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53.試合開始

 カルロやダミアンと顔を合わせたことで、シェリルは正気を取り戻した。ジェイミーに対してずいぶんとひどい態度を取ってしまっていたことに、今さら気づく。カルロ、ダミアンと共に宿舎に向かう道中、謝ったが、笑いながら気にしていないと返された。彼は未だに、シェリルとレグルス国軍の兵士たちが鉢合わせしないかどうかを気にしていた。ダミアンの話では、レグルス国軍はすでに宿舎から引き上げたそうだが、もしそうでなくても、顔を合わせた瞬間に髪の毛を掴まれて引き回されるなんてことは無いだろうに。仮にそうなったとして、それはそんなに恐れるほどのことなのだろうか。


 思ったままを伝えると、ジェイミーは、自分がヌブと監視塔で対峙していたときに、なぜ迎えに来てくれたのかとシェリルに尋ねてきた。シェリルが質問に答える前に、彼は、その時の気持ちと同じだと言葉を続けた。


 シェリルは改めて思い返す。あのときは、ジェイミーが自分と同じことをされるのではないかと、とにかく怖かった。だけどそれは、ジェイミーだからだ。ジェイミーは、一緒にいるだけで幸福をくれる人だから。だから自分は彼を守るために、もっともっと強くならなければならない。それがシェリルの役割なのだ。誰に殴られたとしても、気にしてはいられない。


 そこまで考えて、シェリルはなぜか、奴隷小屋にいた頃のことを思い出した。シェリルが怒鳴られたとき、(むち)で打たれたとき、母は泣いていた。母が同じ目に遭ったとき、シェリルも泣いた。それは家族だったからではないのだろうか。


 カルロに買われてから、シェリルのために泣いた人はいない。シェリルもそれに(なら)って、仲間に何があっても泣かなくなった。それは家族ではないからだと思っていたが、違うんだろうか。


 カルロや双子が冷たいわけではないと分かっている。シェリルも彼らのことが好きだ。いなくなったらすごく困る。母とも、ジェイミーとも比べられない。でも何が違うのか、上手く説明できない。


 なぜか不安になって、ジェイミーの手を握った。それでどうして安心できるのかも、シェリルには分からなかった。


 宿舎の図書室に行くと、そこにはアンタレス国軍の兵士たちが集まっていた。彼らの中心には、いつぞやのように首に縄を巻かれたスティーブと、縄の端を握ったアメリアの姿があった。アメリアはシェリルの姿を目に止めた途端、駆け寄ってきた。


「可哀想に。ボロボロじゃないの」


 アメリアがシェリルの側に来るということは、スティーブも側に来ざるを得ないということである。シェリルを抱き寄せるアメリアの隣で、縄に繋がれているスティーブは仏頂面のままカルロに言った。


「反乱軍を見張っているんですよね」

「その、いつ何時でもどんな状態でも偉そうでいられる秘訣は何なんだ?」

「カルロさん、この子、手強いです。何をしても折れません」


 犬にするようにスティーブの頭を撫でながら、アメリアはほうとため息をつく。ダミアンが呆れた声を出す。


(しつ)け方が足りないんだよ」

「だってこんなに可愛い子犬ちゃんに、酷いことはできないわ」

「それなら、可愛くスプリング家を裏切る子犬ちゃん、ちょっと話をしようか」

「その可愛さで私たちを納得させてね」


 軍の仲間の面前で、自分よりも小柄な双子に両側から腕を掴まれながら、部屋の中心に移動させられているスティーブの表情は十分に心折れたもののように見えるが、双子にとっては不十分らしい。スティーブは双子に挟まれた状態で、三人がけの革張りのソファーに座る。その正面に置いてあるテーブルに、カルロが腰を下ろした。


「さて、それじゃあ、アンタレス国軍の子犬ちゃん。スプリング家を裏切った理由を聞かせてもらおうか」


 カルロに尋ねられたスティーブは、それはそれは怠そうなため息をついた。それは、シェリルと再会したときに彼がついたため息と、全く同じものだった。


「裏切ってません。時間を節約したんです」

「節約どころか、今までの努力が水の泡だ。せっかく協力して兵器の隠し場所の候補を五つにまで絞ったんじゃないか。あとは一か所ずつ確認するってところまで来てたのに、今になって反乱軍を警戒させてどうする」

「アンタレス国軍が暴動の標的になった今、一日も猶予はありません。標的はレグルス国軍だと、反乱軍に認識させる必要があります」

「ソティスは兵器の隠し場所をレグルス国軍に知られたと思ってる。すぐにでも現場に行って確認するはずだ」

「だから聞いたんです。反乱軍を監視しているんですよね?」


 カルロはうんざりとした顔で頭を押さえた。


「後をつけて隠し場所を突き止めたとして、どうしろっていうんだ。レグルス国軍が恐れる兵器を持ったソティスに対して、どうしろと?」


 警戒心を強めたソティスは兵器周辺の守りを強化するだろう。下手をしたらその場から動かなくなるかもしれない。身の危険が無かったから、彼は今日の今日まで遊び呆けていられたのだ。自分の命を保証している兵器に敵が近づこうとしていると知った今、何をするか分からない。下手をしたら、今以上に多くの血が流れる結果が待っているかもしれない。


 カルロの主張に、スティーブは呆れたような笑いを返した。


「後をつける? 先回りするんじゃなくて? あんたら本当に世界中に名を知られた秘密組織か?」


 三方向をその秘密組織の人間に塞がれながらこんな口を利ける彼は、確かにアメリアの言うとおり、手強いに違いなかった。カルロたちがスティーブの精神を本気で折ることを試みる前に、シェリルは慌てて声を上げた。


「反乱軍への密告は、どうやったの?」

「イブの手を借りて、ソティスに直接警告した」

「イブに話したの!?」


 シェリルの反応に、スティーブは顔をしかめる。


「まずかった?」

「イブは女王のスパイだ。シェリルの予想ではな。つまり今頃、レグルス国軍も反乱軍を見張ってる。お前が流した嘘のおかげで兵器のありかを突き止めるチャンス到来ってわけだ」


 カルロの言葉に、スティーブは顔色一つ変えなかった。


「問題ない。反乱軍とレグルス国軍よりも先に兵器の隠し場所を占拠すればいいだけだ」

「それは……俺たちにそうしろって言ってるんだよなぁ。自分がそうするって言ってるんじゃなくて」

「アンタレス国軍にそんなこと出来るわけないでしょう。他に誰が? 自信ないんですか?」


 部屋には数秒間、静寂が訪れた。カルロはスティーブの顔をじっと見つめ、彼の真意を探っているようだった。スティーブは一見、宿舎が襲われたことで冷静さを失っているようにも見えるが、ただスプリング家の妨害をしているということもあり得る。彼にはそれをする動機も、前科もある。シェリルは焦った。もし後者だと判断した場合、カルロはスティーブのことを、殺すかもしれない。


 緊迫した空気の中、ダミアンが突然立ち上がった。


「あー、もう嫌だ! やってられるか! こんな生活!」


 そう叫んで、ダミアンは部屋の出口に向かって歩き出した。カルロは呆気にとられながらその背中を目で追う。


「おーおー、どうしたどうした。戻ってきなさい、ダミアン」

「どうしたかだって? ストレスが大爆発したんですよ! 何だって毎日毎日、誰に褒められるわけでもないのに子どもの世話に明け暮れて、しかも金を稼ぐためにこんなに努力しなきゃならないんだ? 別に俺たちだって女王の金なんか欲しく無いんだよ。何でこんな、食うに困ったこともないような奴にやり込められなきゃならないんだ。俺たちが何したってんだ!」


 一応、カルロに呼び止められたダミアンは立ち止まり振り返ったが、今にも部屋ごと破壊しそうなほど怒り狂っている。カルロはダミアンの側に歩み寄り彼の肩を抱く。


「辛かったなダミアン。大丈夫、カルロさんがついてるぞ」

「もう嫌だ……俺も恋人に(かくま)われて守られたい……」

「お前なら出来る。誰だって匿いたがるさ」

「実は匿いたがってる相手がいるんです。最近婚約したんですけど」

「また結婚するのか? 一国に一人配偶者を持つことでも目指してるのか? 常にあらゆる価値観に寛容であろうと心がけている俺でもちょっとどうかと思うぞ」


 カルロは言いながら、ダミアンの肩を抱いたまま再びスティーブの向かい、テーブルの上に腰を下ろした。アメリアもダミアンの隣に移動し、彼の肩を抱く。


「元気出しなさいダミアン。こんないたずら好きの子犬ちゃんに負けてちゃだめよ」

「負けてもいい……。南の島でバカンスするんだ……。もうどうなったっていい……」

「ここは俺に任せなさいアメリア。俺はセミナーで生きづらさを抱えた人間の救い方を学んだんだ」


 カルロは咳払いしたあと、両手で顔を覆ってうなだれているダミアンに優しく語りかけた。


「ダミアン、想像するんだ。目の前に、細長い廊下がある。そこを歩いていくと、小さな扉が見えるだろう。その扉を開けると、幼い子どもがうずくまっている。今のお前のように、泣いているようだ」

「誰なんですか、この子供は……」

「子供の頃の俺だ」

「あんたかよ! なんで俺の精神世界にいるんだ! 出てけ!」


 暴れだしたダミアンをカルロはまぁまぁまぁと落ち着かせる。


「その子どもを救うことがお前の仕事だ。そうすることでお前自身も救われる」

「自分でやれ!」

「ピンクのモヤで、包むんだ。こう、ふんわりと。イメージしなさい。その子が救われるところを」

「ちなみにこのピンクのモヤは何なんですか」

「母の愛だ」

「いねぇだろ!」

「あ、言ったな!」


 ダミアンとカルロが世界一くだらない口論をしているすぐ側で、アメリアはスティーブにお手とおかわりを教え込むことを試みている。


 自分はよく彼らと八年も一緒にやってきたな、とシェリルが考えていたら、覇気のない声が部屋に飛び込んできた。


「カルロさーん、ソティスが動き出しましたよ。ラクダに乗って護衛と一緒に古城を出ていきました」


 スプリング家の仲間であるディアナが図書室に現れる。カルロは立ち上がり、準備運動をするように肩を回す。


「試合開始か。どっちに行った? 東? 西?」


 ディアナはしばらく宙を見つめたあと、口を開いた。


「東……ってどっちですか?」


 カルロはダミアンの隣に再び腰を下ろし、彼と同じように両手で顔を覆った。

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