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20.ジェイミーの逆襲

 シェリルはすばやく全身の埃を落とし、着替えを済ませて一階に舞い戻った。カルロ、アメリア、ダミアンの三人は子供たちのお絵かきタイムを取り仕切っている。ジェイミーとスティーブはこつぜんと姿を消していた。


「二人をどこに隠したの!?」


 三人はシェリルには目もくれずに、台所がある方角を指差す。台所に移動すればそこには、食器を洗うジェイミーとスティーブの姿があった。気品あるたたずまいの二人と薄汚れた台所というあまりの絵面に、シェリルはめまいがした。


「何がどうして、こんなことに……?」


 ゆっくりと歩み寄りながら、恐る恐る声をかける。ジェイミーはシェリルの言葉を無視して、洗い終わった皿をスティーブに手渡した。スティーブは規則正しい動きで皿の水滴を丁寧に拭き取っている。息ぴったりである。


「カルロさんに何か言われた?」


 置いてきぼりを食ってしまったシェリルは、急に不安になった。この重苦しい雰囲気。もうシェリルの力では覆せないほどの惨事が、自分が服を着替えている間に起こってしまったのだろうか。

 ジェイミーは視線を手元に向けたまま事務的な口調で言った。


「演習が終わるまでは、自由に会ってもいいって言われた」

「私と、ジェイミーが?」

「他に誰がいるんだよ」


 ずいぶんとそっけない物言いである。シェリルが完全に話を飲み込む前に、スティーブが口を開く。


「反対すればするほど盛り上がるもんだろ、こういうのは。だから飽きるまで顔を合わせてしまえっていう結論に達したんだあの人たちは。あ、おいジェイミー、泡が残ってるぞ。ちゃんとしろ」


 なるほど、と頷いたシェリルは、ジェイミーの横顔に再び視線を投げかけた。ジェイミーはというと、先ほどから全くこちらを見ようともしない。


「会いに行ってもいいの?」


 話しかけても、ジェイミーは目を合わせてくれなかった。


「二年後くらいに?」


 視線の代わりに、冷たい声が返ってくる。そういえばジェイミーは怒っているのだと、シェリルはようやく思い出した。


「ごめんなさいジェイミー、悪かったと思ってるわ、本当よ」

「謝ることなんてないんじゃないの。どんな事情があったにせよ、俺には相談する気にもなれなかったんだろ。だったら、仕方ないよな」

「ねぇ、そんな態度とらなくても、あなたが怒ってることはちゃんと分かってるってば」


 ジェイミーはようやく手を止めてシェリルを見た。ジェイミーの顔には分かりやすく不機嫌が張りついていたが、その表情はやがて、決まり悪そうな苦笑いに変わった。


「許して欲しい?」


 シェリルは何度も頷いてみせる。ジェイミーは仕方ないな、という風にひとつため息をついた。


「じゃあ、機嫌取ってよ」


 完全に許してもらえるつもりになっていたシェリルは、ジェイミーにあるまじき言葉を放ったジェイミーの顔をまじまじと見つめた。彼は一応笑顔を浮かべてはいるが、その表情はシェリルを安心させるような要素を少しも含んでいなかった。


「機嫌?」

「許して欲しいなら、機嫌取ってよ」

「それって、つまり、どうやって?」


 ごまかすように笑ってみたが、ジェイミーがその態度につられることはなかった。他人行儀な笑顔がゆっくりと近づいてくる。それから、無機質な声をぶつけられた。


「それくらい、自分で考えたら?」




 ジェイミーとスティーブは食器をピカピカにしたのち、スプリング家の基地を颯爽と去っていった。シェリルは子供たちが壁に描いた落書きをスポンジでこすりながら、自分は夢でも見ていたのだろうかと、頬をつねった。


「機嫌取らなきゃ……」


 一人で呟いていると、子供服の型紙を作成中のアメリアが話しかけてきた。


「ねぇシェリル。私たち、スティーブの要望を叶えることにしたから」

「スティーブの要望? 何それ」

「ローリーに手紙を送ることにしたから」


 壁をこする手を止めたシェリルは、子供たちの採寸をしているカルロを見た。


「どういう心境の変化ですか」

「あいつはちょっと、面倒くさそうだ。とっとと満足させて手を切る方が賢明だろう」


 しかしローリーに手紙を送れば、スプリング家が今抱えている問題も、巡り巡ってバレてしまうかもしれない。大体、カルロがローリーを避けようとしていたからシェリルはジェイミーと連絡を取ることができず、結果、彼をあんなに怒らせてしまったのだ。

 それが、スティーブが面倒くさそうだからという理由ひとつで方針を変えてしまうのか。シェリルがどれだけ頼んでもジェイミーに手紙を送ることは許してくれなかったのに、ローリーには送ってもいいなんて、こんな理不尽があっていいのか。


 シェリルがむっとしていると、布地を器用に縫い合わせているダミアンが嫌みっぽい口調で言った。


「お前のせいだよシェリル。スプリング家がレグルス国にいることを、アンタレス国の人間に知られたんだ。演習が終わってあいつらが国へ帰ったあと、空気を読んで俺たちのことを秘密にしておいてくれるわけないだろう」


 シェリルの表情はゆっくりと、気まずげなものに変わっていく。そうだ。結局スプリング家の居所はローリーにバレてしまうのだ。


 ローリーに宛てた手紙を今すぐ国外に持ち出したとして、それがアンタレス国に届くまで、最低ひと月はかかる。手紙が届いてからローリーが空を飛んでこの国に駆けつけてくるわけはないだろうから、彼がこの国に対して何か仕掛けてくるとしても、シェリルたちがその影響を受けるのは大体、三ヵ月後といったところだろうか。


 カルロはそれまでに決着をつけるつもりらしい。それができなければ、また流浪(るろう)の旅に逆戻りである。


 それはつまり、またジェイミーと連絡が取れなくなるということだ。そうなればさすがに二人の関係はもう、修復不可能かもしれない。いや、すでに終わりかけているとも言える。


 シェリルは女王を味方につける方法、そして何よりジェイミーに許してもらう方法を必死で考えながら、壁の落書きをこすり続けた。考え事に熱中しすぎて、首に縄を巻かれている男の姿が壁に描かれていることに、しばらく気づかなかった。

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