37.反省会
ジェイミーはダミアンの機転に感心していた。ウィルに力で敵わないならば説得するしかないと思い込んでいたが、なるほど、こんな手があったとは。冷静に考えて、ジェイミーを傷つければスプリング家の作戦も駄目になるわけだが、ダミアンの行動はただの脅しだと高をくくることが、ウィルにはできなかったようだ。
ダミアンはジェイミーの首にナイフを添えたまま、ウィルに神殿の外に出るよう命じた。ウィルは渋々その指示に従い階段をのぼり始めた。ウィルの足音が遠ざかってから、ジェイミーとダミアンは急いで神殿の中に入った。入ってすぐのところに神官団の召使いらしき男がおり、ジェイミーは大神官と面会したい旨を伝えようとした。しかしダミアンはジェイミーほど悠長ではなかった。彼は召使いを無視して、全速力で駆け出した。ジェイミーは慌ててその後を追った。
応接間がどこにあるか、ダミアンはすでに把握していたようだった。階段をさらに下り、地下へと向かう。嗅ぎ慣れない香りがそこかしこに漂っていた。やっとの思いで二人が応接間にたどり着いたとき、その部屋では、ニックと大神官が親しげに握手を交わしていた。
地下から地上に戻った面々は眩しさに目を細めた。いろいろなことが起こったので、とりあえず状況を整理しなければならないという考えが全員にあった。誰が提案するでもなく真っ白な砂漠の上で輪になる。片手で目の上を覆って日の光を防ぎながら、スティーブが言った。
「どういうことだよ」
不機嫌な声で問われたニックは、少しも悪びれることなく肩をすくめた。
「スプリング家の妨害はできただろ。お前の望み通りになったじゃん」
「なってない。俺はアンタレス国軍に帯同してる人間の安全を確保したかったんだ。そこが一番重要だったのに。何が世界平和だ」
「身内の安全をあんな得体の知れない団体に委ねるなんて神経を疑うね。大体、俺が自分の命を何にかけようが俺の自由だろ。そんなに俺のやり方が気に食わないならお前が神官団と契約を結べばよかったんだ」
スティーブはぐっと押し黙る。それから横目でジェイミーを見た。
「仕方ないだろ。俺の命がかかってるくらいじゃジェイミーは諦めない。だから恥を忍んでお前に協力を頼んだのに」
「あの、スティーブ、そんなことないって。お前の命も大事だよ俺は」
ジェイミーがやんわり声をかけるも、スティーブの怒りはおさまらない。スティーブは今度はウィルを睨みつけた。
「それにまさか、お前が足止めに失敗するとは思わなかった。どうしたんだ、忙しすぎて目でも回ってるのか」
「だから、悪かったよ。ジェイミーを人質にとられて、仕方なかったんだ」
「はったりに決まってるだろそんなの!」
怒り心頭のスティーブを、ダミアンは冷めた表情で見ている。それはスティーブに対してというよりも、この状況に対しての態度のようだった。彼は、真面目に議論している騎士たちとどこか温度差のある声色で言った。
「でもまぁ、結局俺たちは間に合わなかったわけだし。それもこれも誰かさんが儀式をぼけっと眺めてたせいだけど」
後半は非常に当てつけがましい口調だった。彼の言葉は、先ほどまで神官団に潜入していたシェリルに向けられていた。いつの間に抜け出してきたのか、彼女はジェイミーのすぐ側に立っていて、身を縮めてうつむいていた。
「いいじゃない。どうせ反乱軍は私たちが潰すことになるんだから、神官団が奴隷を保護するくらい」
「女王を味方につけられなきゃ何にもならないだろ。大体、奴隷の保護なんて焼け石に水だ。どうしてそんな簡単なことも分からないんだよ」
シェリルはますますうなだれる。ジェイミーは慌てて声を上げた。
「他にできることがあるなら、何でもします」
「気持ちは嬉しいけど、君にできることなんて、もうないよ。協力しようとしてくれたことには感謝してる。本当に。ありがとう」
一見冷静なように見えるダミアンは、怒りを押し殺しているようだった。ジェイミーがそれを察することができるくらいなので、シェリルはもちろん、彼が怒っていることを分かっているだろう。ジェイミーが二人を交互に見て途方に暮れていると、ダミアンがひとつため息をついた。
「じゃあ、俺は先に帰るから。ジェイミー君も、もう帰っても構わないから」
「はい」
「シェリルも、まぁ、勝手にしな」
冷たく言い残して、ダミアンは神殿の外につないでいた馬に乗って去っていった。
ジェイミーたちも馬に乗ってここまで来た。馬にもラクダにも乗れないシェリルは、商人の荷車に乗せてもらってここまで来たらしい。自分は歩いて帰るとシェリルが言うので、ジェイミーは彼女と共に歩いて帰路につくことを決めた。スティーブたちも歩くつもりのようで、五人は暑さで若干バテている馬とともに並んで歩きながら、話し合いを続けた。
「で、お前は結局何がしたかったわけ?」
スティーブがニックに尋ねる。ニックは不真面目な態度で質問に応じる。
「だから、世界平和をだな……」
「真面目に答えろ。ジェイミーを焚き付けておいて結局ジェイミーの妨害をしたのも意味が分からんが、俺に協力するふりをして直前で裏切ったのは本当に、尋常じゃなく腹が立つ」
「何だよ。全部俺のせいかよ。俺がいなきゃ何もできないのかよお前らは」
ウィルが下げている剣をスティーブが奪おうとしたので、ジェイミーはそれを慌てて止めた。
「暇つぶしに遊んでるわけじゃないんだろ。何企んでるんだ」
スティーブを制しつつ尋ねると、ニックは不満げな声を返してきた。
「お前が言ったんだろ」
「言ったって、何を?」
「だから、シェリルちゃんの――」
言いかけて、ニックは慌てて言葉を切った。この場にシェリルがいることを忘れていたらしい。
「私が何?」
すかさずシェリルが続きをうながす。ニックはシェリルの問いを聞き流した。
「競技大会で、入賞できそうか?」
話の流れを無視して、ニックがジェイミーに尋ねた。
「それとこれと、何の関係があるんだよ」
「大会で入賞したら慰労会に参加できる。そこでカルディアーナ女王に謁見できるって話だ」
「だから?」
「だから、会いたいだろ、女王に」
「別に、そんなに会いたくは……」
「会いたいんだよ。お前は女王に」
強引に言い切って、ニックは勝手に話を終わらせた。結局、ニックの企みを暴くこと叶わず、ジェイミーたちは釈然とせず灼熱の砂漠を歩き続けた。
どさ、と何かが倒れる音がした。ジェイミーたちは一斉に音のした方に目を向ける。砂漠の上にウィルがのびていた。




