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不正の器と侯爵の会話 96


 ベリアルの考えの元、用意したのは木製の兵隊人形とそれを入れる鋼鉄の檻だ。

 檻は鳥籠くらいの大きさで、最初から人形が入っている。


 それを深夜、学校の雑木林の枝に引っ掛けた。


───戦好きの侯爵は、ある時、戦場の戦略盤の上で兵士の駒に乗り移った。

 ちょうど人の形をしていて、魂の入っていない器が楽で良いと思ったらしい。

 その戦場で武将たちがああでもないこうでもないと頭を悩ませる中、簡単な囮作戦を教えてやったそうだ。

 勝手に動く駒が示す作戦に驚いた武将たちだったが、これは天啓に違いないとその通りに作戦を実行した。

 これが当たって、劣勢をひっくり返すような大勝利に繋がったそうだ。

 そこから、その戦場では侯爵を神と崇めて、奉ったそうだ。

 以来、あの侯爵家では兵士の駒に転生するのを好むようになった。

 本来の転生を勘違いした結果の成功体験が、侯爵家を縛るルールになり、結果、自らの首を絞めることとなる。

 くくく……なんとも皮肉で滑稽よ……───


 ベリアルが楽しそうに、俺の脳内で語る。


「なんて名のリビルダーなんだ?」


───名はレライエと云う───


「やっぱり知り合いか……」


───仕方あるまい。我らは位階が上がればより長命になっていく。いや、記憶が連続すると言った方が正しいか。

 千年も歩き回れば、大抵の者は知り合いだ。───


「ふーん……」


 軽く流して聞くが、世界中が知り合いとか、想像のつかない世界だ。


───我らの世界は単純ゆえに強くもあるが、土くれの複雑で繊細な生命の弱さに憧れもある。ままならぬものよ……───


 珍しくベリアルから弱音のようなものを聞いた気がした。

 もしかしたら、それが異世界から人間界に転生してくる理由だろうか。


───さて、罠の番をしては、かかるものもかかるまい。

 離れて見守るとしよう───


 俺は言われるままに雑木林を離れた。




 朝方。というか夜明け前。

 戻って来た俺は、鳥籠の中で藻掻く人形を発見する。

 ベリアルが代われと言うので、任せることにした。


「やあ、侯爵。

 また会えたな」


 うっとおしい前髪を上に避けながら、俺はひどく欺瞞的な笑顔を向ける。

 すると、人形の口から、木材同士の擦れる、キィキィという音を発しながら、奴が喋り始めた。


「無価値なる代表、不正の器、二人目の天使……此度こたびは何に異を唱えるか?」


 耳障りな擦れ音の間に、落ち着いた紳士を思わせる声が流れる。


「さてな、世界の有り様、定められた道、混沌たる秩序……全てに価値を求めぬことこそ至上ゆえ、流れるままに愉悦を浴びられれば、それ以上は求めぬ」


「愉快犯め……」


「そうとも! 我が存在意義ゆえに!」


「なるほど……此度は大祭の法理に異を唱えるか」


「分かりきったことを分かりきったように言われることほど興醒めなことはないな……」


「それが何を意味するかも理解していると?」


「暁の星が怒るとでも?

 ないよ。彼は全ての罪を容認する。

 騒ぎ立てるのは、大祭の法理なんてものを信じている愚者だけだ」


「我を愚弄するか!?」


 鳥籠が軋む。


「愚弄? 事実だ。面白くないことに、これは純然たる事実に過ぎない。

 天に最も忠実な者が天の運命さだめに反することはない。

 つまり、我が道を妨げる者はいない。

 それならば、好きにやるさ。

 侯爵も私もな……」


 俺はつまらなそうに言う。

 それは、一番の遊び相手に相手にされなかった子供のような声音だった。


「それで、これからどうする?」


「侯爵を?

 そうだな……この地に封ずる。

 あちらの世界に帰して、余計な事を吹聴されれば、仕事の邪魔だ。

 古いしきたりやありもしない法理に眩んだ目を覚まさせてやらないとな。

 侯爵がしたければ、手伝わせてやってもいいぞ」


「土くれの魂の味方をするのか?」


「弱者を踊らせ、供物を掠めるつもりだったろう?

 ここならほむらの魂も流水の魂も、はたまた、風の魂も食える。

 いつまでも侯爵では味気なかろう?」


「ぬうぅ……そのようなことが……」


 人形が腕組みをして唸る。

 土くれの魂は俺たち『人』を指すのは分かるが、新しい情報が出過ぎで、現状では俺とレライエという『再構築者(リビルダー)』がなんの話をしているのかさっぱりだった。


 だが、人形には俺の意図が伝わったのだろう。

 やがて、人形は静かに頷いた。


「よかろう。

 此度は己が軍門に降ってやろう」


 そうして俺は、鳥籠を片手に『TS研究所』へと帰るのだった。



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