長けた人間はこの場にいない。それが出来るのは今彼が対峙している相手だけである。
「そんなに俺の順位が気になるんなら、いっそ常に一番の位置にいる奴の下で働けばいい。その方が皆安心だろ? マーク! どこいった、マーク!」
スティーブの呼びかけに、いつもマークと親しくしている隊員が怯えながら声を上げた。
「あ、あの、マークなら今、外で虫採ってるけど……」
「虫? 虫だって? 何で今虫採り? あんなやつに!」
スティーブが頭をかきむしっていたとき、部屋にレグルス国軍のヌブが現れた。
「どうしたのそれ」
スティーブの固定された右腕を見て目を見開くヌブ。スティーブは外部の人間が現れたことでかろうじてギリギリよそ行きの顔を取り戻した。
「別に。何か用?」
「一応、報告をと思って。レグルス国軍は反乱軍のソティスを捕らえた。今夜のうちに古城に集まっている奴隷たちを制圧する」
部屋には動揺が広がるが、スティーブは表情一つ変えなかった。
「女王陛下はスプリング家を雇ったのか?」
「……どうしてそれを?」
ヌブの反応を見て、スティーブは片手で頭を押さえ嘆息した。ヌブはしばらく怪訝な顔をしていたが、すぐに表情を引き締め、その場にいる者たちに視線を向けた。
「一晩で騒ぎを収めるのは無理だろう。今夜はレグルス国軍だけで動くが、明日は君たちにも協力してもらいたい。団長代理にはすでに話を通してある」
ヌブはそこまで言って、ジェイミーを見た。やや沈黙が続いたあと、彼は再び口を開いた。
「……奴隷を捕らえる必要はない。市民に危害が及ばないよう、王都を整備して欲しい」
それだけ言って、ヌブは部屋を去っていった。なんとも言えない、重苦しい空気だけを部屋に残して。




