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44.挑発

 昨日までうじうじ悩んでいたのが嘘のように、今日のシェリルは自信に満ちあふれていた。昨夜、ジェイミーが励ましてくれたおかげに他ならない。ずっと自分のすべきことが分からず悩んでいたが、ようやく理解した。問題があるのなら、解決すればいいのだ。どうしてこんな単純なことに気づかなかったのだろう。イブを説得し、ジェトを乱暴な所有者から救い、ソティスに取り入って、女王の信頼を勝ち取り、ジェイミーと一緒にいられるようになる。たったこれだけのことだ。何を悩むことがあったのか。


 まずはイブの説得から。反乱軍の集会に参加するべく道を進みながら、シェリルは計画を練る。あまり時間をかけてはいられないので、最短にして最良の策が必要だ。突然正面から説得するなんて愚行はもう冒さない。まずはイブの身辺を探り……。


 そこまで考えてシェリルは足を止める。それから目線を下に向ける。考えごとに夢中になっていたせいで気づかなかったが、いつの間にか足元に小さな子どもがいた。その少年は、なぜかシェリルの進む方向にぴったりひっついてきた。


「どうしたの?」


 しゃがみこんで正面から尋ねると、少年はもじもじと地面をつま先で掘ったりして、黙り込んでしまった。


 多分迷子だろうが、左腕に烙印があるので、軍に預けてもろくな扱いはされない。さてどうしようかと頭を悩ませていると、少年がためらいがちに、シェリルの服の袖を掴んだ。


「ママを助けて」


 数秒後、少し離れた場所から悲鳴が聞こえてきた。




 頬に感じる冷たい感触で、シェリルは目を覚ました。目の前には、アンタレス国軍の衛生隊に所属している、ロイドの顔があった。


「おはよう。夜だけど」

「おはよう……夜なの?」


 ついさっきまで昼だったような、と考えながら起き上がる。

 やたらと前衛的なデザインの部屋。見覚えのあるこの場所は、アンタレス国軍の宿舎の医務室だ。いくつものベッドが並ぶその部屋には、今はシェリルとロイドの他、数人の衛生隊員しかいない。


「ウィルは回復したの?」


 何故か真っ先に頭に浮かんだのはそんな疑問だった。


「何も覚えてないのか?」


 シェリルの問いを無視して、ロイドが言った。

 シェリルは一旦、思考の海に潜る。なぜ自分がアンタレス国軍の宿舎のベッドで目を覚ますことになるのか、そこに至るまでの経緯に考えを巡らせた。


 ママを助けて、と少年がすがってきた時、シェリルはすぐに感づいた。この子はジェイミーが言っていた例の少年だと。そして、女王の忠臣であるヌブが、シェリルと接触しようとしているのだと理解した。


 無視をしようかとも思ったが、所有者が望むような働きができなければ奴隷の親子は罰を受けるだろう。そう考えて、パンを盗んだせいで町の人間たちに取り囲まれている母親を助けた。予想通り、ヌブ様がお礼をしたいと言うだろうから、という文言でヌブの邸宅に招かれた。予想と違ったのは、邸宅にいたのはヌブだけではなかったことだ。ヌブは他のレグルス国軍の軍人たちと共に酒を飲んでいて、べろべろに酔っ払っていた。


 邸宅に足を踏み入れてすぐ、シェリルはヌブに、ウシル神官団の小間使いとして神殿に忍び込んでいた理由をしつこく問い詰められた。ジェイミーと打ち合わせた通り、ところ構わずジェイミーにつきまとっていたらいつの間にかそうなっていたとシェリルは答えた。しかしヌブは納得しない。


 ヌブはろれつの回らない口調でぼやいた。彼はジェイミーを挑発したことを、女王にとがめられてしまったらしかった。奴隷ごときを子犬のように警戒して、ジェイミーの機嫌を損ねてしまったと、女王が口にしたであろう言葉をそっくりそのまま、ヌブはシェリルに語って聞かせた。殴られたのはその直後だ。


 ヌブはどうにもこうにも腹の虫がおさまらないようだった。彼は女王にとって正しい働きをしていたのだから、彼女の無理解に腹が立ってしまうのも仕方のないことだったろう。そしてその怒りの矛先は当然、女王であってはならない。


 殺されるとは思わなかった。だが彼らはシェリルにそう思わせたいようだった。そうすれば本性を現すと踏んでいたのかもしれない。


 期待を裏切ってやりたいと思った。それに、どのみち逃げられなかった。あれこれ考えているうちに、首を絞められて気を失ったからだ。


「私、どうやってここまで来たの?」


 気絶したまま歩いてきたはずはない。

 ロイドは水に浸した布を、軽く絞ってシェリルの頬にあてた。薬草のような香りのするそれをシェリルが受け取ると、彼は手を離し、口を開いた。


「あいつらご丁寧に、君をここまで担いで来てジェイミーを挑発したんだ」

「それいつの話?」

「二時間くらい前かな。でもジェイミーがボロを出さなかったんで、一旦帰ったんだけど」


 殴られたせいなのか、布に含ませた薬のせいなのか、頬の感覚がない。布が含みきれなかった水が腕を伝ってシーツにぼたぼたと落ちる。シェリルはゆっくりと、シーツを見下ろす。薄く滲んだ色は薬の色だろうか。血の色だろうか。シェリルは視線を上げ、再びロイドを見た。それから、彼の言葉を反芻した。


「一旦……?」

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