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52.スプリング家の秘密兵器

 ジェイミー、シェリル、カルロの三人はとりあえず、スプリング家の基地に移動することになった。もうシェリルの正体を隠す必要が無くなったため、回り道をせず一直線にそこへ向かう。アンタレス国軍の宿舎が攻撃されたことはすでに知れ渡っているらしく、町にはどことなく緊張感が漂っていた。


 スプリング家の拠点である仕立て屋に着いてすぐ、シェリルがジェイミーに言った。


「レオが心配でしょ」


 ジェイミーは最初、嫌味を言われたのかと思ったのだが、会話をしていくうちにそうではないと分かった。彼女は本気で、なぜジェイミーが自分を宿舎の外に連れ出そうとしたのか、理解していなかった。このシェリルの、恐怖や痛みに鈍感な所が、ジェイミーは本当に恐ろしかった。同時に、彼女の過去がどんなものだったのか嫌でも想像がついて、もどかしく思った。


 正直、レオやリリーのことは心配だった。しかし自分よりもはるかに役に立つ者たちが宿舎に大勢いることは分かっている。だからためらわずにシェリルを優先できた。こうやって家族と天秤にかけていたくせに、ジェイミーはシェリルが未だに自分を頼ってくれないことに不満を持っていた。


 昨夜、不安定になっていた彼女と一夜を共にしたが、関係が進んだと思った次の瞬間には距離を置かれたりして、はっきり言って落胆した。期待させられたあとに裏切られたような気がして、怒りさえ覚えた。


 そしてふと、ヌブの言葉を思い出した。


 奴隷制を手放せないこの国の現状を語った彼は、ジェイミーに向かって、『君だって例外じゃない』と言った。


 ジェイミーの言葉ひとつで、シェリルは宿舎に大人しく留まった。それは本当に彼女の身を案じていたからやったことだった。それと同時に、頼る相手が自分しかいないという状況が出来上がったことに、満足している自分にも気づいていた。心細くなって当然の状況で、それを求められていると錯覚したのだ。


 カルロがなぜ『たった2週間で部下に尊敬されるコーチング術』という本を読んでいるのかということについては、突っ込みたくもないが、少なくともジェイミーは彼のことを尊敬している。明らかに社会的な立場が欲しくてスプリング家の活動を全うしようとしているのではない。そうであれば自ら奴隷になどなるはずがない。大体、大金を稼ぐだけなら彼一人で事足りるはずだった。護衛としてなら、雇いたがる富豪は山のようにいただろうに。それを、組織として国に雇われることにこだわっているのはきっと、自分がいなくなった後のことを考えているからだろう。


 シェリルや双子が彼に辛辣な口を利けるのは、彼がそういう存在であろうとしているからだ。それだけの愛情があっても、明らかに不完全な心を抱えた彼女を、どうして自由にさせられるのだろうか。それが正しいことかどうかなんて分からないが、ジェイミーにはとても難しいことだった。


 その日、ジェイミーはスプリング家の基地で一夜を過ごした。当然のようにシェリルと同じ部屋で休むことになったが、相当に気まずく居心地が悪かった。おまけに宿舎の状況がわからないことにも苛立った。ジェイミーはここ一週間のシェリルの気持ちが少し分かったような気がした。


 翌朝、スプリング家の子どもたちの世話に追われているところに、双子の片割れであるダミアンが現れた。彼は一晩中留守にしていたが、再会したときと同じく、憤りをあらわにリビングに現れた。


「あの野郎、爆弾を落としやがった!」

「何だ、また暴動か?」


 カルロは子どもたちの歯を慣れた手つきで磨きながら、片手間に尋ねる。ダミアンは歯磨きから逃れようと暴れている子どもを両手で固定しながら、苛立ちを隠さない口調で言った。


「今のは比喩です。スティーブがやらかしてくれましたよ。ジェイミー君、あいつ本当にとんでもないな!」


 虹色の雲に乗る夢が見られなかったと言って泣いている子どもを慰めながら、ジェイミーはなんとも言えない表情を返す。


「とんでもないのはまぁ、その通りですが……」


 スティーブが衝動的にヘマをやらかすことは絶対にない。カルロも分かっているのだろう。特に動じている様子はない。


「奴が何をやらかしたんだ?」

「レグルス国軍が兵器の在り処を突き止めて隠し場所を占拠しようとしていると、反乱軍に密告しました」

「突き止めたのか?」

「さぁ、それはレグルス国軍と手を組んでるやつの方が詳しいんじゃないですか?」


 当てつけがましく話を振られて、ジェイミーは慌てて首を横に振った。


「もう彼らとは手を切りました」

「ジェイミーに八つ当たりしないで」


 靴下を履きたくないと駄々をこねている子どもと格闘しながら、シェリルが言った。ダミアンはシェリルの言葉を聞いて、はっと乾いた笑いをこぼした。


「これはこれは、囚われの姫、息災でなにより」

「朝から喧嘩はやめなさい。レグルス国軍の動きは?」

「まだ何も」

「反乱軍は?」

「外から見張っているだけですが、まだ動きはありません」

「スティーブは今どこにいる?」

「宿舎にいます。アメリアが(しつ)け直してます」


 カルロはダミアンの返事を聞いてしばし考え込む。それから勇ましい表情で立ち上がった。


「諸君、我々は今日、あれを発動する」


 彼がそう言ったとたん、シェリルとダミアンは息を吸い込むような悲鳴を上げた。シェリルが口を開く。


「カ、カルロさん、今月はもう十回も発動しています」

「十一回だ。お前がいない間に一回増えた」


 ダミアンも青い顔で声を上げる。


「予算不足です。もうひねり出すものがありません」

「俺を信じろ。人生にはここぞという瞬間がある。今がそれだ」

「今月だけでも十一回同じこと言ってますよ」


 話についていけていないジェイミーに、シェリルは説明した。カルロの言うあれ(・・)とは、スプリング家が絶大な信頼を寄せている子守りを呼び出すことらしい。彼らはプロフェッショナルな仕事ぶりによりスプリング家の雑務を瞬く間に片付けてくれるらしいが、優秀な分値が張る。軽々しく何度も雇える者たちではないという。


「あの、ずっと気になってたんですけど……スプリング家は陛下から譲り受けた炭鉱を持ってますよね。それでも支払いが追いつかないんですか?」


 ジェイミーの問いにカルロたちはうつろな視線を返す。


「あれでかろうじて首が繋がってる。ローリーには言うなよ。絶対に」


 口にしなくても自分でも気づかないうちに突き止められてしまいそうだが。ああ、だから自分はスプリング家に避けられていたのかと、ジェイミーは一人納得した。

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