2.シェリルの焦燥
太陽の光が容赦なく差し込むリビングで優雅に朝食をとっているのは、スプリング家の一員の、アメリアである。
あどけない顔をしているのに醸し出す雰囲気は凄艶そのもの。果汁したたるマンゴーを口に運んでいるだけなのに、その姿はどうしてか、人の目を惹きつけてやまない魅力がある。
不思議な色香を振りまくアメリアのすぐそばでは、彼女の双子の弟であるダミアンと、双子にとって妹分のような存在であるシェリルの、取っ組みあいの喧嘩が繰り広げられていた。
「俺たちの努力が足りないってのか? お前こそ大したことない情報しか掴めてないくせして!」
「その大したことない情報がなきゃ、女王に謁見すらできないくせに!」
注意しても効果は無いと分かっているので、アメリアは慌てず騒がず、ゆとりある朝食のひとときを楽しむことに徹する。
数分後、リビングに現れたのは怖い顔をしたカルロである。カルロはいがみ合うシェリルとダミアンの首根っこを無言でつかみ、二人を強引に引き離した。
「よく聞け。俺は徹夜をしてフラフラだ。それなのに今、ゆっくり休むことができない。俺の安眠がおびやかされている理由を、誰か答えてみなさい」
目の下に隈をたたえたカルロは、冷え冷えとした空気をかもし出しながら言葉をつむいだ。その振るまいはシェリルとダミアンを少しだけ怯ませたが、二人の怒りを完全に鎮めるほどの威力はなかった。
「だってカルロさん、ダミアンったら酷いんです」
「酷いのはお前の方だ。自分の力不足を棚に上げてよく俺たちに文句を言えもんだな」
「私のどこが力不足だって言うのよ」
「俺なら三ヵ月もあれば反乱軍の首長のお気に入りくらいにはなれる。それなのにお前ときたら未だに下っ端の下っ端のそのまた下っ端――」
再び口論を始めた二人を、カルロはリビングの両端にぽいぽいっと放り投げた。しばしの静寂ののち、アメリアがため息をつく。
「カルロさん、私たちずいぶんと頑張りましたけど、女王にも反乱軍にも、全く相手にされていませんね」
カルロはうーんと唸りながら、しょぼついた目をほぐすように眉間を押さえた。
「やっぱりレグルス国のような大国を相手にするのは、俺たちには無謀過ぎたかな? そろそろ見切りをつけてもっと手頃な国に引っ越すか」
床にぶつけた腰をさすっていたシェリルは、ぎょっと目を見開いた。
「そんな! また一から国を探すんですか? 考え直して下さい、私もっと頑張りますから!」
「あと一年くらいは様子を見てもかまわないと思ってたんだけどなぁ。お前最近、変に焦ってるだろう。そういうのが思わぬミスに繋がるんだぞ。取り返しがつかないことになる前に撤退するのが一番だ」
シェリルの顔から血の気が引いていく。カルロの言葉に動揺しているのはシェリルだけではない。
「俺とアメリアが反乱軍に潜入しましょうか? あの男の懐に入り込めば今よりもっと有益な情報が手に入ります。そうすれば女王の気も引きやすくなる。兵器のありかだって、すぐに掴んでみせます」
今までの努力が水の泡となるのが惜しいのか、ダミアンがすがりつくような声を上げた。
まるで事が上手く運ばないのはシェリルのせいだとでも言いたげな口ぶりである。シェリルは再びダミアンに文句をぶつけようとしたが、それを予期したらしいカルロに睨みつけられ、大人しく口を閉じた。
カルロはシェリルが黙り込むのを見届けたあと、ダミアンに視線を戻した。
「その件はもう説明しただろう。反乱軍は奴隷しか受け入れない。潜入できるのはシェリルだけだ」
「俺たちも奴隷にすればいいでしょう。簡単なことです」
ダミアンがそう言った瞬間、カルロが纏っている空気ががらりと変わった。
「黙れ。二度と俺にそんな指図はするな」
凄みの利いたカルロの声に、ダミアンだけでなく、シェリルも硬直する。
皿に乗ったマンゴーをぺろりと平らげたアメリアが、よどんだ空気を洗い流すかのような、明るい声を出した。
「まぁまぁ、そう簡単に諦めないで下さいカルロさん。状況は良くはありませんが、悪くもないんですから。それにシェリルが最近そわそわしてることに関しては、今この場で私が解決してみせますよ」
わけ知り顔のアメリアに、カルロ、ダミアン、シェリルの視線が集まる。
「どういうことだ?」
ダミアンが尋ねると、アメリアはそれはそれは魅惑的な笑みを浮かべた。
「来月、この国にアンタレス国軍が来る予定よね。合同軍事演習のために。この事実とシェリルがやけに落ちつかないことと、関係があると思うのは私だけなのかしら」
カルロとダミアンは数秒間考え込んだあと、なぞなぞの答えをひらめいたときのように、はっと息を吸い込んだ。
「そうか、アンタレス国軍には彼がいるんだ。えーっと、何だったっけ。……ピンキー?」
「ジェイミーです」
カルロが頭に思い浮かべているであろう人物の名を、シェリルは素早く訂正する。
今からおよそ二年前のこと。シェリルはアンタレスという国で、ジェイミーという名の青年と知り合った。なんやかんやあり二人は一応、恋人のような間柄になったのだが、なんやかんやあり現在は離れ離れである。
ダミアンは呆れきった顔をシェリルに向ける。
「なんだ、まだあの男にご執心なのか? もう一年以上も音沙汰ないんだろ。お前のことなんかとっくに忘れてるよ」
「それはカルロさんが手紙を送るのを許してくれないせいよ。ジェイミーは私が今どこにいるのかも知らないんだから、音沙汰がなくて当然でしょ」
シェリルの当てつけがましい言葉を聞いて、カルロは表情を歪める。
「手紙を送るのなんかダメに決まってるだろう。万が一あの悪魔に、俺たちが資金源を見つけることに手こずってるなんてことを悟られたりしたら……」
あの悪魔とは、アンタレス国の国王である、ローリー・ハートのことであろう。カルロは彼の国王のことが大の苦手なのだ。
「ありとあらゆる暗号を駆使しますから。とびっきりの」
シェリルの必死の説得に、カルロはますます口元をひん曲げる。
「いきなり怪文書を送りつけられるジェイミー君の身にもなってみろ。大体、暗号を駆使してもあの男には何でもお見通しだってことを俺たちは嫌というほど思い知っただろう」
カルロの言う通り、ローリーという人間には子供だましなど通用しない。シェリルは打つ手を失い、うなだれる。
アメリアが横道にそれた話を元に戻す。
「シェリルが最近そわそわしてるのは、ジェイミー君がこの国に来るかもしれないからでしょう」
「バカだな、お前。もしあいつがこの国に来たって、どうせ話もできないのに」
濡れネズミでも見るかのような目をしながらダミアンが言った。シェリルはカルロにちらりと視線を送る。
「やっぱり、ダメなんですか?」
カルロは慈悲深い笑みを浮かべ、シェリルの肩にそっと手を置いた。
「ダメに決まってるだろう」
「やっぱり! 何でですか! ローリーがジェイミーを利用して、私たちが切羽詰まってることを突き止めるかもしれないからですか!」
「驚いたな。シェリルお前、俺の心が読めるのか?」
「臆病者! 弱虫! それじゃあローリーが死ぬまで私はすっとジェイミーに会えないじゃないですか!」
ローリーはとんでもなく長生きしそうだ。シェリルの顔は絶望の色に染まる。
「さすがに俺もそこまで意地悪じゃない。レグルス国を味方につければ、もうこの世に怖いものなど何もない。だから今は目の前の仕事に集中して……」
言いかけてカルロは数回瞬きをした。それからシェリルのことを見下ろし、ゆっくりと口を開いた。
「ああ、だから焦ってるのか」
「そういうことです」
シェリルはひとつ頷いたあと、小さくため息をこぼした。