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4.便利屋ジェイミー

 その部屋は、遠路はるばるやってきた客人たちのために色鮮やかに飾り立てられていた。


 褐色のレンガを積んだ壁は、白い漆喰(しっくい)で綺麗に塗りつぶされている。部屋には列柱(れっちゅう)室を模したオブジェがあり、細かい彫刻がところ狭しとほどこされている。ロープを連ねたカーテンには、惜しむことなく金糸が編み込んである。


 そしてその部屋にいる男たちも、部屋を埋め尽くすほどの花や装飾品に負けず劣らず、華やかな風貌をしている。


「参ったなぁ」


 ポツリと吐き出されたその声の主が誰なのかは、さして重要ではない。なぜなら参っているのはこの部屋にいる者たち全員であり、声の主は彼らの心境を代表して音にしただけに過ぎないのだから。


 重苦しい空気の中、式典用の軍服に袖を通し黙々とボタンを留めていたジェイミーは、正面にある姿見に目をやり眉をひそめた。


「人の着替えを鏡ごしに凝視するやつがあるか」

「なぁジェイミー、折り入って相談があるんだ」


 思い詰めたような顔で話しかけてきたのは、騎士隊の同僚であり、上司であり、そして友人でもあるスティーブだった。


「相談?」

「さっきの会議でさ、今の状況をどうにかして陛下に伝えるべきだって話になったんだよ。急使でも、手紙でも、考えられる手段は何でも使って」

「伝えるべきって言われてもな。それができるならこの部屋にはもっと明るい空気が流れてるよ」


 なんの警戒もせずのこのことレグルス国にやってきてしまったアンタレス国軍は現在、非常に困った立場に置かれている。

 去年、レグルス国で行われた演習に参加した騎士は確か、こう言っていた。


『内乱は大したことなかったよ。ものともしてないって感じで、さすが、レグルス国って感じ』


 揉めていることを他国に悟られたくなかったレグルス国が、あらゆる手と金を尽くして戦況を必死に隠し通し、大したことない風を装っていたなどと、彼は恐らく少しも想像していなかったに違いない。ジェイミーとてこの国に入国する瞬間まで不穏な空気に全く気づかなかったのだ。レグルス国の正しい内情を読み取れなかった彼を責める権利はないだろう。


 とにもかくにも今一番問題なのは、国交を嫌うレグルス国の中にいるあいだは、他国と連絡をとる手段が無いに等しいということだ。これは内戦が起こっていようがいまいが変わらない事実だ。レグルス国は国家規模で非社交的なのである。


 演習を行うにあたって、アンタレス国はレグルス国といくつかの取り決めを交わしている。


・いかなる理由があろうと、演習が行われる一ヵ月間、レグルス国から足を踏み出してはならない。また、これ以外の期間、レグルス国に足を踏み入れてはならない。

・いかなる理由があろうと、レグルス国の資源、資産、情報、技術を国外に持ち出してはならない。

・レグルス国には、アンタレス国の人間が外部と連絡をとることを妨害する権利がある。


 制約はいろいろあるけれども、今までは大丈夫だったし。きっとこれからも大丈夫だろう。そんなふわふわした覚悟を持って国境をまたいでみれば、さぁ大変。一年前は大したことなかったはずの内乱は、なんだかすごいことになっていた。あっちでドカン。こっちでドカン。そしてジェイミーたちは思った。もしかして自分たちは、この争いに参戦しなくてはならないのだろうかと。


 レグルス国に滞在する間、隊長代理として騎士隊を取りまとめなければならないスティーブは、珍しく焦っていた。


「これからレグルス国軍の兵に施設を案内してもらう予定なんだけどさ、大勢で行っても仕方ないから、騎士隊が代表して話を聞いてくるようにって上に言われたんだ」

「長旅とこの暑さで皆くたびれてるしな。面倒な仕事を都合よく押し付けられたんだろ」


 ボタンを全て留め終わったジェイミーは、同情心と共にスティーブの方を振り返った。

 副隊長に就任したばかりで右も左も分からないスティーブは、軍の上層部にいいようにこき使われている。おまけに直属の上司が遥か遠くの祖国にいるため、今は庇ってくれる味方もいない。心なしか頬が痩けたように見える隊長代理は、さらに声を潜めて言った。


「隙をみて案内役と交渉するように言われてるんだ。陛下と連絡を取る方法を、何がなんでも見つけてこいって」

「無茶苦茶な。まともに取り合うことないだろ」


 親身になって話を聞くジェイミーの肩に、スティーブがぽんと手を置いた。


「だからさ、隊長代理として命じるわ。お前、俺の代わりにレグルス国の案内役と交渉してきてくれよ」

「前言撤回だ。演習の主旨を忘れたのかスティーブ。困難な環境に身を置かなければ上に立つ者として成長することはできないんだぞ」


 ジェイミーはすっかり失念していた。スティーブの性格を。この才能ある隊長代理は、上官にいびられる可哀想なカモを巧みに演じながら、面倒なことは全て適当な人間に押し付けるつもりなのだ。適当な人間とはつまり、ジェイミーのことである。


「あいつら俺が無様に恥をかくのを期待してるんだよ。誰が望み通りになんて動いてやるもんか」

「俺が無様に恥をかくのはいいのか」

「部下に経験を積ませるのも上司の務めだろ。人は失敗することで多くを学び強くなっていくのだよジェイミー君」

「出世って人の心を荒ませるんだな。お前は偉くなる前はもうちょっとマシな性格だった」


 ジェイミーだって交渉に失敗したという不名誉を負わされるなんてごめんだ。しかし、あくどい上に頭の回るスティーブと押し問答するのはもっとごめんだと思った。


 結局ジェイミーはスティーブの思惑通り、どう頑張っても失敗するに決まっている仕事を引き受けてしまった。苦い顔をするジェイミーに、スティーブは満足げな笑顔を向ける。


「ああ、そうそう。さっき談話室でレイチェルが困ってたよ。レオが泣き止まないらしくて、大変そうだった」


 じゃ、そういうことで、という素っ気ない言葉を残して、スティーブはさっさとどこかへ行ってしまった。

 ジェイミーはもやもやとした不満を無理やり飲み込み、ひとまず、談話室に足を向けた。

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