46.図書室の妖精
ジェイミーとともに軍の宿舎に戻ってすぐ、シェリルは怒りに燃える衛生隊のロイドに説教を食らった。安静にするように言われたそばから宿舎を抜け出したので仕方ない。貴様にとって大人しく怪我を癒やすことはそれほどまでに難しいことかと怒り狂うロイドを、ジェイミーがまぁまぁとなだめる。怪我が治るまではここで大人しくしていると約束したから、とジェイミーが言うのを聞いてロイドはようやく怒りを鎮めた。
シェリルは医務室を去るジェイミーの背中を尊敬のまなざしで見送った。一瞬でロイドの小言を制してしまうなんてさすがだ。そう思いながら、シェリルが座っているベッドのすぐそばで湿布薬を調合しているロイドをしばし観察し、ようやく気づいた。そんな約束、していないけど、と。
翌日、浅い眠りから覚める。医務室には誰もおらず、サイドテーブルには水差しと果物が置いてあった。
さて困った。今なら逃げることができる。シェリルはオレンジの皮の一部をナイフで切り取り、穴を開けた場所から果汁にありついた。オレンジの甘さとみずみずしさが失われるまでの間、悩みに悩んだ。それから渋々、シェリルはジェイミーを探すべく医務室を出た。
廊下で出くわした人間に片っ端から声をかけ、ジェイミーが図書室にいるという情報を入手する。案内された場所に足を運べば、やたらと上品な装丁の本が壁いっぱいに並ぶ部屋がそこにあった。その部屋には大人が縦に二人横たわれるくらいの大きさの机が四つ、サイコロの目のように並んでいた。そして机を囲むように、等間隔で椅子が並んでいる。部屋にはニ十人ほどの軍人たちがいて、彼らは各々、本棚を物色したり書き物をしたりして過ごしていた。ジェイミーもやはり真剣な顔で何かを書いていたので、そばに歩み寄り、驚かせないようにそっと声をかけた。配慮もむなしく、ジェイミーは相当驚いた顔で背後を振り返った。
「そんなに驚く?」
「いや、てっきり逃げ出したかと思ってたから」
この信用のなさ。ジェイミーの信用を失う理由はざっと五つくらい思い浮かんだので、シェリルは深く考えることをやめた。
「何やってるの?」
ジェイミーの隣に腰かけながら尋ねる。シェリルの疑問に答えたのはジェイミーではなく、彼の正面に座っているニックだった。
「俺とウィルはジェイミーの翻訳作業を手伝ってる。君には絶対に言うなって言われたから何の翻訳をしてるかは教えられないよごめんね」
ジェイミーと、彼の隣に座っているウィルは、うんざりとした顔をニックに向ける。ニックはそ知らぬ顔で翻訳作業とやらに戻る。
ジェイミーはひとつため息をついたあと、シェリルが疑問を口にする前に口を開いた。
「カルロに頼まれたんだ。王家の重要書類らしいんだけど、いくつかの言語を組み合わせた暗号になってるから、解読に時間がかかりすぎて困ってるって」
「カルロさんに頼まれたって、いつ?」
「おととい」
「どうして教えてくれなかったの?」
「口止めされてるから」
締め上げてやる、とシェリルは決意した。シェリルの知らない隙に、カルロはジェイミーのことを好き勝手にこき使っているらしい。うかつだった。いかにもカルロがやりそうなことなのに。
「ジェイミー、こんなことしなくていいのよ。カルロさんのことは私に任せて。これ以上あなたを巻き込まないようにきつく言っておくから」
シェリルは机に広がっている重要書類とやらをかき集めながら言った。するとジェイミーはシェリルの腕を掴み、その動きを阻んだ。
「だから、そういうのが嫌なんだって。何で俺が関わろうとするとそうやって逃げようとするんだよ。一度くらい頼ってくれたっていいだろ」
「スティーブにバレたらどうするの? 勝手にこんなことして、ただじゃすまないわ」
「スティーブに怯えて何も出来ないと思われてるなら心外だ。別にあいつのことは怖くも何ともない」
「あー、お二人さん。後ろに図書室の妖精が立ってるよ」
ニックが翻訳作業の片手間に、会話に割って入ってきた。シェリルとジェイミーはゆっくりと後ろを振り返る。そこには、分厚い本を何冊も抱えているスティーブが立っていた。
「なぁ、俺に聞かれたくない話を、俺に聞かれるかもしれない場所で始めた理由を俺にも分かるように説明してくれ。わざとか? あえてか? 高度すぎて凡人の俺には理解できん」
言いながら、スティーブはシェリルの隣に腰かけた。




