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50.やりたい放題

 シェリルが軍の宿舎にとどまるようになってから五日が過ぎた。


 協力する、というジェイミーの言葉に嘘はなく、彼はスティーブと共にしょっちゅう出かけてはカルロの手となり足となり働いているらしかった。シェリルはジェイミーにカルロ宛の手紙を託した。ジェイミーに(ついでにスティーブにも)無茶をさせたらとにかく酷いことになるからな、という怨念を込めた手紙が効果を発揮しているのかは分からないが、今のところ彼らは元気である。


 今日はジェイミーは訓練を終えてからカルロと落ち合うことになっていた。ジェイミーが訓練をしている間、シェリルは図書室で本を読んでいた。最初の頃はジェイミーの弟のお守りをしようかと考えていた。ジェイミーもそうしてくれたら助かると言ってくれた。しかしそれは絶対にやめたほうがいい、とリリー、ニック、ウィルに熱心に説得され、シェリルは彼らの熱意に負けた。恐らくレイチェルの気持ちを慮ってのことだろう。シェリルはそう理解して、ジェイミーが宿舎を留守にしている間は図書室にこもることになった。


 ジェイミーは自分が情けないと言っていたが、シェリルこそ自分が情けなかった。ジェイミーの願いを何でも叶えると豪語してから二年足らず。こうも落ちぶれるものか。今やジェイミーがシェリルの役割を担っている有様である。


 自分の役割を投げ出して恋人の元に匿われているシェリルのことを、仲間たちはどう思っているだろうか。そんなことを考えて、一日一回は不安に襲われた。ジェイミーのことは信頼しているが、彼がシェリルの人生の問題を肩代わりできないことは分かりきっていた。心配されていることは分かる。守ろうとしてくれていることも分かる。もちろん嬉しい。しかしシェリルは今、とても惨めだった。


 昨夜、急に今の状況が不安でたまらなくなって、ジェイミーの部屋を訪ねた。彼は当然のように優しくしてくれたし、シェリルが押し切る形で、一線も越えた。本当に理不尽だと思うが、シェリルはジェイミーに腹を立てていた。彼はどうしてシェリルがそうしなければならないと思ったのか、理解していないだろうから。


 そろそろ軍の訓練が終わる、という頃合いに、事件は起きた。突然、建物中に爆発音が響き渡った。その音を聞いてシェリルは、何が起こったかすぐに悟った。


 大急ぎで爆発音のした方に向かう。そこは運の悪いことに多くの人が集まる談話室だった。室内に被害はない。さすが、レグルス国の建設した宿舎である。しかし焦げ付くような臭いが部屋に充満しており、その臭いは壁の向こうにある中庭の惨事を思い起こさせた。


 反乱軍の暴動は、建物を爆破した後こそ厄介だった。彼らはソティスから授けられた爆弾を使って建物を攻撃したあと、逃げ惑う人々に向かってしつこく火炎瓶を投げつける。使い方もよく知らない銃を使って恐怖を煽る。


 仲間のふりをして参加していた暴動の様子をシェリルは思い返した。暴動が起こることは反乱軍はもちろん、レグルス国軍も、あらかじめ皆把握していた。何も知らないのは攻撃される人々だけだった。自分の力ひとつで被害を防げたらどんなにいいだろうかと、シェリルは常に考えていた。


 それでも、もし自分が今でも反乱軍への潜入を続けていたら、この暴動だけは防ぐことができたのだ。誰に反対されようと、情報を手に入れた時点でアンタレス国軍には、ジェイミーには絶対に忠告した。どうして役に立てたはずのタイミングで、自分はのんきに読書なんかしていたのか。


 部屋から避難する人々の流れに逆らって、シェリルは裏庭に続く扉から外に出た。想像したほど裏庭の被害は大きくなかった。宿舎を取り囲む塀も、破壊されていない。ちょっとしたボヤ騒ぎがあったと言えるくらいのものだった。


 しかし、しばらく待っていたら予想通り、塀の向こうから火炎瓶が飛んできた。シェリルはそれが地面に落ちる前に手で受け止めて、飛んできた方向に投げ返した。塀の向こうから、ぎゃ、と短い声が聞こえてきた。


 もう一度くらい投げ返そうかと考えていたら、突然背後から腕を掴まれ宿舎の中に引っ張り戻された。


「イカれてんのか!?」


 失礼な質問をぶつけてきたのは衛生隊のロイドである。シェリルはいつの間にか空っぽになっている談話室を見渡したあと、ロイドに視線を戻した。


「私今、最高にむしゃくしゃしてるの」

「ああ、本当に、ジェイミーに同情する」


 嘆くように言ったあと、ロイドはシェリルを宿舎の奥に連行した。宿舎と訓練場は目と鼻の先にあるため、避難場所と化した食堂には、すでに軍人たちの姿があった。


 食堂では、爆発音に驚いた子どもたちが声を上げて泣いていた。シェリルはその光景を見て胸が痛んだ。この光景が自分のせいのような気がしていた。


 シェリルが自責の念に駆られていたら、ジェイミーが駆け寄ってきた。


「大丈夫か? 怪我は?」

「もう監禁しとけ!」


 ロイドはそう言ってシェリルをジェイミーに押し付けたあと、怪我をしている者はいないかと呼びかけはじめた。ジェイミーはシェリルの様子をひと通り確認したあと、腕を掴んで部屋を出ようとした。


「もうすぐレグルス国軍も駆けつける。その前に宿舎を出よう」


 シェリルはなぜジェイミーがそんなことを言うのか分からなかった。彼らはすでに、シェリルがアンタレス国軍の宿舎に滞在していることを知っている。もう今さらここにいることを隠しても意味がない。


「どうして?」


 シェリルの疑問に、ジェイミーは困った顔を返した。その表情から、自分が何か常識外れなことを言ってしまったということを理解した。


 ジェイミーはシェリルの問いには答えずに、再びシェリルの手を引いた。


「行こう」


 言われるがまま足を踏み出そうとしたとき。突然何者かに行く手を阻まれた。


「酷いじゃないかシェリル、カルロさんをいじめたな」

「ちょっと何でここにいるんですかカルロさん!」


 なぜか目の前に、カルロがいた。全く気配を感じなかったので、シェリルは心底驚き思わずジェイミーにしがみついた。カルロはシェリルの驚きなど無視して、おどろおどろしい表情で言った。


「火炎瓶を投げたな。危うく火だるまになるところだ」

「あそこにいたんですか? 何してるんですか本当に」


 たまたま通りかかったわけではあるまい。混乱するシェリルをよそに、ジェイミーは焦った声を出す。


「早く行こう」

「俺も奴らに顔を見られるのはまずいなぁ。近くに神殿がある。来るなら来い」


 そう言ってカルロはとっとと部屋を出ていく。シェリルは慌ててその背中を追った。




 もはや何の神を祀っていたのかさえ分からないほど、古び廃れた神殿に三人は移動した。道すがら、カルロは宿舎にいた理由を説明した。


 カルロが言うには、彼は反乱軍がアンタレス国軍の宿舎を攻撃するという情報を、前もって入手していたのだという。そしてその情報を元に爆弾を加工したり、被害が最小限になるであろう場所に攻撃を仕掛けるようそれとなく兵士たちを誘導したりと、本人曰くめちゃくちゃよく頑張っていたのだという。


 神殿に到着してすぐに、シェリルは尋ねた。


「暴動の情報をどこから手に入れたんですか?」

「それはもちろん、反乱軍だよ。これをごらん」


 言いながら、カルロは左腕の袖をまくった。シェリルは数秒間、息をするのを忘れた。


「嘘……」

「本物だぞ」

「何で……」

「苦手を克服することが人生を豊かにすることに繋がると『生まれ直し〜あなたが幸せになれないたった一つの理由〜』というセミナーで学んだんだ。人生のどん底から這い上がり成功した各界の著名人が一同に介し素晴らしい教示を――」

「知ってた?」


 カルロの腕にある烙印を指し、ジェイミーに尋ねる。ジェイミーは呆気にとられた表情のまま、首を左右に振った。


 カルロが突拍子もないことは以前から分かりきっていたことだが、さすがに今回ばかりはなかなかなか事態を飲み込むことができない。


 カルロが言うには、彼の所有者は道ばたで今にも死にそうになっていたホームレスだそうだ。寝床をやるのであんたの奴隷にしてくれと、朦朧としている彼に話しかけたらしい。


「私を引きずってでも連れ戻せばよかったのに……。いえ、決してそうして欲しかったわけではないですが、いつもならそうしたでしょう」

「ジェイミー君の鉄壁防御に立ち向かえと? それに親の期待を子供に押し付けてはならないって『子供を成功に導くための一日十分の習慣』という本に書いてあったからなぁ。この本は興味深かったよ。タイトルと内容が矛盾してるところが特に」

「そうまでして暴動を防ぎたかったんですか? そんな良識無いでしょう。どうしちゃったんですかカルロさん」

「いや暴動を妨害したのはおまけみたいなもんだ。お前に話しておくことがあってわざわざこうやって足を運んでやったんだどうだありがたいだろう」

「話? 何ですか?」

「シェリル、お前の正体が反乱軍にバレた」

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