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16.再会、やる気、元気!

 ジェイミーはためらうことなく足を踏み出した。シェリルは後ずさることもかけ寄ることもできなかった。手を伸ばせば触れられる距離まで歩み寄ってきたジェイミーは、一度口を開き、そして顔をしかめて口を閉じた。それからジェイミーのことを食い入るように見つめているジェトの方に視線を向けた。


「こいつが昨日会いに来た、ジェイミーってやつ?」


 ジェトはもの珍しそうな顔でジェイミーの顔を凝視している。距離感がどうにもおかしいので、シェリルはジェトの腕を引っ張って二人の距離を微調整した。


「悪いんだけど、二人にしてくれないか」


 ジェイミーが言うと、ジェトは素直に分かったと頷いて部屋を去ろうとした。シェリルはすかさずその手を掴む。なぜそうしたのか自分でも分からない。なんだか嫌な予感がしてジェトをこの場に留めておきたくなったのだ。ジェイミーが非難がましい視線を向けてくる。その顔を見た瞬間シェリルは素早くジェトの手を離した。


「怒ってるんだけど」


 ジェトが部屋を出てすぐ、ジェイミーが低い声で言った。まぁそうだろうな、とシェリルは思った。少なくとも褒められるようなことはしていない。その自覚はある。


「思い当たる節がありすぎるので、さしつかえなければ怒っている理由を教えていただきたく」

「理由がありすぎるんだけど」

「ひょっとして、スティーブに言われてここに来たの? 私を説得するように頼まれたんじゃ……」


 言いかけて、シェリルは素早く口を閉じた。ジェイミーの眉間に剣呑なシワが寄ったのだ。


「スティーブからは逃げなかったんだな」


 罪人をとがめるかのような目で見下ろされて、シェリルは両手首を差し出すべきだろうかと一瞬本気で悩んだ。


「突然現れたから逃げる暇がなくて」

「俺と目が合ったのは突然じゃなかったっていうのか。この国にいるってとっくに知ってたんだろう。それなのにずっと知らん顔してたんだな」


 じりじりと間合いを詰められる。ジェイミーの怒りはもっともである。それでもせっかく久しぶりに顔を合わせたのに、何も出会い頭にこんなに怒らなくても。まさかスティーブにあることないこと吹き込まれたのでは、という考えが脳裏をよぎったが、確認のために再びスティーブの名前を口にするような勇気はない。


「事情があって……ごめんなさい」

「ずっと待ってたんだぞ。ずっと。手紙でも何でもいい。生きてると分かる合図をひとつでも送ってくれればそれでよかったのに」


 とうとう壁際まで追い詰められたとき、シェリルはわずかに首をひねった。ジェイミーの言っていることが、シェリルの認識と噛み合っていない気がしたのだ。


「ずっと待ってたの? あれからずっと?」


 一度口にした言葉というものは何をしても取り戻せない。万国共通の(ことわり)である。シェリルは自分の言葉が誤解を招いてしまう可能性をはらんでいることを、ジェイミーの失望したような表情から瞬時に読み取った。


「よく分かった」


 短く吐き捨てて、ジェイミーは部屋を出ようとした。シェリルは大慌てでその背中を追う。


「違うの! 今のはそういう意味じゃないの!」


 正面にまわりこんで必死に弁解する。ジェイミーは疑り深い表情のまま、それでも一応立ち止まった。


「違うって、何が」

「待っててくれてたなんて思わなかったから。だって、子供がいるんでしょ?」

「子供?」

「ええ分かってる、そうよね、当然の権利だわ。でも計算すると私と離れ離れになってすぐ……いえ、なんでもない。先に裏切ったのはそっちだとか全然思ってない全く」


 ジェイミーが再び眉間にシワを寄せたので、シェリルは早口で理解を示した。しかしジェイミーは険しい顔のまま、数秒間黙りこんだ。その沈黙はシェリルが二十年間生きてきた中で、最も恐ろしい数秒間であった。


「多分その子供っていうのは、レオのことだと思うんだけど」

「レオ?」

「念のため言っておくけど、弟だよ」

「…………弟?」

「弟」

「弟っていうと、つまり……」


 あの愛も情もないハデス伯爵とジェイミーの母親との間に、子供ができたとでも言うのか。そんな馬鹿な。夫妻は今いくつだ。夫人は病弱でか弱い人ではなかったのか。


 シェリルが混乱したまま固まっていると、ジェイミーは険しかった表情を少しだけ緩めた。


「気持ちは分かる。俺とリリーもすぐには信じられなかったから」


 シェリルはとりあえず、一番気になっていることを尋ねておくことにした。


「レイチェルは? レイチェルはジェイミーの恋人なんじゃないの?」

「レイチェル?」


 ジェイミーはそれまで漂わせていた不穏な空気を引っ込めて、意表をつかれたみたいに目を瞬いた。


「私はてっきり、あの子はジェイミーとレイチェルの間にできた子供だとばかり……」

「レイチェルはレオの子守りを手伝ってもらうためにリリーが連れてきたんだよ。だから恋人とは、言えないかな」


 簡潔で分かりやすい回答に、シェリルはなるほどと頷いた。それからなぜ自分がこんな勘違いをしてしまったのかということについて考えを巡らせたあと、猛然と足を踏み出した。


「スティーブのやつ、殺してやる!」


 スティーブにあることないこと吹き込まれたのはシェリルの方であった。憤りをあらわに部屋を出ようとしたシェリルの腕を、ジェイミーがつかむ。


「待てって。あいつが何をしたのかはまぁ、想像つくけど」

「離してジェイミー! 私はあの男を砂漠に埋めて身体中の水分という水分を干上がらせてやらなきゃいけないの!」

「俺を避けてたのはスティーブのせいじゃないんだろう」


 それは確かにその通りである。シェリルは怒りを一秒で鎮めて、しおらしい態度でジェイミーと向き合った。


「どうしても、連絡できない事情があったの」

「どんな事情があるかとか、どうして反乱軍にいるのかとか、そんなことは正直もうどうでもいい。もし今の状態をあと何年も続けるつもりだったんなら、はっきり言っておく。それは無理だよ」


 ジェイミーの真剣な声を聞いて、シェリルの心は申し訳なさや恥ずかしさでいっぱいになった。

 また会える日が、本当に楽しみだった。再会はもっと、完璧にしたかった。それなのに、全て台無しにしてしまった。


「ごめんなさい」


 この言葉の他に、返す言葉が見つからない。もう終わりだと言われても仕方のないことをした。次に何を言われても受け入れようと覚悟を決めて、シェリルは両手を強く握りしめた。


 数秒間沈黙が続いたあと、ジェイミーはためらいがちに、シェリルの手に触れてきた。


「気持ちは、変わってないから。好きだよ。だから……」


 言葉を途切れさせたジェイミーは、視線を落として再び黙り込んでしまった。


 シェリルはジェイミーの「好きだよ」という言葉に衝撃を受けた。この期に及んでまだ、そんな風に言ってもらえるとは思っていなかった。ということはつまり、まだチャンスはあるわけだ。まだ覚悟を決めるほどではなかった。さっきの覚悟は取り消そう。


 シェリルはしばらく感動にひたったあと、ジェイミーの両手をがっちりと握り返した。


「ありがとうジェイミー。私、ようやく目が覚めたわ」

「え?」

「目が覚めたの。ばっちりね。全開よ」

「あ、ああ、そう……」

「私、馬鹿だった。もっと早くカルロさんに立ち向かうべきだった。ううん、今からでも遅くはない。私はカルロさんに打ち勝つ!」

「何が何だって?」


 シェリルはジェイミーの手をつかんだまま再び、猛然と歩き出した。戸惑っているジェイミーにこれから何をするつもりか説明すべきかと一瞬思ったが、彼はシェリルの事情は正直もうどうでもいいらしいので説明は不要と判断し力強く歩みを進める。


「胸を打たれたわ。がつんとね。さすがね、ジェイミー」

「それは、どうも。それであの、一体どこへ……」

「大丈夫、心配しないで。何もかも私が鮮やかに解決してみせるから」

「その、何もかもっていうのは具体的にどういう」

「刺し違えてでも説得してみせる!」

「頼むから何をするつもりなのか教えてくれ!」


 シェリルは気合い十分に前を見据えて、部屋を飛び出した。

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