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51.女王のスパイ

 カルロの言葉に、シェリルとジェイミーは驚かなかった。シェリルの正体はすでにレグルス国軍にバレている。その情報が反乱軍に伝わったというのは驚くことではない。ただひとつ不可解なことがあるとすれば――。


「早すぎる」


 ジェイミーが独り言のように呟いた。カルロはその言葉に頷く。


「そうだろう? 女王がタダで反乱軍に情報を与えるか?」


 もしスパイの正体を教える代わりに、武器や金や捕虜を手に入れたのなら、もっと交渉に時間がかかっているはずだ。そしてそんな交渉が行われたなら、女王やレグルス国軍を見張っているスプリング家は気づいたはず。


牽制(けんせい)したんじゃないですか? 私が自分の正体を、ヌブたちに正直に話さなかったから」

「牽制したいなら俺の正体をバラすだろう。俺の正体をレグルス国軍は知ってる。あえてお前の正体をバラした理由は?」


 カルロは本気で悩んでいるらしい。腕を組みうんうん唸っている。

 シェリルは改めて考えてみる。確かに、スプリング家を牽制したいならシェリルではなくカルロの動きを封じる方が利口である。ヌブたちはシェリルのことを殺そうと思えば殺せた。だがカルロが相手ならそうはいかない。


 大体、反乱軍に潜入することは難しくないことだ。奴隷であれば誰でも入れる。現にシェリルは数人、所有者に命じられて反乱軍に潜入している奴隷を知っている。当然女王にその情報は伝えたが、彼女はその事実を全く気に留めなかった。


 カルロと双子はシェリルの正体が女王にバレると危険だとジェイミーを脅したが、シェリルは全く危険を感じていなかった。何度そう説明してもジェイミーは聞き入れてくれなかったが、今でも本気でそう思っている。それくらい、女王は反乱軍の内情に無関心だった。彼女には、すでに情報を流してくれる駒がいると考えると、シェリルが流す情報に興味を示さなかったことにも説明がついた。


 カルロの話では、シェリルの正体がバレたのは、昨日行われた演説集会でのこと。ソティスが、シェリルは女王のスパイだと宣言したからだという。その瞬間、反乱軍は疑心暗鬼に陥り、新入りのカルロは思うように動き回れなくなったので、誰がソティスにその情報を与えたのか、まだ探ることができていない。しかしその人物が本物の、女王のスパイであることは間違いない。


 この国では奴隷に教育を施すことがよく思われていない。読み書きもできない人間をスパイとして敵陣に送り込むのはちょっと無理がある。

 だから反乱軍に女王のスパイが潜入しているとしたら、その人物は一から教育を施された奴隷か、あるいはカルロのように、既に教育を施されていて、反乱軍に潜入するため奴隷階級に身を落とした人間の、どちらかだ。

 反乱軍が編成されたのはここ数年のこと。女王がそれ以上前から、この事態を想定して奴隷に教育を施していたとは考えにくい。どう考えたって訓練を受けた兵士を奴隷にする方が簡単で安上がりだ。その人物は、女王を崇拝し、彼女のために奴隷になることもいとわない、女王の熱烈な信者――。


「あ」


 シェリルが声を上げたので、カルロとジェイミーの視線がシェリルの方に集まった。カルロが口を開く。


「何だ」

「バレたんじゃない。バレたと思ったんです」

「は?」

「バレたんじゃありませんカルロさん。バレたと思ったんです」

「聞こえたよ。何を言ってるのかは分からんが」


 怪訝な顔をするカルロを無視して、シェリルはその場を行ったり来たりしながら考えを整理する。


「イブは女王のスパイだった。ソティスを見張るつもりが、私と鉢合わせてとっさに嘘を……」

「イブ? 反乱軍の?」


 カルロの問いにシェリルは頷いて見せる。それからかいつまんで説明した。イブと鉢合わせた夜のこと。その後何度も、その夜に鉢合わせたことを蒸し返すような行動を取ったことを。


「レグルス国軍は、私がイブの正体に気づいたんじゃないかと、疑ってたんです。だからしつこく身辺を探ってきて……。まだバレてませんカルロさん。奴ら確信がないのに、安全策をとって先手を打ったんです」

「仮の話だろ」

「私の勘が! そうだと言ってるんです! こうしちゃいられません。イブと話さないと……」


 言いながら歩き出そうとした瞬間、カルロがシェリルの首根っこを掴んだ。


「おーっと、また悪い癖が出たぞ。落ち着きなさい。イブと話して何をどうしようっていうんだ」

「彼女も私たちと同じように、兵器のありかを探っているはずです。知ってることを全部吐かせて情報を手に入れないと……」

「イブから聞き出さなくても、イブを差し出してソティスの懐に入ればいいだろう。彼女を誘拐でもして女王と交渉してもいい」

「そんなの駄目です!」


 シェリルは思わず声を上げた。そんなことをしたらイブの人生は終わるも同然だ。


 初めて反乱軍の集会に参加した日、声をかけてくれたイブ。奴隷仲間が所有者に傷つけられるたびに、率先して助けを呼びかけていたイブ。シェリルとジェイミーの再会を、後押ししてくれたイブ。そんな彼女が、反乱軍からは裏切り者として扱われ、レグルス国軍からは内部の情報を漏らす危険がある爆弾として処理されるなんて。カルロだって誘拐した彼女を丁重に扱うつもりなどさらさらないだろう。そんなことは絶対にあってはならない。


 シェリルの必死の主張にカルロが心動かされている様子はない。


「俺たちだって人生がかかってるんだ。イブの人生に構ってる暇なんかない」

「薄情! 冷血漢! 極悪非道!」

「なんとでも言え。どのみちお前はもう反乱軍とは関われないぞ。奴らにとっては裏切り者以外の何者でもないからな」

「だからもう怖いものはありません!」


 シェリルは言いながらナイフを取り出し、首根っこを掴んでいるカルロの腕目掛けて振り切った。カルロはすかさず手を離し、シェリルの足を払う。バランスを崩したシェリルをジェイミーが慌てて受け止める。再びカルロに攻撃をしかけようとするが、ジェイミーの腕がそれを阻んだ。


「離してジェイミー! 今こそ革命のときよ!」

「革命は怪我が治ってからの方が良いと思う」

「感動したよジェイミー君。俺のことを守ってくれるなんて」

「もしイブに手を出したら、俺が反乱軍に、あなたの正体を伝えます」


 シェリルはジェイミーを二度見した。まさかジェイミーがカルロを脅すとは。カルロもさぞ驚いているだろうと思い視線を移すと、カルロは何やら含み笑いをして、それからゆっくりと両手を叩き、拍手し始めた。


「合格だ、ジェイミー君」

「それやめてください」

「それとは?」

「俺が何か反抗的なことを言うたびに雰囲気出しながら成長を祝うのやめてください」

「褒められるのが嫌なのか? 変わってるなぁ」


 カルロは最近、『たった2週間で部下に尊敬されるコーチング術』という本を読み始め、それ以来こうやって些細なことで懐の深さをアピールしてくるのだと、ジェイミーはうんざりした顔で教えてくれた。

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