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30.ミニデート

「本当に放っておいていいの?」


 家に帰る道中、シェリルは隣を歩くジェイミーに尋ねた。ジェイミーはあくびを一つしたあと、いい加減に頷いた。


「リリーがキレたときは結局、そうするのが一番いいから」


 ただキレたのとは少し違うのでは、とシェリルは思った。


 ウィルの説明によると、彼は今朝、慈善団体の会合に参加し、そこで主催者の娘に襲われそうになったのだという。襲われそうになったとはつまりそういうことなのだが、ウィルが女の細腕にねじ伏せられてしまうわけもなく、実際には見張りらしき男たちにもねじ伏せられたそうだが、とにかく彼は命からがら会合を抜け出した。


 政治的な企みがあったことは明らかだが、彼らの企みは未遂に終わった。しかし彼らはウィルの服の(えり)、本人の目では確認できない場所に、真っ赤な口紅の跡をつけることには成功した。それをリリーが発見し、「大っ嫌い!」と相成(あいな)ったというわけである。


 ウィルは相当なショックを受けていた。ジェイミー曰く、彼はリリーに好意を向けられることはあっても、拒絶されたことはジェイミーの知る限りではただの一度もなかったそうだ。それがいきなり、大っ嫌いである。


 免疫がないことを抜きにしても、ウィルは精神的な攻撃には弱そうだな、とシェリルは思った。そしてジェイミーとニックならすぐに立ち直りそうだな、とも思った。二人は何かいろいろと耐性がありそうだ。


 勝手なことを考えながら歩いているとあっという間に家に着いた。


「寄っていく?」


 試しに提案してみると、ジェイミーは家の中までほいほい付いてきた。なんて素直な。こんなことではいつか奴隷商人に騙されてさらわれて売り飛ばされてしまうんじゃないかと、シェリルは少し心配になった。


 家に迎えてはみたものの、手厚くもてなせるほどの娯楽もない。子供たちにヘアカットされた哀れな人形たちが転がるリビングにジェイミーを案内し、とりあえず日が出ているうちに洗濯してくると告げる。するとジェイミーは手伝いを申し出てくれた。


 シェリルは水を張った桶の中にシーツと服をぶっ込み洗濯用の石鹸もぶっ込みそれを適当にかき混ぜる。ジェイミーはせっせと別の桶に水を貯めてくれている。


 レグルス国では大抵、どの階級の家庭にも水道管が完備されている。地下水路から引いている水は使いたい放題とはいかないが、大きな災害が起こらない限り水が止まるということはない。これがシェリルの育ったアケルナー国や、ジェイミーの祖国であるアンタレス国なら、都会に暮らす富裕層の住宅であっても、数ヵ月に一度は水道管が故障し井戸の水を目的地まで何度も往復して運ぶ羽目になる。水道管ひとつとっても、レグルス国の技術はやはり、世界的に見て突出していた。


 というわけで、水のやりくりに苦労することなく、洗濯はあっという間に終わった。シェリルとジェイミーは風にたなびくシーツや服を二人で眺め、自分たちの仕事ぶりにしばしうっとりする。


「そうだ。お礼にいいものあげる」


 シェリルはジェイミーの手を引き自分の部屋に誘導した。のこのことシェリルの部屋までついてきたジェイミーの頬に、シェリルは乳白色のクリームをべったりと塗りつけた。


「え、何? これ何? 怖いんだけど」

「大丈夫。これは女王様御用達のクリームよ。とある筋から手に入れたの。高級品よ」

「なぜそれを俺の顔に……」

「日焼けが痛くて髭が剃りづらいって言ってたから」

「ああ、お礼ってそういう……」


 ジェイミーの反応が薄い。なんでも、似たようなものをレグルス国が支給してくれているのだという。それでもヒリヒリするので参っているらしい。


「お礼はもっと、別のものがいいんだけど」

「別のものって?」


 ジェイミーはシェリルの顔を物言いたげにじっと見つめてきた。彼の言わんとしていることをなんとなく察して、シェリルは少し動揺した。昨夜と違い今は酒に酔っていないので、恋人気分にもそう簡単に酔うことができない。シェリル的には、昼間はただキスをするだけにしてももう少し手順を踏みたいのだが、しかし、ジェイミーはお礼をご所望なのだ。それくらい応えられなくてどうする。シェリルは強い。シェリルは負けない。シェリルは(ひる)まない。


「目、閉じて」


 おずおずと告げれば、ジェイミーは小さく笑みをこぼして言うとおりにしてくれた。シェリルはひとつ、心の中で気合いを入れたあと、両手をジェイミーの頬に添えて背伸びをした。


 次の瞬間、部屋の扉が勢いよく開いた。


「ロマンチックな雰囲気をぶち壊すことをここに宣言する!」

「カルロさん! ノックをして下さい!」


 シェリルの文句を聞き流しずかずかと部屋の中に入ってきたカルロは、うつろな顔をしているジェイミーと真顔で向き合った。


「悪いねジェイミー君。俺は別に君とシェリルがこの部屋で何をしようが全く気にしないんだけどたった今不測の事態が起きてしまって」

「はぁ」

「そのせいで俺はこれから出かけないといけない。そして今日もうちの子どもたちは元気だ。今暇なのはシェリルしかいない」


 つまりシェリルは今から子守りに専念しなければならず、いちゃついている暇はない、とカルロは言いたいらしい。


「不測の事態って、何ですか?」


 シェリルの問いに、カルロはうーんと頭をかく。


「今はまだ何とも言えないなぁ。じゃあ、チビたちのことは頼んだぞシェリル。今向こうの部屋で昼寝してるから」


 カルロはそう言い残し、さっさと部屋を出て行ってしまった。


◇◇◇


 今夜も昨夜と同じように、雲ひとつない空に満点の星が散らばった。分厚い雲が空を覆うことが多いアンタレス国で生まれ育ったジェイミーたちは、毎日のように夜空を見上げては、絵に描いたような完璧な景色に見とれるのだった。


 訓練を終えた軍人たちは、星座をいくつ見つけられるか競い合いながら帰路につく。いつもならジェイミーもその輪に加わり、あれやこれやと無駄話をしたりするのだが、今夜はウィルを元気づけることに忙しくその暇が無かった。


「そのうち機嫌直すって。引っ込みがつかなくなってるだけなんだよリリーは」

「口も利いてくれないんだ。それに、ゆっくり話をする時間もなくて」


 がっくりと肩を落としているウィルの隣で、ニックが呆れた声を出す。


「今夜も出かけるのか? いつ寝てんだお前。ほどほどにしとけよ」


 結局、しょげかえったウィルを復活させること叶わず、ジェイミーたちは宿舎の談話室にたどり着いた。


 今夜はスティーブがレグルス国軍と反乱軍とスプリング家を出し抜くための作戦会議とやらを計画しているため、騎士たちは訓練後に全員談話室に集合することになっている。

 ジェイミーは眠気を覚ますために顔でも洗おうと、談話室に備え付けてあるやたらとデザイン性の高い洗面台に足を運んだ。


 ロープのカーテンで区切られたその空間に足を踏み入れてしばし。談話室に、ジェイミーの叫びが響き渡った。

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