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17.苛立ち

 シェリルを見つけた、というスティーブの言葉を、ジェイミーは最初、聞き間違いだと思った。レオが夜泣きしたうえに、よく分からない狩りのために早起きして頭がぼんやりしていたせいだろう。


 昨夜命じられたとおりに朝早くスティーブの部屋を訪れたジェイミーは、格子窓の隙間から覗く白む空を尻目に、スティーブに尋ねた。昨日見つけたのなら、昨日のうちに教えてくれればよかったのに、と。すると、昨日のうちに伝えたらすぐに会いに行こうとするかもしれないから、との答えが返ってきた。


 土地勘のない自分たちが夜中に動き回るのは分が悪い。シェリルを追い詰めるなら明るい昼間の方がやりやすいだろう。そう言ったスティーブに対して、なぜシェリルを追い詰める方向で話が進んでいるのだろうかとジェイミーは一瞬疑問に思った。しかし最終的に会えるのならもうどうでもいいかと、もはやそういう境地に至っていた。


 スティーブは言った。反乱軍のイブという人物がシェリルと会えるように取り計らってくれるだろうと。イブはいつも、古城の荒れ果てた中庭で、友人たちとおしゃべりしながら集会が始まるまでの時間を潰している。反乱軍の警備はざるなので、こっそり忍び込んでイブに話しかければ、あとは楽勝だ、とスティーブは締めくくった。


 しかし初対面の自分が突然話しかけても、そのイブという人は警戒するだろうとジェイミーが言うと、「この国の人間に俺とお前の見分けがつくわけがない」という耳を疑うような言葉が返ってきた。


 そんなはずはない。それはいくら何でも甘く見すぎだろう。絶対に別人だと気づくはずだとジェイミーは思ったがイブは本当に気づかなかった。ジェイミーのふりをしていたスティーブと、本物のジェイミーの見分けが全くつかなかったのだ。


 イブはジェイミーの顔を見た瞬間何もかも心得たとばかりに神妙に頷いて、凄腕の諜報員かという動きで、人目をかいくぐりながらジェイミーを古城の中へと誘導した。あれだけ古城の中を走り回っても捕まらなかったシェリルはあっさり見つかった。見つけた瞬間刃物が飛んできたが、もうそこらへんの出来事は気にしたら負けのような気がしていた。


 シェリルと対面したとき、ジェイミーは自分が、相当に機嫌を損ねているということを初めて自覚した。自分はこんなに悩んでいるのに、お前は何をやっているんだと徹底的に問い詰めてやりたかった。


 そして現在、二人はなぜか、赤茶のレンガを積み上げた建物が立ち並ぶ入り組んだ市街地をジグザグと進んでいる。ジェイミーは本気を出し始めた太陽を見上げ、目に痛い日差しを片手で防いだ。それから半歩前を歩くシェリルの後ろ姿に視線を落とし、のろのろと後をついていく。


 再会できた嬉しさと、出どころの分からない苛立ちが拮抗(きっこう)していた。彼女は確かに、自分の恋人であるはずなのだ。それなのに知らない間に勝手に大人びて、ジェイミーが知らない事情を勝手に抱えて、ジェイミーが知らない者たちに勝手に囲まれている。それが心底腹立たしい。この理不尽な苛立ちをどこにどのようにぶつければいいのか、ジェイミーには見当もつかなかった。


「おや、シェリル。おかえり」

「ただいま、ゲレフさん」


 シェリルは一軒の鍛冶屋にジェイミーを招き入れ、ゲレフという立派な髭をたくわえた男に挨拶した。それから彼と短い言葉を交わしたあと、彼女は店の中を突っ切って、裏口から外に出て細長い路地のような場所に素早く入り込んだ。人ひとり歩くのがやっとなくらいの細い道を進みながら、ジェイミーは尋ねる。


「さっきの人は?」

「私の所有者のふりをしてくれてる人。私がスプリング家の人間だってことがレグルス国軍や反乱軍にバレると、いろいろと困るから。目くらましのためにこうしてるの」


 説明しながらシェリルは小さな穴をくぐったりはしごを登ったりして進んでいく。こんな遠い国に来てまで自分は何をしているんだろうと思いながら、ジェイミーは大人しく彼女の後を追った。


「ここがスプリング家の新しい秘密基地よ」


 シェリルが自信満々に指し示した建物は、寂れた仕立て屋であった。ジェイミーの記憶では、アケルナー国にあったスプリング家の住まいも寂れた仕立て屋であった。なぜ(かたく)なに寂れた仕立て屋を装いたがるのだろうかと不思議に思ったが、シェリルいわく、カルロの意向らしい。仕立て屋として成功することがカルロの夢であり、むしろ仕立て屋の方がスプリング家の本職であると、彼は言い張っているのだという。


 本職の拠点を秘密の基地にするのはどうなのだろう。商売はもっと開けっ広げに展開しないと寂れる一方なのでは。ジェイミーがそんなことを考えている間に、シェリルが店の扉を開いて、中に入るよう促してきた。ジェイミーは言われるがまま、店の中に入ろうとした。瞬間、鼻先を扉のふちがかすめた。バタン、と大きな音を立てて目の前で扉が閉まる。


 扉を支えていたはずのシェリルと、ジェイミーの間に、いつの間にか誰かが立っている。その人物の足が扉を押さえつけている。ジェイミーが恐る恐る隣を見ると、やけに愛想のいい笑みを浮かべた男と目が合った。一年半ぶりの、カルロとの対面であった。


 カルロは両腕に小さな子供を抱えていた。そんな状態で入り口を片足で塞いだまま、彼はシェリルの方に視線を移した。


「何をしているのかな、シェリルさん」


 優しげな声がやけに恐ろしい。シェリルはみるからにしどろもどろになっている。


「お、おはようございます……カルロさん……」


 カルロは挨拶を返さず、にっこりと笑う。カルロに抱えられている子供たちが、彼の代わりに「おはよー」と挨拶を返す。


 のどかな朝の繁華街に、うんざりするような熱風が吹き抜けた。

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