尻を叩かれる日生満月 94
我ながら、分かりやすいフラグを立ててしまった。
木が火に弱い、それは確かなことだが、生木は燃えにくい。
人形が同化したのは生木で、枯れた枝と枯葉ならよく燃えるが、それは人形の表面に過ぎない。
人形は御倉の炎の渦に怯むことなく、新しい生木を同化して、次第に巨大化していく。
御倉は風や炎、水や土といった様々な物を操れるが、それは生み出している訳ではない。
『欲望』の力によって、ある程度までの変化を加えることができるが、その性質を逆転させるまでのことはできない。
火は燃える物がないままにそこに留まり続けるのは不自然だ。
その不自然さを叶えているのが『想波』ということになるのだが、個人が扱える量というのは限界がある。
最近の研究によって、『想波』は筋肉のように限界まで使うと総量が増える、つまり超回復と同じようなことが起きると分かってきたが、一定量の『想波』を使い切れば、回復までは空なのだ。
御倉の炎が消える。
御倉はその場に、どさりと倒れてしまう。
『想波』を使い切ったのだろう。
そして校舎の屋上にまで達しそうな巨体に膨れ上がった人形も、また倒れた。
だが、こちらは倒せていないことが明確だ。
何故なら、巨大人形が倒れると同時に、背中に裂け目ができて、中からひと回り小さい人形が立ち上がったからだ。
辺りは燻るような煙があちこちから上がり、雑木林の大地を炎が存分に舐めたのだと分かる。
しかし、炎はそれ以上にはならず消えてしまった。
火事にならずに良かったと思う反面、人形の表面を焼いただけに終わってしまったことに、今回の『再構築者』の厄介さを思い知らされる。
長槍のような矢が、残った亜厂と此川さんを攻める。
真名森先生は静かに御倉を回収していく。
矢の大きさは次第に小さくなっていくが、あんなモノが刺さったら、たまらない。
しかも、人形はある程度、縮小したら、新しい木と同化して、大きさを維持してしまう。
もっと人形が小さい内に御倉の炎で包めていれば、結果は変わったかもしれないが、まさか木と同化して巨大化するとは、普通は考えない。
なにしろ、人間ではなく、人形に取り憑く『再構築者』など、初めてだからだ。
───何か特別な謂れのある品か、特別、人の念が籠っているか、いずれそのどちらかであろうよ。希少なことではあるが、なくはない───
俺はベリアルの言葉を組木さんに伝える。
組木︰こちらでもそのように把握はしているわ。ただ、レアケースなのは確かね。
御倉が倒れた今、現行戦力ではアレと渡り合うのは厳しいわね。
日生くん、行きなさい。
日生︰亜厂たちなら大丈夫じゃないでしょうか?
組木︰自信がないのね。それなら、彼女たちが死ぬまで、そこでそうやって見ているつもりなの?
……馬鹿な反論をしてしまった。
組木さんの言う、自信がないとは意味が違うかもしれないが、ここは日和見が許される状況ではないのは確かだ。
俺は首元のハイネックを引っ張り口元を隠し、ヘルメットのバイザーを引き下げ、それから手早く組木さんへの返信を打つと、走り出したのだった。
日生︰行きます
カムナブレスをスタートさせる。
全身を俺の『想波』が機械的に覆う。
噴出孔から噴き出した『想波』が俺の背中を強く押す。
電磁警棒を取り出し、強く振って引き伸ばすと、カムナブレスがそれに反応して、電磁警棒に沿って剣を形作る。
俺は強く口を真一文字に引き結ぶ。
仲間のピンチに自分から動けないなんて最低だが、組木さんのひと言で底の底だけは免れた。
力は外林研究員が用意してくれた。
技は春日部隊長を始めとした機動隊員たちが叩き込んでくれた。
用意が間に合ってないのは、俺の気持ちだけだった。
だが、それでも、今は動くべき時だ。
なんとかしてくれるさ、は信頼ではなく、逃げでしかない。
想いを強く、飛ぶ。
そこは俺の戦うべき戦場だった。




