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49.すれ違う人々

 宿舎に戻ってきたジェイミーを見て、シェリルは嘆息した。カルロはずいぶんとジェイミーをいじめてくれたらしい。彼は見るからに疲れ切っている。


「私、カルロさんを倒してスプリング家を乗っとるわ」

「絶対に無理だからやめた方がいい」


 もう少し期待を寄せてくれてもいいと思うが、ジェイミーの助言に対しては反論の余地がない。幼いころ、カルロの何かに腹を立てて子供心にもちょっとやり過ぎかなと思えるくらいのいたずらを仕掛けまくったのに、全て軽くかわされてしまったことを思い出す。しかしシェリルがカルロの上に立たないことには、ジェイミーはこの先も苦労が絶えないに違いない。


 ジェイミーがカルロに会いに行っている間、シェリルは大人しく宿舎の談話室で彼の帰りを待っていた。というより軟禁されていた。スティーブがウィルとニックに、シェリルを宿舎から出さないよう命じたせいである。こういうときだけ二人は上官の指示をよく聞くようだ。


 ジェイミーは業務連絡のように、カルロとどんな話をしたのか教えてくれた。内容は「手伝うよ」「ありがとう」というやり取りをしただけというものだったが、それだけでこんなに疲れるわけがない。カルロは絶対にジェイミーに大変な仕打ちをした。


 今日騎士隊は訓練が休みのようで、皆暇そうに談話室をうろついたりしていた。てっきりジェイミーもゆっくりするのかと思っていたが、外を走ってくると言うではないか。この炎天下に。シェリルはジェイミーの腕を引っ張って談話室を出て、人気の無い廊下に移動した。


「どうしたのジェイミー、様子が変よ」


 ジェイミーはしばらくだんまりを決め込んでいたが、突然、シェリルの体を抱き寄せた。


「ジェイミー?」

「何か、自分が情けなくて」


 耳元で呟くジェイミーの声は今にも消え入りそうだった。やはりカルロに精神を破壊するたぐいの嫌がらせでもされたのか。


 落ち込んでいるジェイミーを元気づける方法をシェリルは急ぎ考えた。しかしこれといった名案は思いつかず、ただ抱きしめ返すことしかできなかった。





 レイチェルは廊下のすみで抱き合う二人を見かけて、いったいこの世の中はどうなっているんだと空に向かって叫びたくなった。人前でいちゃつく恋人たちには不満はない。レイチェルだって似たようなことをしたことはある。しかしわざわざ片思いしている相手が恋人と抱き合っている場面に出くわしたいわけはない。ついさきほどまで彼の弟をあやしていた。ようやく寝かしつけたと思った矢先にこんな仕打ちあんまりではないか。


 さして気にしていない風を装いながらレイチェルは二人のそばを通り過ぎ談話室に足を踏み入れた。リリーの隣に座り、テーブルの上に常に並べられているやたらと美味しい焼き菓子に手を伸ばす。この国に来てから太った気がする。


「兄さんは昨日から絶食モードよ。落ち込むとああやって自分を罰するの」

「ええ、よく知ってる」


 レイチェルにつられたらしく、リリーもテーブルの上のクッキーに手を伸ばす。


 二人で無言でクッキーを咀嚼したあと、レイチェルは憤りをリリーにぶつけた。


「私が誘拐されたときはあんなに落ち込まなかった」

「分かりやすいわよね」

「確かに彼女は気の毒だけど、いつかこうなるって皆知ってたでしょ。ジェイミー様だって覚悟してたはずよ。私いま酷いこと言ってる?」

「レイチェル様、そのとおりよ。こんなことが続いたら兄さんは持たないわ」


 そう、その通りなのだ。生まれたときから現在まで綱渡りをし続けているような相手に身も心も捧げるなどもはや狂気といえる。恋愛とは生活の質を向上させるためのもので苦しむためのものではない。被虐趣味でもあるというのなら、別として。


「私に対する嫌がらせなんじゃないかと思えてくるの」


 さっきまでレイチェルの言葉に頷いてばかりだったリリーが、急に黙り込んだ。それは違うと思われているのだろう。確かに、眼中にもないと考えるほうが自然だ。


「前にも言ったけど、兄さんは好きと言われれば好きになっちゃうようなどうしようもない人よ。今は弱ってるし、チャンスよ、レイチェル様」

「彼女が嫌いなの?」

「嫌いじゃないけど、私も一応、兄さんには幸せになって貰いたいもの。だから兄さんの相手は、兄さんのことを最優先にできる人じゃなきゃだめなの」


 それは言い方を変えれば都合のいい女が必要ということではないだろうか。そしてレイチェルはまさに彼にとって都合のいい女の素養を持ち合わせている。いや、はっきり言って、相手が誰だろうがそういう振る舞いをしてしまう誰に対しても都合のいい女だ。


 レイチェルにはジェイミーの気持ちがわかる。自分と同じだから分かる。相手の期待に応えることで相手にも好きになってもらえると思っている。好意を向けられたから好きになるのではなく彼は誰でも好きだ。ハデス伯爵の滅茶苦茶な要求にさえ、彼女と出会うまでは必死に応えようとしていたくらいだ。


 とはいえ、チャンスだというリリーの言葉も無視できない。彼女がジェイミーにとって特別な存在だとしても、なし崩し的にどうにかできそうだと思わせてくれるのがまた、彼の魅力なのである。


 レイチェルは一度だけ見学した、騎士隊の訓練で見た光景を思い返した。腕立て伏せ十回、と命じられれば何をしていようと命じられた者はその場で腕立て伏せを始める。走れ、と命じられれば反射的に走り出す。


 もしレイチェルがジェイミーに、好きになれ、と命じたらどうなるだろうか。そんな光景を想像して、レイチェルは自分の考えのあまりの馬鹿馬鹿しさに笑えてきてしまった。隣りに座っているリリーは、一人で笑っているレイチェルを見て怪訝な顔をしたあと、レイチェルの額を触って熱がないか確認していた。

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