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3.アメリア様の教示

 シェリルは一応、理解はしていた。ジェイミーと接触してはいけないというカルロの指示が、ただの嫌がらせではないということを。


 スプリング家は長い年月をかけて、いくつかの国や集団の恨みを買っている。特にカルロは本人でも把握しきれないほどの数の者たちに命を狙われている。世界各地に協力者がいるおかげで、スプリング家は追っ手から逃れることができている。しかし彼らが常に組織に忠実であるとは限らない。


 以前はアケルナー国の後ろ盾があったから、協力者が組織を裏切ることもなかった。だが最近、数人の協力者たちが姿を(くら)ませてしまった。資金源を失ったスプリング家に、もう用はないということだろう。あるいは、軍事大国を裏切った者たちと共倒れすることを避けたかったのかもしれない。


 スプリング家の立場は今、とても不安定だ。この状況でシェリルがジェイミーに手紙を送ったり、はたまた会いに行ったりすることで、彼を面倒に巻き込むことになってしまうかもしれない。シェリルはその可能性を重々承知していた。それでも二人が離れ離れになってからもう、無視できないほどの時が流れてしまっている。お前のことなんかとっくに忘れているというダミアンの言葉は、シェリルにとって耳に痛いものであった。


 だからこそ、今回のチャンスは絶対に逃したくないのだ。ジェイミーがこの国に来るかもしれない。そう知ったときからシェリルは、急いでレグルス国を味方につけなければと焦っていた。


 そんなシェリルの企みをいつの間にか見抜いていたらしいアメリアは、いたずらっぽい口調でリビングにいる面々に告げた。


「実はね、私、ジェイミー君が来月の演習に参加するかどうか、こっそり調べてみたの」


 その言葉を聞いた瞬間、シェリルは素早くアメリアのそばに駆け寄った。椅子に腰かけているアメリアの足元にひざまずき、祈るような気持ちで口を開く。


「本当に? ジェイミーがこの国に来るかどうか、知ってるの?」


 レグルス国で行われる演習に、アンタレス国の兵が丸々送り込まれるわけがない。つまりシェリルがいくら期待したところで、ジェイミーがレグルス国に来ないということは十分あり得るのだ。

 アメリアは優雅に足を組み直したあと、自分にすがりついているシェリルを悠然と見下ろした。


「ねぇシェリル。それを聞く前にあなた、訂正すべきことがあるんじゃない?」

「訂正?」


 ぱちぱちと瞬きをするシェリルに、アメリアはぐっと顔を近づける。


「私はあなたのために、レグルス国軍の書記官を一週間かけて口説き落としたのよ。そうして演習に参加するアンタレス兵の名簿を調べてもらったの。ねぇシェリル、それでも私って、一国の女王様を相手に手こずってしまうような、力不足の役立たずなのかしらね」


 シェリルの背中を冷や汗がつたう。


「あ、あの、ごめんなさい。謝るから……」

「なぁに? よく聞こえない」


 微笑をたたえたアメリアは、シェリルの顎に指をそえながら可愛らしく首をかしげた。顎をつかまれ視線をそらせなくなったシェリルは、半泣きになりながらひたすらに謝罪を続ける。


「あ、アメリア様。やつ当たりしてごめんなさい」

「私の心はね、すっごく傷ついてる。だから今日はおチビちゃんたちのお世話をする気力が湧かないの」

「喜んで子供たちのお世話を代わります、アメリア様」

「そんな、悪いわよ。代わって貰うなんて」

「ぜひお世話をさせて下さい、アメリア様」

「そんなに私の役に立ちたいの? 仕方のない子ね」


 妹分の反抗をいとも簡単にねじ伏せてみせたアメリアは、満足したのか、穏やかでない空気をするりと引っ込めた。


「よく聞きなさい。演習の参加者名簿に、ジェイミー・ウィレットという名前は無かったわ」


 あっさりと明かされたその事実を、シェリルは頭の中で反芻(はんすう)する。それからのろのろと口を開いた。


「じゃあ、ジェイミーは……」

「来ないみたいね。残念ながら。だから変に焦っても、意味がないってこと」


 またのんびり、皆で力を合わせて頑張りましょうね。そうアメリアが言い終わる前に、シェリルはがくりと床に手をついた。


「もうだめ。もう絶対に、愛想を尽かされてる」


 一年以上連絡もせず放置して、ただですむわけがない。そしてこれからも、そのただですむわけがない時間は無情に流れていくのだろう。なすすべもなく。

 一人で落ち込んでいると、同情を含んだ声が降ってきた。


「まだまだ夢見がちね。愛想を尽かされる以前の問題よ。私にははっきりとイメージできるわ。あなたは数々の困難を乗り越えて、ジェイミー君との再会を果たす。彼は昔と変わらない素敵な笑顔でこう言うの。『やぁシェリル! 久しぶり、元気だった? 実は俺、結婚したんだ。そっちは? 誰かいい人いないの? シェリルには絶対に幸せになってもらいたいなぁ。それじゃあ、家で妻と子供が待ってるからもう行くよ。いつでも遊びに来てくれよ!』」


 アメリアがひらひらと手を振る様子を見上げながら、シェリルは半眼になった。それはシェリルも、ジェイミーと離れ離れになってから半年が過ぎたあたりで考えたことだった。なんだかフラフラと流されやすそうなジェイミーが果たして、シェリルに対する気持ちをいつまでも貫いたりするものだろうか。


 二人が共に過ごした時間は、たったの半年。半年の絆をどこかの誰かがニ、三年で塗り替えたとして、それはべつに、意外なことではない。


「そもそもアンタレス国軍は本当にこの国に来るのか? 内戦の真っ最中に、のこのこと」


 カルロはシェリルの色恋になど少しも興味がないのか、あっさりと話題を変えた。同じく妹分に対して同情のかけらも寄せないダミアンが、カルロの疑問に答える。


「そりゃあ、この国は国交を嫌いますからね。内戦の状況なんてアンタレス国どころか、よその国は皆知らないんじゃないですか?」

「国交を嫌っているのに、女王はなぜアンタレス国との交流を十年以上も続けているんだ? あの悪魔の仕業だってことはまぁ、想像がつくが」


 シェリルはがっくりうなだれた格好のまま、レグルス国とアンタレス国の関係について説明する。


「前に話したでしょう。アンタレス国はレグルス国に、貴重なダイヤモンドが眠っている鉱山をゆずり渡したんです。それをきっかけに二つの国は特別な関係を築いているらしいですよ」

「貴重なダイヤモンドっていうと、あの?」


 カルロの問いに、シェリルは頷く。

 世にも珍しい、真っ赤なダイヤモンド。貴重すぎて値段をつけることすら難しい、美しい宝石。そんなものがわんさと眠る鉱山を差し出され、他国には決して手を貸さないと言われるレグルス国は、アンタレス国に懐柔されたのだ。

 夜空に輝く星を、燃やしたような。自ら光を放っているのかと見まがうほどの宝石を思い浮かべ、シェリルは少し、胸が苦しくなった。


「あ、そうだ。いいこと思いついた」


 ダミアンが唐突に声を上げた。その後に続く言葉を聞いたシェリルが再びダミアンに掴みかかってしまったことは、彼の言う「いいこと」の内容を考えれば致し方なかったと言えるだろう。

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