31.襲来
「どうしたジェイミー!」
「大丈夫か!」
ジェイミーの叫び声を聞きつけた騎士たちは勢いよく洗面所に続くカーテンを開け、その光景に目を丸くした。ジェイミーは床に仰向けに倒れていた。そしてスプリング家の双子の片割れであるアメリアが、その上に覆いかぶさっていた。
「やだ、皆に見られちゃったわね、ジェイミー君」
突然背後から襲われ押し倒されたジェイミーは、言葉ひとつ発せず、あ然とアメリアのことを見上げていた。アメリアはジェイミーの胸に体を預け、至近距離で囁く。
「ねぇ、楽しいことして遊ばない?」
「あの、そこ、どいてもらえますか……」
「どきどきしちゃう?」
「いろんな意味で」
ジェイミーは地面を這いずって、アメリアと何とか距離を取る。アメリアはその様子を楽しそうに眺めていた。
「情報が漏れてる」
「近いんですけど……」
談話室のソファーに優雅に足を組んで腰かけたアメリアは、隣に座っているジェイミーに体をぴったりくっつけて、話を切り出した。突然の襲来に辟易としているジェイミーをよそに、アメリアは険のある声で話を続けた。
「悪い子ね、私たちを出し抜こうとするなんて」
「すみません、話が見えないんですが」
ジェイミーたちを取り囲む騎士たちもジェイミー同様、当惑した表情を浮かべている。
アメリアはふわふわとした栗毛をのんびりとした動きで耳にかけた。そして一度大きく息を吐き、思わせぶりな速度で口を開いた。
「ジェイミー君、あなた、レグルス国軍の人間と手を組んだでしょ」
ジェイミーはアメリアの言葉を聞いて数秒間、固まった。それからゆっくりと、首を横に振った。
「……いいえ」
アメリアはジェイミーの答えを聞いてもなお、厳しい表情を変えない。
「本当に悪い子。嘘までつくなんて。お仕置きされたいの?」
「嘘じゃありません」
「ヌブという男を知ってる? レグルス国軍の兵士で、女王様の忠臣よ」
ジェイミーが頷いて見せると、アメリアは真剣な顔で話を続けた。
「今からちょうど十五時間前に、ヌブはアンタレス国軍の情報源を確保したと、女王に報告した。その情報源はとある奴隷の女にご執心だから、同じように奴隷と愛し合ってるふりをしてみせたら、面白いくらい簡単にひっかかってくれたそうよ。どう? レグルス国軍の策略にまんまとはまった哀れな男に、本当に心当たりはないの?」
ジェイミーは途中から呆気にとられて話を聞いていたが、それでもなんとか首を縦に振った。
「ええ、ありません」
「じゃあ、ヌブが女王に嘘をついていることになる。不敬罪で投獄ものだわ。彼はどうして危険を冒してまでこんな嘘を?」
「その情報は女王側の陣営の企みでは? 反乱軍の不信感を煽っているんでしょう。彼らがアンタレス国軍と手を組もうと考えないように」
ジェイミーの返答はもっともらしかった。しかしアメリアは納得しなかった。
「よく考えて。あなたが流す情報ひとつで、状況が変わってしまう。女王が誰を味方につけて、誰を敵に回すか。これがどういうことか分かる?」
「さぁ……」
「スプリング家はあなたに逆らえなくなった。私たちが求めているのは女王の信頼よ。あなたは今、それを操作できる」
そばで話を聞いている騎士たちが、肩を震わせて密かに笑っている。真面目な雰囲気を壊さないよう、一応、努力はしているらしい。
「そうかぁ。ジェイミーが影でそんなことを」
「お前、こっそり暗躍してるのか? すごいじゃないか、暗躍……ぶっ」
「あははは! もうだめだ! 想像しただけで腹がよじれる!」
談話室は爆笑の渦に包まれた。その様子を見て、ジェイミーは思いきり顔をしかめた。
「なんだよ。俺だってこっそり何かを企んだりできるかもしれないだろ。あの、さっきの嘘です。本当はレグルス国軍に情報流してます」
「無理するなって」
ニックがひぃひぃと腹を抱えながら、ジェイミーの背中や肩をびしばし叩く。
冷ややかな態度でその光景を眺めていたスティーブが、アメリアに向けて言った。
「確かにジェイミーはお人好しですが、あなたが思うほどの馬鹿ではないですよ」
アメリアはしばらく真面目な顔で考えに沈んでいたが、数秒後には興ざめしたというようにソファーの背もたれに体を預けた。
「いいわ。話を進めましょう。とにかく、私たちはあなたを疑ってる。もしスプリング家に不利になる情報を流すようなら、容赦はしない」
ぴたりと笑い声が止んだ。アメリアは構わず話を続ける。
「誠意を見せて欲しいのよ。スプリング家の邪魔をするつもりはないっていう、誠意をね」
「どうやって?」
ジェイミーが尋ねる。アメリアはあどけない顔に、魅惑的な笑みをたたえた。




