10.監禁
渾身の悪態をついた結果、シェリルは本当に監禁されることになった。
反乱軍が占拠している古城には、薄気味悪い雰囲気な部屋がたくさんある。そんな、誰も足を踏み入れたがらない無人部屋のひとつ。はるか昔に寝室として使われていた形跡のある部屋に、シェリルは乱暴に放り込まれた。
「気が向いたら出してやるよ」
シェリルの唾を顔面に浴びた男が、意地悪く口の端を上げて笑う。ぎぃ、と軋む音を立てながら、古びた扉が閉まる。それから錆びた鍵が閉まる音がした。
シェリルはひとまず、部屋の中を見回した。ボロボロのカーテンが光を遮っているせいで薄暗い。カーテンをゆっくり開けると、埃が煙のように舞い上がった。
「誰?」
怯えたような声が部屋の奥から聞こえてきた。声のした方に目を向けると、そこにはベッドの陰で膝を抱えてうずくまっている、女がいた。シェリルはその姿を見てあらゆる意味で面食らった。恐らく彼女が、廊下にたむろしていた者たちが誘拐したという人物なのだろう。
シェリルはまず、彼らが嘘をついていなかったことに驚いた。続いて今目の前にいるのが、ウィルの婚約者ではないことに驚いた。そして何よりの驚きは、彼女が昨夜、ジェイミーと仲睦まじくしていた人物に、よく似ていたことだった。
「誰?」
シェリルは動揺しすぎて、自分に向けられた言葉をそのまま返してしまった。女はぎこちない動作で立ち上がる。
「私はレイチェル。レイチェル・スタンシーと申します」
レイチェルと名乗った女は、優雅に膝を折って貴婦人の礼をした。シェリルは数秒間固まったあと、ゆっくりとレイチェルの顔に焦点を合わせた。
「レイチェル・スタンシー?」
確かめるように、その名を呟く。聞いた覚えがある名前だ。シェリルはちょっと考え込んで、それからおよそ二年前、どさくさ紛れに参加した舞踏会を思い出した。
上流階級の巣窟。あの異空間。酒を飲み過ぎて途中から記憶が飛んでいるあの舞踏会。
改めてレイチェルと向き合う。そして、血の気が引いていく。今目の前にいるのは、あの舞踏会の主催者であったスタンシー男爵の、娘だ。みるみると表情を強ばらせていくシェリルの顔を、レイチェルは注意深く覗き込んでくる。
「あの、もしかして、どこかでお会いしたことありませんか?」
「まさか! ありません、あるわけないでしょう!」
とっさに首を横に振るが、反応が不自然すぎたことでレイチェルは不信感を抱いたようだ。シェリルの顔をさらに注意深く見つめてきた。
シェリルは突発的に行動してしまった己の浅はかさを今さらながらに悔いた。ジェイミーの妹が囚われているかもしれないと知って、それならば助けなければと条件反射のように動いてしまったが。
ジェイミーの妹であるリリーは間違いなく、シェリルの顔を覚えている。幸か不幸か、誘拐されているのは彼女ではなかった。が、しかし。
シェリルは件の舞踏会で、レイチェルと一瞬だけ顔を合わせている。たとえそのときのことを彼女がよく覚えていなかったとしても、一時期アンタレス国の王都に出回ったシェリルの似顔絵を見たことくらいは、あるかもしれない。
絶対に思い出させてはいけない。アンタレス国軍にスプリング家の現状を知られてはいけない。黙っていてくれと頼んで彼女が快諾してくれるとはとても思えない。
さてどうやってごまかそうかと、シェリルは急ぎ頭を働かせる。働かせるが、昨夜レイチェルとジェイミーが親しげに寄り添っていた光景が頭の中にちらついて、集中できない。彼女はジェイミーの何なのだろう。疑問を口にすれば不審に思われる。でも気になる。
二人の間には緊迫した空気が漂った。ピンと糸を張ったような空気を壊したのは、鈴を鳴らしたように可憐な、レイチェルの声だった。
「実は私、昨日からこの部屋に監禁されていて……」
レイチェルはシェリルの不自然な態度を見逃すことにしたらしい。さすが高貴な生まれ育ちのご令嬢。礼儀がなっていない人間にも寛大である。
寛大なレイチェルは、探り探りといった様子で、ここに閉じ込められることになった顛末を語りはじめた。
レイチェルは昨夜、アンタレス国軍の宿舎をこっそり抜け出して、一人で外を散歩していた。何かあったときのために、アンタレス国の王家の紋章が刻まれた短剣を身に付けていたという。二、三分だけ外の空気を吸うつもりだったのだが、気がついたら見知らぬ者たちに誘拐されていたらしい。
ゆったりとした口調で話すレイチェルの声を聞きながら、シェリルは開いた口を閉じることができなかった。
シェリルも人のことは言えないが、夜中に一人で歩き回るなんて彼女は正気なのだろうか。しかも王家の紋章をぶら下げながら、内乱ですさんでいるこの国をうろついていたという。レイチェルが反乱軍に誘拐されたことはもはや幸運なことと言えないだろうか。追い剥ぎや奴隷商人に目をつけられていたら、今ごろどうなっていたことか。
「あなたも私と同じように誘拐されたんですか? 私たち、どうなっちゃうんでしょうねぇ」
話し相手ができたことで、レイチェルは気が緩んだようだ。シェリルのことを完全に信頼しきっている様子である。
彼女を一体、どうしよう。
シェリルはいかにも世間知らずなご令嬢を前に、困り果てた顔で立ち尽くした。




