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47.決断のとき

 シェリルがかき集めていた書類を、スティーブは抵抗する間もなく取り上げた。そしてつまらなそうな顔で数十秒ほどそれを眺めたあと、頭痛がするとでも言いたげにこめかみを押さえた。


「ジェイミー、いい加減に気づけ。お前はカルロに遊ばれてるんだよ」


 ジェイミーは拗ねたように、スティーブからふいと視線をそらす。


「言われなくても分かってる」

「こんな書類、何の意味もない紙切れだ。あいつはお前を利用してアンタレス国軍をおちょくってる」

「何の意味もなくはない。まだ全部は解読出来てないけど」


 ジェイミーはスティーブの手から書類を一枚抜き取って、説明する。


「表音文字がレグルス文字、スペルがティミル語、文法がリオサル語」

「それを共通語に訳すと天体の動きと川の氾濫の関係を考察した論文になる」

「で、その論文の単語の頭文字だけ抜き出すとアルヘナ語になる」


 ジェイミーのあとに、ニックとウィルが続く。スティーブは手元の書類をしげしげと見つめたまま口を開く。


「で、それをまた共通語に訳すと土地の購入記録になるんだろ? メルガ島を金貨二千枚で購入。マシム山を金貨五千枚で購入。くず同然の土地をありえない額で買ってる。わからないか? これはただ単に俺たちの時間を無駄にするためだけのデタラメな暗号だ。深い意味なんかない」


 ちらっと眺めただけでそこまで解読してしまうスティーブを、ジェイミー、ウィル、ニックはどん引きだとでも言いたげな顔で見ている。しかしシェリルにとっては三人もなかなかにどん引けることをしている。

 しばしの沈黙のあと、ジェイミーが口を開く。


「でも」

「でもじゃない」

「はい」


 ジェイミーは一秒で反論を封じられてしまった。負けじとニックが声を上げる。


「俺たちが何に時間を使おうがお前には関係ないだろ」

「効率の悪い人間を見てるとイライラするんだ」

「だったらよそに行ってろよ。何で自分からイライラしに来るんだ」


 スティーブは不機嫌な顔で押し黙ったあと、シェリルに視線を向けた。ただならぬ形相で睨みつけられて、シェリルは身構える。


「な、何よ」

「ヌブが君をそんなに痛めつけたのは、あいつが焦ってるからだ」

「そうね……。わざわざ教えてくれてありがとう」

「そもそも君があいつに目を付けられたのは、スプリング家がジェイミーを利用しようとしたせいだろう。スプリング家がジェイミーとウシル神官団を引き合わせようなんて考えなきゃ、君が神殿に忍び込むことも無かった」

「そうね」

「俺は忠告したんだ。ジェイミーに。スプリング家には協力するべきじゃないって」

「ええ、そうね……」


 シェリルは、スティーブの話の要点を理解できないのは自分だけなのだろうかと不安になった。しかしすぐさま、その不安をニックが払拭した。


「効率の悪い人間を見てるとイライラするっていうのを、今まさに実感してる」


 スティーブは気まずげな顔で、なおも不機嫌な口調で語る。


「各自の責任を円グラフにしたら、スプリング家が半分以上を占めてると思う」

「責任を円グラフに……?」

「だから、俺が言いたいのはつまり、俺にも少しは責任があるとは、思うってことで……」


 まさかそんなことを言っているとは思わなかった。シェリルが驚きに目を見開いていると、スティーブは意を決した様子でシェリルと向き合った。


「わ……」

「わ?」

「わる……」

「わる?」

「わるかった……」


 一文字増やすごとにとてつもない労力を費やしているようだ。シェリルはしばらく瞬きも忘れ固まったあと、ゆっくりと口を開いた。


「私、こうなったのが誰かのせいだとは思ってないから」

「そうか。ならいいんだ。必要ないなら別に」


 油の切れた車輪のようだったスティーブの口調は、一瞬で流暢になった。すかさずニックのヤジが飛んでくる。


「何でだよ、もっと反省させろよ、この辞書で殴り飛ばせよ」


 分厚い辞書が机をすべってシェリルの元にたどりつく。それをスティーブがすばやく回収した。


「まぁとにかく、君のためならジェイミーはこうやって、いくらでも馬鹿を見る。それに正直、このままだと俺も気分は良くない。だから、協力するよ」

「協力?」

「スプリング家に協力する。女王に雇ってもらえるように。この書類も辞書もこいつらも、何の役にも立たないが、俺は役にしかたたない」


 シェリルはジェイミーたちの方に顔を向ける。


「裏があると思う?」

「ああ」

「もちろん」

「当然」


 ジェイミー、ウィル、ニックが一斉に頷く。スティーブは三人に構うことなく話を続ける。


「協力するためには、君が探ってるソティスの秘密が何なのか、教えてもらう必要がある」

「ソティスの秘密? 何それ」

「しらばっくれるのはもう無理だ。反乱軍に潜入している目的がソティスに取り入ることだけなはずがないってことは、再会した頃から気づいてた」


 シェリルが何と言葉を返すべきか困っていると、ジェイミーが声を上げた。


「俺がスティーブに報告したんだ」


 言葉の意味が理解できずに、シェリルはジェイミーに疑問をぶつける。


「どういうこと?」

「昨日、ヌブが言ったんだ。スプリング家が探ってるソティスの秘密があるって。それが何なのかは聞かなかったけど、秘密があるってことは一応、スティーブには報告した」


 シェリルはジェイミーの言葉を、咀嚼するように一つずつ理解した。


 シェリルの正体がレグルス国軍にバレていることは、昨夜ジェイミーが教えてくれた。しかしシェリルが反乱軍に潜入し何を探っているかということについては、一言も触れてこなかった。


 自分なら簡単に聞き出せると分かっているくせに。当然スティーブにも探りを入れる事を命じられただろうに。どうやら彼は、それをするつもりはないらしい。


 シェリルは翻訳作業を続けているジェイミーの横顔を、しみじみと見つめた。愛せる。愛せる要素しかない。彼のために世界だって征服してあげたい。


 シェリルの心が愛に満ち溢れている最中でも、スティーブはお構いなしだ。彼は大きく咳払いをして、ジェイミーに視線でハートを送っているシェリルの注意を自分に向けさせた。


「いいか、ジェイミーは君のためならどんな無謀なことだってする。俺はこいつの上官だからそのせいで迷惑を被ることになる。だからトラブルを防ぐためにジェイミーに協力することになる。君を危険から遠ざけるためには反乱軍への潜入を切り上げさせるのが一番だ。だからつつがなく事を進めるためにスプリング家に協力することにしたんだ。ついでに君が殴られたことの責任も相殺したい。これでジェイミーは心の平穏を取り戻すし君もジェイミーの望みを叶えられる。どうだ? この説明で葛藤する時間を二日は節約できた」


 よどみなくするすると言葉をつむいだあと、スティーブは手元の辞書を開いてつまらなそうにそれを眺め始めた。おそれ多くも考える時間を下さるらしい。シェリルは何秒か考え込んだあと、ジェイミーを見た。


「ジェイミー、私、大丈夫よ」


 ジェイミーは額をかいたあと、怒ったような声を返した。


「大丈夫じゃない」

「大丈夫よ。今回はちょっと、驚いただけで、次はもっと上手く切り抜けられる。もうヘマはしない」

「次なんてあってたまるか。上手く切り抜けることしか手段がない時点で、おかしいだろ。それは大丈夫とは言わない」


 シェリルは何と返せばいいのか困って、机を挟んで向かいに座っているニックと、ジェイミーを挟んで向こう側に座っているウィルを見た。二人は顔を見合わせたあと、再びシェリルに視線を向けた。


「僕はジェイミーに一票入れる」

「俺も」

「そんなぁ」


 弱り果てるシェリルに対して、ウィルは厳しい顔で言った。


「君はそろそろ、ジェイミーの覚悟を受け入れる決心をしたほうがいい。それができないなら、二度と会うべきじゃない。自分が暴力を振るわれても平気でいろなんて、侮辱してるよ。ジェイミーはそんな人間じゃないだろう」


 ぐうの音も出ない。打ちひしがれるシェリルの隣で、ジェイミーは言った。


「スティーブに協力してもらうかどうかは、自由にすればいい。でも俺は嫌と言っても協力する」

「ジェイミー。カルロさんはね、あなたの考える何百倍も厄介な人よ。協力するなんて言ったら、何させられるか分からないわ」

「胸に刻んどくよ。じゃあ、しばらく出てくるから」


 ジェイミーはカルロに託されたという重要書類をかき集め、立ち上がった。シェリルも慌てて立ち上がる。


「どこ行くの?」

「カルロに会いにいく」


 ジェイミーはシェリルが意見を述べる前に部屋の出口へと向かった。その背中を追いかけようとした瞬間、スティーブに腕を掴まれ、引き止められた。

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