54.八人もいればなんとかなる
ジェイミーは宿舎が攻撃される前日まで、スティーブとスプリング家と共に、ソティスが所有する兵器の在り処を探っていた。スティーブの頭脳とスプリング家の機動力、ついでにジェイミーの雑用処理能力をかけ合わせた結果、兵器の隠し場所を五か所にまで絞り込むことに成功した。
候補地の方角はバラバラで、一か所ずつ足を運び確認をしていたら、手分けをしても兵器の隠し場所を突き止めるのにもう一週間は必要だった。
隠し場所の方角さえ分かれば、隠し場所は明らかになる。スティーブのやり方は理にかなっていた。
焦ったソティスがどちらに進むのかさえ把握できれば、進むべき方角も決まる。問題は目的地にどれだけ早くたどり着くことができるか。本当に問題はそれだけだったはずだが、思いがけない事態とは起こるものである。例えばソティスを監視していたスプリング家の少女が東西南北の概念をよく理解していなかったとか。
初動が遅れたことでソティスたちや彼らを追っているであろうレグルス国軍に追いつくことすら絶望的となった。先回りなどまず間違いなく不可能だ。一応、ソティスを見張っていた少女をカルロたちが問いただし、ソティスたちが西に向かったことは分かったが、今から追っても意味はない。
カルロはシェリルと双子、それからなぜかウィルを連れて、以前ジェイミーがヌブと対峙した監視塔に向かった。ジェイミーも一応ついて行き、スティーブもついてきて、皆行くならとニックもついでについてきた。
監視塔の上から全員で王都を見下ろす。内戦の最中とはいえ人々の営みは日々繰り返される。荷馬車が行き交い、市場も開かれ、暴動の起こった場所とそうでない場所がまるで風刺画のようにこの国の現状を浮き彫りにしている。
カルロが一方向を指差す。
「あっちが西だ。俺たちが兵器の隠し場所と睨んでるのはあの辺り。頼んだぞシェリル」
シェリルは監視塔のへりに身を乗り出し、カルロが指さした方向を凝視する。
「どうするつもりなんですか?」
縄から開放されたスティーブが尋ねる。カルロはシェリルと同じ方向を睨みつけながら、言葉だけ返す。
「レグルス国軍が俺たちほど詳細に兵器の隠し場所を推測出来ていないことに賭けよう。ソティスを見つけて威嚇射撃する。奴が怯えて人混みにまぎれれば、軍も隠し場所まではたどり着けない」
ただの好奇心でついてきたニックは、カルロの言葉に対して笑い混じりに声を上げた。
「この監視塔からソティスを見つけようって? 奴は俺たちに見つかりやすいように狼煙でも上げてくれてんの?」
ニックはカルロの試みを冗談だと思ったようだが、スプリング家の面々は誰一人笑っていなかった。数分後、シェリルが声を上げた。
「いました!」
「どこだ?」
「建物の間をラクダで移動してます。今干されたシーツに隠れてますが、前後に護衛が二人ずついました」
「後ろにレグルス国軍の追手もいるはずだ。探せ」
言いながらカルロは、宿舎から持ち出してきたライフル銃に弾をこめはじめた。
シェリルの指さした方向にアンタレス国軍の面々も目を向けるが、誰もソティスを特定できない。そんなことはお構いなく、カルロは銃を構える。すかさずアメリアとダミアンが声を上げた。
「ちょっとカルロさん、自分で撃つ気ですか。無理ですよ」
「あんた射撃めちゃくちゃ下手でしょう。忘れたんですか。まさか自分がどこの誰かってことまで忘れてませんよね」
カルロは構えていた銃を下ろし、不満げな顔を双子に向けた。
「何だよ、そんなに言うならアメリア、お前がやりなさい。一番得意だろう」
銃を押し付けられたアメリアはおよそ人に向けるものとは思えない目をカルロに向けた。
「この距離から正確にソティスの足元を狙えっていうんですか。ソティスや民間人の頭に当たったらどうするんですか」
「お前なら出来る。俺は信じてるぞ」
「いつもそうやって励ますだけで、実際にリスクを負うのは私たちなんだから、カルロさんは楽でいいですよね。ダミアンがキレるのも無理ないですよ」
「お前が俺には無理だって言ったんだろう」
「誰にも無理です。プロのスナイパーにだって不可能です」
「アメリア、不可能っていうのはな、あらゆる可能性を模索したあとに使う言葉なんだぞ」
「あー! もう嫌だ!」
叫んだアメリアは、カルロに向けて銃を構えた。ジェイミーたちは一斉にアメリアのそばから離れたが、ダミアンは彼女のそばに立ったままだ。カルロも特に動じている様子はなく、しかし一応両手を上げている。彼のすぐそばでポカンとしているシェリルを、ジェイミーは音を立てずにゆっくりと自分の近くに引っ張りよせた。
「やめなさいアメリア。本気じゃないだろう」
「もううんざりなんですよ、あんたのワガママに付き合わされるのは。スプリング家は私とダミアンで立て直します。だから安心してあの世に行ってください自己啓発中毒野郎」
「仕方ないだろう。もしかしたらこの距離から誰も傷つけずにソティスに威嚇射撃できる人間が奇跡的に一人くらいいるかもしれないが、きっと手は貸してもらえないだろう。だから俺たちは自分たちだけで頑張るしかないんだ」
「時には諦めも肝心です、カルロさん。認めましょう、私たちは負けたんですよ。勇敢なことと無謀なことは違うんです」
アメリアの言葉を聞いて、カルロはゆっくりと手を下ろし、そしてなぜか拍手し始めた。
「素晴らしい見地だよアメリア。……合格だ」
「それやめろ!」
真剣なのかそうでないのかよく分からない諍いの中で、ジェイミーとニックはゆっくりと、ウィルに視線を向けた。友人たちの無言の圧力に加え遠回しなカルロのあてつけも相まって、ウィルはとうとう口を開いた。
「あの……もしよかったら」
「そうか! ありがとう! いやー、助かるよ、ほらアメリア。彼が俺たちの仕事に手を貸してくれるそうだ」
ウィルが全て言い終わる前に、カルロは自分の顔面に銃口が向いているにも関わらずアメリアが構えている銃の銃身をわしづかみし、それをウィルに手渡した。
強引に銃を手渡されたウィルは、さして迷う素振りもなく監視塔の塀に体を固定させ、スコープを覗き込んだ。
「ソティスはどこ?」
ウィルに尋ねられたシェリルは、慌ててソティスの位置を説明する。その後ろで、双子がウィルに声をかける。
「やめとけ。カルロさんは何の責任も取っちゃくれないからな」
「人殺しになるってそんなに楽しいことじゃないわよ」
ソティスの影を認識して銃を構えたウィルに、シェリルも不安げな顔を向ける。
「ほんとに見えてる? このままソティスを見逃してもあなたのせいにはならないわ」
「大丈夫。頭や心臓を狙うよりは簡単だ」
シェリルが絶句しているすきに、ウィルは、一発、二発、三発と慣れた手つきで引き金を引いた。
「どうだ?」
カルロの問いに、呆気に取られた様子のシェリルが答える。
「あー……、上手くいきました。ソティスが乗ってるラクダの足元に三発。彼らは私たちに気づいたみたいです。市場の客の中にまぎれました」
「追手は?」
「覚えのある顔が二人います。ソティスたちを追って市場の中に入りました」
シェリルの実況を聞いた双子は、まるで未知の生物でも前にしているかのような顔でウィルを見ている。それはウィルと親しくなった者なら誰もが一度はしたことのある顔だった。そしてスティーブとニックは同様の顔をシェリルに向けていた。
カルロは機嫌良さげに、両手の拳を小さく上に突き上げた。
「大成功だ! 信じる者は救われた! やっぱり君は素晴らしいよ、あの悪魔とは魂の輝き方が違う。本当に兄弟なのかと疑う気持ちを抑えきれない」
「悪魔……」
自分の兄がそんなふうに呼ばれていることに衝撃を受けているウィルの横を素通りして、カルロはスティーブのそばまで歩み寄り彼の肩をポンと叩いた。
「本当に感謝しているよ。この気持ちをどう表現したらいいのかなぁ」
「あの、念のために言っておきますが俺はウィルじゃないですよ」
スティーブの困惑をよそに、カルロは言葉を続ける。
「感謝の印に、君にとても大切なことを教えよう。この監視塔はすごく高い。落ちたら大変だ」
「はぁ……」
「だから、気をつけるんだよ」
そう言った瞬間、カルロはスティーブの体を腕一本で抱えあげ、塔の上から外に放り投げた。
塔の上にはあらゆる悲鳴が響き渡った。ジェイミーとニックは慌てて塔を囲む壁から身を乗り出し、スティーブが落とされた場所を覗き込んだ。スティーブは塔のへりにぶら下がっていた。彼の手はウィルが伸ばした手を掴んでいる。どう見ても生きているが、それでもジェイミーは確認せずにはいられなかった。
「大丈夫か!?」
「見れば分かるだろ馬鹿が! 追え! 早く!」
スティーブに言われて後ろを振り向けば、スプリング家の面々はこつぜんと姿を消していた。出口に通じる螺旋階段を見下ろすと、彼らは全速力で階段を降り出口を目指していた。シェリルはなぜかカルロの肩に担がれている。
「何てことするんですかカルロさん! 離してください! 降ろして!」
暴れるシェリルをものともせず、カルロはまるでサーカスの団員のように手すりを飛び越え一直線に下へと降りていく。双子もそれに続いている。何が起きているのか理解していないジェイミーにニックが声をかける。
「行くぞ!」
一応二人は全力でスプリング家の後を追ったが、薄々気づいてはいたが案の定追いつけなかった。
下まで降りて塔の外に出たとき、カルロと双子はすでに馬に乗って遠ざかっていた。おまけにジェイミーたちが乗ってきた馬も連れて行かれ、残るはシェリルが乗ってきた馬車に繋がれた馬のみ。
馬車に繋がれた馬で彼らに追いつくのも、ましてや走って追いつくのもどう考えても不可能なので、ジェイミーとニックは大人しくスプリング家一行を見送った。カルロの肩に担がれたままのシェリルが叫んでいるのが聞こえる。
「いやぁぁ! 馬に乗るなんて聞いてません! ジェイミー!」
たーすーけーてぇぇぇ、というシェリルの断末魔を聞きながら、二人は顔を見合わせる。
「こういうのがクセになるとか?」
ニックに問われ、ジェイミーは引きつった笑みを返すことしかできなかった。




