レライエ 97
『TS研究所』の一室が専用の侯爵専用の部屋として与えられた。
簡単に言えば、侯爵は軍略家だ。
部屋には地図が何枚も置かれ、学校の裏山の穴を中心に、判明している綻びが記されていて、今までにベルゼブブの蝿が繁殖していた場所が書かれている。
この対応の早さは、ベリアルの説得と組木さんの独断によるものだ。
春日部隊長が鳥籠の中の、キィキィと鳴る侯爵と話している。
「基本的な運用で言えば、敵を分断、各個撃破すればいいだけだ。
そのために用いるのは、地形と相手の性格的要素となる」
「待て待て、空を飛ぶ相手に地形はほとんど意味を為さないし、蝿の性格など我らには知る由もない……」
「同じことだ。
ベルゼブブの眷属は君たちの言う綻びの影響を受ける上、羽で飛ぶ以上、風の影響を無視できない。
性格を知らないのならば、性質を調べるのも手だ。
生物である以上、何かを食らい、繁殖をし、眠る。
軍略とは意識の隙間に差し挟むもので、敵を知らずして、使えるものではない」
「う、うむ……。まさか、この歳で勉強をすることになるとは……」
鳥籠は祭壇のような場所に置かれ、侯爵は満足そうに講釈を垂れる。
そういう扱いが好きなんだそうだ。
ベリアルに協力すると決めたことで、ある意味、人間側の味方として動いてくれるらしい。
あくまでもお互いの利益の一致によるものだが、組木さん曰く、利益を提供できる限りは、裏切る心配はないとのことだった。
扱いに困る封印済み『再構築者』の処理先としても重宝するとも言っていた。
それは、ベリアルにしたように、『再構築者』の魂を食わせることで生贄の替わりにするということだろう。
封印は永遠を謳っているが、実際には永遠ではないし、界交する上で交渉材料にならない魂は不良債権のようなものだ。
───侯爵は満足するだろうよ。
次にこちらの世界に来た時は、その縛りに驚くかもしれないがな……くくく……───
こちらの世界に残る、神話・伝説はその『再構築者』を縛り、性質に影響を与える。
自分なりに調べたが、レライエという悪魔の神話・伝説はとても少ない。
ただでさえ、自分で自分に〈人形にしか取り憑かない〉という制約を課しているレライエは、こちらで活動することで生じる新たな制約にいつか驚くことになると、ベリアルは笑う。
これで人間の味方のような伝説が、この世界に残れば、未来のレライエはどうなるのだろうか。
なるべく友好的で人間的な伝説を残せるように、俺たちも努力するべきなのだろう。
この侯爵の参加によって、ベルゼブブの蝿との戦いは劇的に変わった。
先制攻撃を加えるまでは、人間に襲いかかってこない性質や大型扇風機で作り出す気流による動きの制限、繁殖や食事の性質解明による再発防止策によって、都市部での発生を抑えることに成功し、一時は社会問題になりつつあったベルゼブブの蝿問題は収束の方向へと向かいつつある。
俺の訓練も進み、ようやく組手三十本の内、一本が取れるようになった頃。
今まで隠れていたエルヘイブンのハルポナが動き出したのだった。




